第13話 臨時生徒会役員会議
「それで、なんでこんなところまで付いて来てるん?」
「理奈副会長、とりあえず落ち着いて話し合おうよ」
「落ち着いてられると思う? だって、鮎川の生徒会長がここにおるってことは、こっちからも誰かが行くってことやろ?」
理奈は和泉会長のことをじっと見つめるようにして、人差し指を思い切り向けていた。子どもの頃、他人に指差ししてはいけないと習わなかったのだろうか。
「あの、理奈ちゃん。そういうことじゃなくて……」
「ストップ、ストーップ。ね、とりあえずお茶でも飲みましょうよ。そうじゃないと、息が苦しくなっちゃうわ」
混沌とした雰囲気をなんとかしようと、夏菜子がお茶を持ってきてくれた。こういうときに助け舟を出してくれるのは、さすがといえる。
「ふぅ。とりあえず、経緯から話してもらおうか、立花生徒会長」
それまで騒がしかった生徒会室が、一気に静かになった。恥ずかしさを感じつつも、俺はすっかり乾いてしまった口を開けた。
「紹介ができていませんでしたが、こちらは鮎川高校の生徒会長、和泉冬子さんです」
立っていた俺に合わせるように和泉会長は立ち上がり、ペコリとお辞儀をした。
「初めまして。鮎川高校の生徒会長、和泉冬子です。よろしくお願いします」
「座っていいですよ、和泉会長」
そう言うと、彼女はそっと音を立てないように椅子に着座した。
「みんな、考えていることは同じだと思います。なぜ、他校の生徒会長がここにいるのか」
「当たり前です。なんでここにいるのか、はっきりさせてほしいです」
それまであまり口を開いていなかった茜も、この会議に参加する意向のようだ。先ほどから俺の目が焼かれるんじゃないかと思うほどに、目線が注がれていた。
「結論から言うと、和泉会長は交換留学制度を使って、烏森に来ることになりました」
「それは、なんとなく察してる」
理奈の淡々とした口調が、なんとも恐ろしく感じた。これはあとで呼び出されるパターンに違いない。
「ただ、今回は烏森高校から鮎川に行く生徒はいません。なぜなら、希望者がいないから」
「そんなことあっていいんか? 一応、交換制度やろ」
「古き良き制度だからね。俺が今回わざわざ鮎川高校まで行った理由も、こんな制度廃止しましょうって、提案するためだったというわけ。でも、その制度を使いたいという生徒が、鮎川にはいた」
それが、パイプ椅子に座って縮こまっている女の子。よほど居づらいのか、顔を伏せるようにして俺の話を聞いている様子だった。
そりゃ、この話をしたのは夏菜子以外にいなかったので、和泉会長にとっては寝耳に水だろう。
「なるほどね。…っていうことは、和泉会長は烏森の生徒なんか?」
「そういうこと。正確には、夏休み明けからだけどね。それまでは手続期間になってるから、早めに来ることになったんだよ」
「はーい。質問があります」
手を挙げたのは、生徒会室の中では一番背の低い茜だった。このあいだの身体測定では、俺が一センチ勝っていた。これは揺るぎない事実である。
「茜ちゃん、どうぞ」
「和泉会長さんが南高津に来る理由は分かったんだけど、住むところはあるの?」
「それは、あたしの家の部屋が一つ余ってるから……」
「果鈴、なに言ってんの?」
「ハイ。スミマセンデシタ」
殺意が芽生えていそうな目で、俺のことを見つめる理奈。触れてはいけないラインを超えてしまったようだ。そんなにいけないことを口走ったつもりは、これっぽっちもないのだけれど。
「果鈴ちゃん。それについては、さっき赤崎先生と話したよ」
「夏菜子が?」
「うん。学生寮を解放するから、そこで住めるようにしてくれるって」
「学生寮…? 烏森にそんなところ、あったっけ」
記憶を遡ってみたが、思い当たることは一つもなかった。それとも、俺が知らないだけでほかのみんなは知っていることなのだろうか。
「夏菜子、それって旧校舎のことか?」
旧校舎。理奈の口から出た言葉に、俺ははっとした。つい最近まで部活棟と呼ばれていたところで、一年ほど前に校舎の改装によって生まれた、新旧の概念。新校舎が今俺たちのいるところ、旧校舎はずっと鍵がかかったままで放置されているところだ。
「そうだよ。あそこって文化部もあったから和室があって、大浴場もあるんだって。だから、掃除すれば住めるくらいの環境らしいよ」
夏菜子の説明は、俺の知っている旧校舎とは違っていた。ずっと島の中で流れていた噂では、取り壊されると言われ続けていたからだ。だから、掃除をせずに放置されていると。
つまり、老朽化が原因であまり長く残されるところではないと、そういう認識だったのだ。
実際、家に帰る途中や買い物のときに、工事業者のような集団を目にすることが度々あったのだ。人口減少が進むこの島に新しい施設が建つはずはなく、おそらく取り壊しかなにかだろうと、予想されていた。
俺たち生徒会役員が、絶対的信頼を置いている人。かつ、学校関係のことについて詳しい人。その人に聞くことが、なにより早いと思った。
あとで、詳しく聞いてみよう。
「でも、もう夕方やからさすがに今日すぐにってわけにはいかんやろ?」
「だから、あたしの家に……」
「それは違う」
俺と和泉会長以外の全員の声が、一斉に被った気がした。なぜここまで否定されなければいけないんだと思ったが、きっと理由はない。夏菜子くらいは賛成してくれてもいいんだぞ。
「そして、今日から新しい生徒会役員を迎え入れます」
「え? 誰や」
「果鈴ちゃん。わたし、そんな話聞いてないよ」
それもそのはず。なぜなら、まだ誰にも言っていないし、今さっき決めたことなのだから。俺の頭の中にしか、この情報はない。
「まあまあ。ということで、和泉会長」
その名を口にした瞬間、生徒会室の空気が一気に凍りついた気がした。その原因を作ったのは、いったい誰だろう。考えるよりも先に、俺ではない誰かだと信じたかった。
「改め、和泉冬子さんを烏森生徒会臨時役員とします」
「あとで体育館裏に集合な、生徒会長。和泉ちゃん、仲良くしような?」
「ずるいです、理奈先輩。和泉さん、わたしとも仲良くしてくださいね?」
和泉会長の周りで戯れ合うようにして握手をしていたのは、理奈と茜だった。その光景を眺めるようにして、夏菜子はぼーっとしていた。どうせいつも通り、平和に妄想でもしているのだろう。
「あの」
それまで沈黙を続けていた和泉元会長が、ついに言葉を発した。
「ここに来たいと願ったのは誰でもない私自身なので、あまり立花さんを責めないでください……ね」
女神だと思った。自分を責めるわけでもなく、誰かに押し付けるわけでもない。歪になっていた方向を、そっと修正してくれた。
「和泉さん、優しい人やなあ」
「そうそう。本当に優しい……」
「でもな、それとこれとは別問題やねん。しゃーないんよ」
結局、俺への責任問題は解かれることはなく、和泉さんは夏菜子の家で一晩過ごすことになった。俺には彼女を連れてきた責任があったので、再度泊める準備はあると言ったが、聞く耳すらもってくれなかった。
家には優樹菜がいるので、安心できると思うのだが、どうやらそういうことではないらしい。
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