第12話 男として扱ってくれますか

「和泉会長は、元々男が苦手なんですか?」

「そういうわけじゃないんです。どちらかといえば、昔よく遊んでいたのは男の子のほうが多かった気がします」

 苦味を味わっている最中かのような表情を浮かべて、和泉会長は口を再び開いた。

「初めは、ほんの些細なことだったんです。小学校の高学年のころ、男の子たちが、急に体へ触ってくるようになったんです。軽いスキンシップのようなものだと思っていたんですけど、それが段々とエスカレートしていきました。スカートめくりとか、筆記用具が盗まれるとか。誰がしているのかが分からなくて、仲がよかった子に相談してみたんです。そしたら、まさかの相談相手の男の子が犯人だったんです」

 情報量が大きいですね……。狙われる理由や心あたりがあるのかが気になったものの、それは触れてはいけないラインな気がした。そのため、この疑問は心の奥底にしまうことにする。

「その日以来、まともに男の子と話すことはめっきり減りました。意図的に避けてきたということも、もちろんありますけど」

「災難でしたね。でも、生徒会長になると嫌でも男と関わらないといけなくなりますよね? それはどうしてるんですか」

 尋ねてみると、和泉会長はバツが悪そうにこう答えた。

「克服……したかったんです。ある程度他人と関わるには、それなりに交流関係を広げる必要があります。だからこそ、他人と関わる頻度が増えて、性別の隔たりもなく関わることができるのは、これしかないと思った。結局、知り合いがいると甘えちゃうんです。みんなが私の男ぎらいを知っているからこそ、なにも言わなくても助けてくれる。ずっとそうしてきました。けれど、それがいつまでも続くわけじゃないんです。それなら、自分から関わらないといけないと思って、生徒会長になりました」

 あまりに立派な生徒会長になった理由を知り、俺は申し訳なくなってきた。さまざまな理由が後から付け足されたものの、元からこちらは前生徒会長への憧れという側面がかなり強いのだ。そして、人気づけのためとはいえ、全生徒の前で始業式中に女装をして登壇した。

 俺も女の子が苦手なのだが、彼女とは同志にあたるのか。それとも、彼女に異性装をしてもらうのはどうだろう。そうすれば、大前提が同じになり、立場も同じになる。それが可能かどうかはさておき、彼女自身の意見を聞いてみたい。

「あたしは、そんなにきちんとした理由はないんです。ただ単純に、女の子と話したりすることがほとんどない状態で生活してきて、どうすればいいのか分からなくなった部類の人間なので。だから、和泉会長の気持ちを全部理解できるわけじゃないけれど、関わりたくても関われない辛さは少し分かるつもりです」

「いえ、そういうつもりじゃないですから。ということは、女の子の格好をするようになったのは、それが原因なんですか?」

 誤解を招かないようにするため、正確な情報を伝えることにした。しかし、俺たちの会話に挟まるように夏菜子が手を挙げて、発言権を求めていた。

「どうした、夏菜子」

 そう聞くと、不気味な笑みを浮かべた。こんな顔をするやつが、まともな話をするわけがない。

「ちゃんと言わないといけないじゃない。果鈴ちゃんは、女の子が好きすぎて女の子の格好をするようになったんです」

 とんでもないことを言い始めました。一ミリたりとも、そんなことは言っていないし、今まで思ったことすらないのですが。得意の妄想ネタを現実世界に持ってくるのは、周囲の方にご迷惑をかけるので、本当にやめていただきたい。

 生じるはずのなかった誤解によって、俺の前に座っている女の子は目を見開いています。

「和泉会長、違いますからね。この人は平気で嘘を吐くので、気をつけてください」

「嘘じゃないでしょ。最近はノリノリで女装してるくせに」

「いや、せっかく女装するからには精度は上げていきたいだろう。それ以上の目的はない」

 くだらないやり取りをしていると、呆然としていた和泉会長の瞳に光が入り、人が変わったかのように笑い始めた。彼女は俺が思っていたより、感情豊かなようだ。

「俺が女装するきっかけになったのは、妹のせいなんです」

「立花会長の妹さんってことですか?」

 俺の妹、立花優樹菜。家に帰ると、ご飯を作って待ってくれている優しい妹だ。父と母が亡くなった今となっては、家族と呼べる存在は優樹菜しかいない。

「はい。ある日、妹に『お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんがよかった』って言われたんです。ただ、性別なんてものは生まれてきたままで気軽に変えることはできない。どうにかできないか。いろいろと考えた結果、女装をしてみることにしたんです。エプロンをつけるところからスタートしました。周りにいる女子を真似て、少しずつ服を増やしながらバリエーションが増えていきました。装うことに飽きてきたので、最近は家の中にいるときくらいは女装を解くんですけど、ものすごく嫌な顔をされるんです」

「女装をしないと…ですか?」

「はい。どういう気持ちでそれを言っているのか、までは分かりませんけどね」

「つまり、あくまでも女装は妹さんのためだけにしていると、そういうことですか」

 なにか言いたげな質問の仕方だった。どうやら、俺の女装をする理由としては薄く感じてしまうようである。それは当たり前に感じる疑問だろう。なぜなら、妹のためだけに女装をするなんてことは、今まで生きてきた中で耳にしたことがない。もっとも、それをするのは俺くらいだという気持ちはある。好奇心で女装登校するほど、男を捨てたつもりはない。

「そうですね。あとは、女装って男にしかできないじゃないですか」

「はい」

「つまり、最高に男らしい行為だと思いませんか」

「そんなことをしなくても、立花会長は男の人です」

「ちょっと待ってください。ということは、和泉会長は俺のことを男だと認めてくれるんですか?」

「認めるもなにも、私がそれを否定する理由がありませんから。女装をする妹さん想いの生徒会長ってことでいいんですよね」

「冬子ちゃん、そこに“変態”を付け加えたほうがいいよ」

「おいおい。変な知識をもたせようとするんじゃない」

 妙な横槍を入れてくる夏菜子を押さえていると、気まずそうな表情で和泉会長はか細い声を発した。

「あの、確認なんですけど」

「なんでしょう」

「立花会長は、女の人になりたい男の人ではないですよね」

 質問の意図が分からずに、頭の中でそれらの言葉が駆け回っていた。何周かしたのち、それが性別を変えるとかそういう意味なのだと気づいた。

「違います。女の格好はするけど、別に性別を変えたいわけじゃないですから」

「…そうしたいと、思ったことはないんですか?」

「ないとは言い切れないですね。良くも悪くも中途半端な立場にいるので、どちらかに振り切れたほうがいいのかどうかと、考えたことはあります。ただ、この中途半端な立ち位置にいるからこそ、生かせることはあるのかなと。そんなことも思っています」

 女装での学校生活を送るようになり、話しかけられる頻度が明らかに増えた。生徒会長になったからというのも理由の一つだと思うが、一番の原因はやはり女装をしていることだと勝手に思っている。男からの人気が高まっているのである。これはいい方向に向かってるからだろう。

 前生徒会長のときは、同性からの支持が少なかったのである。それを打開できただけでも、大きな成果なのではないだろうか。


 話が終わったのか、生徒会室に野洲先生と赤崎先生がやってきた。

「どうだ? 仲良くやってるか?」

 野洲先生が和泉会長に話しかけた。すると、彼女の口から飛び出してきたのは、予想外のものだった。

「野洲先生。一つ、お願いしたいことができたんですけど、聞いていただけますか」

「なんだ? お金以外のことなら、なんとかしてやるぞ」

「交換留学制度、私が使いたいです」

 あまりに突拍子のない発言だったため、なにを考えているのかということを理解するよりも前に、驚きの感情で心が埋め尽くされて、心のあたりが白くなっていった。

「和泉会長が、南高津に行きたいんですか?」

「そうよ。立花会長のいる高校なら、私もなにか変えられるかもしれないと思ったのよ」

 かなり重要な部分をこの生徒会長さんはお忘れのようなので、一応伝えておこう。

「…もし、あたしが鮎川に行きたいってなったら、どうするんですか」

「ごめんなさい。その可能性を考えていなかったわ」

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