第2話 金髪ツインテールは夕日に輝く

 もうすぐ夕日が落ちるくらいの時間、俺はある人物に会いに行っていた。放置することも考えたが、変なうわさがたたないようにしたかった。


 ある日の放課後、生徒会の仕事を終えて帰ろうとしたときに、下駄箱にある封筒が入っていた。中には手紙が入っていて『明日の放課後、校舎裏で待ってます』と書かれていた。

 そして当日、向かうと見覚えのない男の子が立っていた。

「手紙を入れたのは、きみかな」

「……はい」

 耳を真っ赤にしながら、こちらの様子をうかがっていた。

「それで、用件はなにかな」

「あの……立花会長は付き合ってる人とか、いますか」

 ん…? 雲行きが怪しい。

 いや、薄々気づいてはいたんだ。もしかすると、これはそういう手紙なのではないか、と。

「いないよ」

「そ、そうなんですか!」

 少しだけ声が裏返りそうになりながら、必死に言葉を発しようとしている目の前の男の子を見て、俺は残念な気持ちになっていた。

「ぼく、立花会長が始業式でしていたあいさつで、一目惚れしました」

 ぼく、と来ましたか。この人、おそらく新入生だろう。そのせいか、全く印象に残っていなかった。

「好きです! 付き合ってください!」

「いい加減にしろ。あたしは男だぞ?」

 そう、こういえばだいたいの男子は青ざめる……あれ?

「むしろ、好都合です!」

 気が動転しているのか、男の子は焦点が上手く合っていなさそうな目で、俺のほうを見ていた。

「なにいってんだおまえ」

 立ち去る俺を止めようとする声が聞こえたが、聞く耳すら持ちたくなかった。

 女装、やっぱりやめたほうがよかったかな。


 公私ともに女装して生活するようになってから、はや一か月ほどが経った。

『インパクトが大事なんだわ』

 そういった夏菜子の読み通り、生徒たちから注目されるようにはなった。その点については、とても感謝していた。

 だが、物事はすべてが上手くいくはずもなく……。


「これで何回目?」

「えっと、8回目やな」

 なんで俺が告白された回数を知ってるんだよ、理奈。

「女装したら男が好きって、そんな甘く世界が作られてるわけないだろ」

 ちょっと名言っぽくないか。ふと呟いた自分の言葉に対してそう感じるのは、俺だけだろうか。

 この世の中、そんなに単純な作りにはなっていない。まあ、俺のことを本当に女だと思っていたやつらには、特段なにも思わない。

 もちろん、同性同士で恋愛することに対して、違和感を覚えるわけではない。ただ、俺はそれに当てはまらないというだけ。おそらく、それは今後も変わらない。

「そのうち、新入生が5人おるな」

「細かく集計するな。今すぐ破棄しろ」

 わけのわからない会話に参加するのに疲れ、ソファーに寝転がることにした。

 これ以上付き合っていると、頭がおかしくなりそうだ。

「ねえ、果鈴ちゃん」

「なんだ?」

 困ったような顔をして、近寄ってくる夏菜子。あまりにも顔が近くなっていたので、思わずのけぞってしまった。

「前々から思ってたんですけど、果鈴ちゃんって女の子苦手ですか」

「そ、そんなわけないだろ」

 俺の返事がありきたりなものだったためか、夏菜子は小さくため息をついていた。

「それ、あたしも思っててん。もしかして、図星か……」

 それに合わせるように、理奈が冷静に状況の解説を始めていた。俺が恥ずかしいだけなので、今すぐにやめてほしい。素直にそう思った。

「苦手というよりも……女子っぽい女子が得意じゃないんだよ」

「あんな、それを苦手って言うんやで」

 それに合わせるように、夏菜子がじっとこちらを見ながら、こう続けた。

「もういい加減認めれば?」

 断じて違う。そう信じたい。

「というか、いつから女装趣味あったん?」

「いや、趣味ってほどじゃ……」

 いつも通りに圧が強い理奈は、俺が今までひた隠しにしていたプライベートな部分に、土足で上がりこんでいた。

「話聞く限り、昔から女装はしてたんやろ?」

「昔というほど昔でもない……はず」


 女装をするようになったのは、中学生になるタイミングとほぼ同じだった。

 きっかけは、罰ゲームだった。くじ引きをして、はずれを引いた人が色のついたくじを引いた相手からの言うことを聞く、というのがおおまかな流れだった。

 そこで俺は、はずれを引いた。

『うーんとね。じゃあ、女の子の服を着てみてよ!』

 その女の子の家に行き、わざわざ服を着替えた。それが初めての女装だった。そして、それを言ったのが、夏菜子だった。


「でも、それだけやったら、女装をずっと続けてきた理由にはならんよな」

「日常的にするようになったのは、最近だよ」

 このあたりの話は詳しくしていなかったので、夏菜子も話を聞く側にまわっていた。

「あたしの妹が、1年前くらいに突然『わたし、お姉ちゃんが欲しかった』って言い始めたんだ」

 ベタな展開だと、2人は思っているだろうか。

「それにあたしが『お姉ちゃん役なら、演じられるよ』と返したのよ。それが、女装を日常的にするようになったきっかけかな」

 まるで俺の声が聞こえていないかのように、2人の口はポカンと開いていた。

 かなり面白いので、写真に撮って2人に見せてあげたい。

「へえ、妹のために女装してんの?」

「結果的には、そういうことになるね」

 俺がそう言うと、夏菜子が細い目をして、馬鹿げたことを言い始めた。

「優樹菜ちゃんのこと、果鈴ちゃん大好きだもんね」

「そういうわけじゃないけど」

 妹が可愛いと思えるのは、よっぽど浅い関係か義理の関係くらいだろう。実際、妹がいてもなにも思わない。それどころか、妹に対する興味があまりなかった。

 ゆえに、たまには妹の要望にも応えてみようと思い立った。ただそれだけ。

「好きじゃないと、妹のために女装までしないよ……ねえ?」

「あたしもそう思うわ」

 今の2人には、なにを言っても無駄だと悟った俺は、自動販売機に水を買いに行くことにした。とりあえず、生徒会室から出る口実を作りたかったのである。

「ちょっと出てくる」

「どこに行くの?」

 いかにも付いて行きたいと言いたげな顔をしていたので、俺は夏菜子から無言で一歩下がった。

「自販機に水を買いに行くだけ」

 嘘はついていない。なので、これはセーフ。

 ほかにも立ち寄る場所はあったが、そのうちの1つなのだ。つまり、問題ない。

「それなら、あとで飲ませて」

 図々しいやつだ、という心の声は発しないようにぐっとこらえた。

「じゃあな」

「いってらっしゃーい」

 呑気な夏菜子の声を残して、俺は生徒会室から出た。


 例の始業式のあとから、知名度が少しだけあがっているのを実感していた。より適切な表現としては、名前と顔が一致したというのが正しいだろう。

 よくある代表例としては、生徒会長の名前は知っているけれど、名前は知らない。また、その逆のパターンである。だが、それが前生徒会長にはなかった。

 生徒会長と一緒にいるときに生徒とすれ違えば、あいさつされることは多々あった。それは当然、俺ではなく生徒会長の名を呼んでいたけれど。つまるところ、人気を集めていたということにも直結する。

 俺も早く、頼れる生徒会長になれるように頑張らないとな……。


「立花会長、ちょっといいですか」

 ああ、この特徴的な声。久々に聞いた気がする。

「茜だろ。どうした」

「立花会長、顔を向けないまま話さないでください」

 女の子らしくない、この低音が効いた声。単調な話し方。

 間違いない。茜だ。

「どうした」

 振り向くと、そこにはマンガで登場しそうな、金髪ツインテールの少女がいた。ちなみに、少女とは言ったものの、俺より身長は高い。

「相変わらず、小さいですね」

「はいはい。それでどうかしたか」

 茜からの辛辣な言葉に対して、俺の心は完全に免疫をもっていた。

 幼馴染と名付けるには、少しだけ物足りない関係ではあるが、茜はなぜか俺に近寄ってくることが多かった。近寄ってくるとはいっても、懐かれているわけではない。

「その格好、いつまで続けるんですか」

「特にいつまでって期限を決めてるわけじゃないよ」

「つまり、本校の生徒会長は女装趣味のある変態、ということでよろしいでしょうか」

 疑いの目で、茜はこちらを見つめていた。単純に怖いから、やめてほしいのだが。

「現状の問題を淡々と述べるな」


 知名度が上がる、ということは必ずしも良いことばかりではない。

 根も葉もないうわさが流れやすくなったのも、また事実。

 今の俺の立場が危うくなるようなものは耳に入ってきてはいないものの、あまり気分のいいものではなかった。


「だって、紛れもない事実じゃないですか」

 茜は、決して笑わない。怒ったりすることはあるが、それは俺に対しての怒りではなかった。

 付き合いはそれなりにあった。けれど、いつからか友達と呼べる関係ではなくなっていた。それが具体的にいつからなのか、それはもう思い出せない。

「そもそも、なんの用だ?」

 そう聞くと、突然茜は手と手を合わせてこすり始めた。

「あの、ですね」

 沈黙があった。川のせせらぎを止めると水の流れが変わってしまうような恐ろしさを、俺はその沈黙にも感じていた。

 心なしか、茜が緊張しているように見えたのである。

「生徒会役員に、わたしもなりたいんですけど」

「ああ、そう。生徒会役員に…って、え?」

 一瞬、なにを言っているんだこいつは、と思ってしまった。しかし、少女の目は真剣だった。

「えっと、立候補したいってことで大丈夫かな」

「そうです。選挙、来月するんですよね」

 基本的に、生徒会選挙には新入生が参加できない仕組みになっている。その理由として、前期生徒会選挙を前年度の3月に行うからである。

 だが、今年は異例の事態が起きた。当選した生徒会役員が、直前になって辞退したのだ。生徒会と教職員が話し合った結果、補うために再選挙ということになった。

 そのため、結果的に新入生でも参加できる選挙となったのである。

「いいのか? 茜はたしか、クラス委員長だったよな」

「なんでそんなこと把握してるんですか、気持ち悪いですね」

 先ほどまでの緊張した表情はどこへいったのか、いつも通りの茜に戻っていた。久しぶりにこれで対応されると、結構厳しいな……。

「まあ、とにかくだ。本当に立候補するなら、いつでもいいから生徒会室に来てくれ。申請用紙渡すから」

「わかりました。さよなら」

 校舎に差す夕日に照らされて、金髪が輝きを放ちながら、左右に揺れていた。

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