第3話 女の子って、めちゃマジ面倒くさい

 生徒会役員の再選挙は、滞りなく終了した。

 前例のないことだったので、先生方との調整をするのが大変だった。少しでも今までの実績を重ねていたのが、今回は役に立ったというわけだ。

 当然ながら、同じことをもう一度するため『何もしなくていいよ。自動的に当選で大丈夫じゃない?』という声もちらほら聞こえた。特に、上級生はその傾向が強かった。しかし、そういった例外を作ってしまうと、あとが面倒。

 生徒会とはいっても、結局はお役所仕事なのである。

 そんな中、なんとか再投票の最終集計までこぎつけた。頑張ったぞ、俺。


 だが、世の中というのは、そんなに上手くできていなかった。

 最終集計を見届けたあと、教頭先生に書類を届けた。これはつまり、正式に再選挙が終わったということである。

 そうして気分よく生徒会室に戻った俺を待っていたのは、機嫌の悪そうな副会長だった。

「そろそろ俺が軟禁されてる理由を話してくれよ」

 女装生徒会長を軟禁している副会長。字面だけをみると、とんでもない状況だ。

「こうなってる原因、あんたはなにも心当たりがないんか?」

 怒るでもなく、悲しむでもなく。理奈は、真顔でそう質問をしてきた。

 ここではっきりしたのは、理奈が冗談かなにかでこんなことをしているわけではないということだった。

「いや、なにも……。今日の俺は、再選挙の最終集計表を提出したくらいだ」

「それで? 集計したのはあたしなんやけど」

 理奈が軽蔑するような目で、こちらを見てくる。

 いや、ちょ待てよ。そこかよ。

「え、いや。うん。役割分担は…組織の基本だろ?」

 そう返すと、理奈はそこで初めて怒りの表情を浮かべた。

「そういうことを言ってるんじゃないねん」

 もしかして、俺は無意識に理奈へ酷いことをしているのだろうか。けれど、そんな自覚は全くなくて。

 どうしたらいいんだ、この状況。


 きっと理奈の言いたいことと俺の伝えたいことがずれているんだろう、とは薄々気づいていた。しかし、その具体的な部分は、1ミリも理解できなかった。

 女の子の気持ちを察するのは、難しい。

 突然怒り出したり、沈んでいたり。

 本当は何を伝えたいのかを、すぐに理解することはなかなかできないことが多かった。それゆえに、俺は女の子が苦手なのだ。


 もし不満があるなら言葉にして伝えてほしいし、抱え込まないでほしい。それが、俺が常々思っている女の子へのお願いである。


 そんな空気のよどみを消し去るように、夏菜子が会話に割り込んできた。そのときの夏菜子の表情は、まるで妹をなぐさめるかのような、やわらかなものだった。

「多分ね、理奈ちゃんは誰かに褒めてほしいんだよ」

「ちょっと夏菜子、勝手なこと言わんといて」

 夏菜子の言葉に反応していることが丸わかりだった。なぜなら、理奈の顔はみるみるうちに真っ赤になっていたからである。

 それまでの気まずい雰囲気を壊してくれた夏菜子に心の中で感謝をしつつ、俺は理奈の前で深く体を倒した。

「副会長、気づかなくてすみません。素早い集計作業のおかげで、スムーズに再選挙を終わらせることができました。副会長のおかげです。本当に、ありがとうございます」

 理奈はやわらかい表情へ一瞬にして変わったが、すぐに元の眉間にしわが寄っている、険しい表情へと戻っていた。

 少しふざけすぎただろうか。

「なんで役職名で呼ぶねん……」


 その1週間後、正式に茜が生徒会役員の一員となった。

 当選演説などはなく、当選通知書が校内に掲示されるだけだった。


 一難去ってまた一難とは、まさにこのことか。

 茜が生徒会室に入ったあと、室内は戦場となっていた。その原因は、茜と理奈だった。

「だから、わたしが果鈴の隣にします!」

「なんで勝手に決めんねん。そもそも、あんたまだひよっこやろ」

 上級生と下級生のみにくい争い。目を当てるのも恥ずかしいくらいだ。


 言い争いの発端は、本当に些細ささいなことだった。

 ついに役員が全員決まったため、ついでに生徒会室の環境を整えることになっていた。

 特に変更などはなく、7月の『烏森からすもり高校島内スポーツ大会』に向けての準備を行う予定だった。だが、それに異議を唱えたのは茜だった。

「席替えは大切ですよ! ほら、ずっと同じ環境下ってあまり精神的によくないって聞きますし!」

「それとこれとは違う話やろ」

 それに反応してしまったのは、理奈だった。


 その後も言葉の投げ合いは続き、気がつくと俺の名前が飛び交っていた。

「会長の隣は、副会長のほうがいいやろ。だって副会長なんやし」

「そんなの関係ないし」

「新入りのくせに生意気やなあ」


 言い争う理由は、とても単純だった。それは恥ずかしながら、俺の隣の席をどうするかということだった。

 かなりどうでもいい。

 なんとか流れを正そうと、夏菜子が割り込んでみた場面もあった。

「時間かけても決まらないなら、あいだをとってわたしが果鈴ちゃんの隣に……」

「「それは違う」」

 こういうときにだけ波長が合うのは、どう考えても仲がいいとしか思えなかった。

 本当にひどい話である。


 優先順位の低い席決めの話は終わらず、最終下校時間となってしまった。

 ただ、生徒会室から出たからといっても、それで2人の気が収まるわけがなかった。

「ねえ、果鈴ちゃん。これいつまで続くのかな」

「こっちが聞きたいよ……」

 夏菜子と俺は、ため息をつくしかなかった。


往生際おうじょうぎわが悪いね、茜ちゃん」

「それはこっちのセリフだよ、理奈副会長」

 石段を下りながらも言い合いを続ける二人。見ているこっちのほうが恥ずかしくなってくるので、いい加減にやめてほしい。

「石段が終わるまでには終わらせなよ」

 いつも能天気な会話しかしていない夏菜子が、目の前で完全に疲れた目をしてぶつぶつとつぶやいていた。

 今ごろになってようやく気づいたことではあるが、席決めの問題が発生しなければ、理奈と茜はかなり仲良く過ごせるのではないか。いや、席決めの問題が発生しなければ、そもそもこの2人は関わることがなさそうだ。

 とにかく相性が悪い2人。ある意味、出会ったのが奇跡と呼べるかもしれない。


「よーし。あたしが解決策を出すから、仲良くしようぜ」

 俺がそう言い放ったと同時に石段を下りる足音が一斉に消え、皆が上のほうに視線を変えていた。

 茜と理奈は、恐ろしいほどに耳が良いのだろうか。てっきり2人の言い争う声にかき消されて、無視されるものだと思っていたが。

「で、どうするつもりなんや?」

 何を言っても聞き入れてくれなさそうな目で、理奈は俺のほうを見ていた。

 獲物を見るような表情をしていた理奈を見て、俺は確信した。この子、完全にスイッチ入ってるよ。

「正々堂々と、くじ引きで決めよう。それなら、誰も文句のつけようがないだろ?」

 変な汗をかいていた。こんなにもありきたりな方法を提案したところで、まともに受け入れてくれるのだろうか、という心配があったからだ。

 納得してくれると俺が信じていたのは、夏菜子だけだった。

 そんな心配を知ってか知らずか、茜は納得したような表情でこう続けた。

「それ、いいね!」

 真っ先に賛成したのは、茜だった。ここまでは、想定内。

 だが、そのあとに続いたのは、夏菜子ではなく理奈だった。

「……まあ、いいわ。ええよ、くじ引きで」


 結果的にくじ引きで席決めをすることとなった。

 最後まで理奈は少し不満そうだったが、こんなところで時間をかけている場合ではないのだ。そう思いつつも、生徒会内の団結力を高めるためには、ある程度の妥協も必要だろうと感じていた。

 コミュニケーションを積極的にとれる環境を作ることが、生徒会長としての初めの仕事だと思っていた。ちなみに、この言葉は前生徒会長の受け売りだ。


 家に帰ると、ドアを開けると同時に妹が目の前に現れた。

「お兄ちゃん、おかえりなさい」

「た、ただいま」

 いい加減、この方式は心臓に悪いのでやめてほしい。

 靴を脱いで顔を上げると、そこには全身をなめまわすように見つめる、変態少女がいた。

 変態だ。

「そういう目で見るのはよしてくれ」

「かわいいからいいじゃん」

 この発言を優樹菜から聞いているのには、何の問題もなさそうに思える。しかし、冷静に考えると、かなり危険な発言であることが分かる。

「分かった。着替えてくる」

 女装をやめるという意味だと気がついたのか、優樹菜がさりげなく部屋に行かせないようにしていた。だが、いくらかわいい妹とはいえ、その要求をのもうとは思わなかった。


 キッチンからは美味しそうな料理の匂いが漂っていた。煮込んでいるような音も聞こえるので、俺と遊んでいても大丈夫なのだろうか、と心配になりつつあった。

 けれど優樹菜にとっては、料理の出来栄えよりも俺を着替えさせないことのほうが重要みたいだ。

「そこを離れるんだ。優樹菜」

 行かせないようにすることを諦めたのか、優樹菜は俺の部屋のドアの前に立っていた。

「お兄ちゃんごめんね、そんなに嫌だった?」

 なぜか涙目で訴えかけてくる妹は、なんだか少しかわいそうに思えてくるほどに、かわいかった。

 かわいそうでかわいいというのは、表現としてあっているのか分からない。しかし、優樹菜がとても優秀かつ家庭的な女子おなごであることには変わりがない。

「そういうわけじゃないが。今の格好のほうがいいのか?」

 俺はそう言いながら、自分のことを指さした。すると、それに合わせるように優樹菜がこくこくと首を縦に振っていた。

 なんてわかりやすいやつなんだ、この子は。

「女装なら、制服以外でもいいか?」

「うーん。なにを着るかによります」

 こういうときにだけ敬語で対応してくるのが、近ごろの我が妹の特徴である。


 俺とは違って、優樹菜は幼少期にしっかりとした教育を受けてきた子なので、礼儀作法や言葉遣いはきちんとしている。だが、俺が関わっていったことでの悪影響がでているのか、最近は言葉遣いにおいて崩れていることが多々あった。


 俺が持ってきたのは、元々優樹菜のものだったネグリジェだった。

 かなり透けているので、多少は恥ずかしい気持ちがあったけれど、心の中の俺がセーラー服独特の窮屈きゅうくつさからの解放を望んでいた。

「え、冗談でしょ……」

 あまり好感触ではなかったようだ。かわいらしい顔が歪んでしまい、台無しになっていた。

「着てほしくて俺にくれたんじゃなかったのか…!?」

 衝撃の事実。俺の部屋は不用品回収センターじゃないぞ。妹よ。

「だってさ、それならセーラー服のほうが抵抗感じなくない? ネグリジェになったら、お兄ちゃんの見えちゃいけないところまで見えちゃうよ…?」

「は!?」

 優樹菜の思考がとんでもない方向に進んでいるので、俺はそっとネグリジェを元の場所へと戻した。

「はぁ……。着替えるのやめた」

「夜ごはんまでには着替えてね、汚しちゃうと大変だから」

 家に帰ってから着替えるという、なんてことのない行為も、今では主に優樹菜がせわしなくなるイベントと化していた。


 ちなみに、そのあとで女装をやめて、優樹菜が『なんでやめちゃったの』と真剣な表情で迫ってくるまでが、最近の恒例行事である。

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