第42話 勇者伝説1
チェスゴー内で待機中のアーロルフの元に、緊急でエリオンの使者が訪れた。使者から受け取った指令書を読んで、アーロルフは驚きの声を上げる。
チェスゴー内の全軍を動員し、謀反人のタルミ卿を討て。それがエリオンからの指令だった。
アーロルフはもう一度指令書を確認した。
指令書には勇者の証が印として押してある。これでは正式の指令として扱わない訳にはいかない。
アーロルフはタルミの行動を認める訳にはいかなかったが、成功を祈っていた。ダラム国内に攻め入り、初戦に勝利したとの一報には歓喜した。
確かに指揮権を持つエリオンを無視した行動ではあるが、全てはチェスゴーを思っての事。謀反人扱いまでする必要があるのか。
だが、そう思っていても実際にはこの指令を無視する訳には行かない。それこそ自分が謀反人となるからだ。
結局、アーロルフは国内の諸侯にエリオンからの指令を伝え、チェスゴー軍はタルミを討伐する事となった。
タルミの軍は、ダラムの首都サザランドの目の前で野営を張っている。中心のテント内でタルミ達は机を囲み作戦会議を開いていた。
「どう思うよ、ターシアン」
タルミは机の上に置いたエリオンからだと言う指令書を指差し、ターシアンに意見を聞いた。
「勇者の証の印もありますし、本物と判断すべきでしょうね」
ターシアンは腕を組み戸惑った表情で答えた。
指令書の内容は、チェスゴーより正規軍が進攻するのでタルミ軍は合流するまで現所在地で待機せよ、との事だった。
「そんなもん無視すりゃあ良いじゃねえか。早くサザランドを押さえないとダラム軍が帰ってくるぞ」
もうすっかりタルミ達と打ち解けたアルテリオがタルミに意見する。
「それは分かっているが、いろいろ事情があるんだよ。下手すりゃ俺は謀反人にされちまう」
「今、サザランドを守っているのは少数の魔物の部隊だけなので、絶好のチャンスなんですがね。でも今回は待ちましょう。勇者様に逆らうのは得策ではありませんから」
「まだエリオンを勇者扱いするのか。あいつは兄貴に負けたんだぞ」
アルテリオが食って掛かるがターシアンは気にも留めない。
「仕方ない。兵士達には今の内に十分に休養を取るように手配してくれ。正規軍を待とう」
タルミが決断して会議は終わった。
全てエリオンを支配したカーラの策略だが、アーロルフもタルミもその事を知る術はなかった。
レイラとエリオンとカーラの三人は馬に乗り、ダラムとチェスゴーの国境に向っている。
当初、首都のサザランドへ向っていたが、チェスゴーの正規軍と合流する為に国境に向うと、レイラはエリオンから言われた。
カーラと出会って以来、エリオンの様子がおかしい。感情の無い人形のような表情をしている。
レイラはエリオンの様子の変化はカーラが関わっていると考えている。だが、聖母と聖シスターと言う関係上、問い詰める事は出来なかった。
レイラは前を行くカーラの後姿を見詰めた。
もう八十歳は超えている筈なのに前を行くカーラはそんな歳を感じさせない。人間離れしていると言える位だ。
もしエリオン様の為に聖母様と戦う事になれば私は勝てるのだろうか。
レイラは自信がなかったが、それでもやるしかないと思った。あの悲しい瞳を笑顔に変える為に。
徳次郎とシュウは三メートル程の距離を取って向かい合っている。お互い緊張した面持ちで身構え、相手の隙を伺う。
「ハッ!」
徳次郎が気合を込めて手の平から金色の気功弾を放つ。
シュウは片手で打ち落とし、地を蹴り距離を一気に詰める。
シュウの拳が徳次郎の顔面を打つ。
寸前で身を仰け反らしてかわし、そのままの勢いで蹴りを放つ徳次郎。
その蹴りを、顎を掠めるくらいギリギリでかわしシュウがすかさず気功弾を放つ。
蹴りを放った勢いでバック転した徳次郎をシュウの放った気功弾が襲う。
徳次郎が気功弾を手で弾いた時には、すでにシュウが足元に潜り込んでいた。
シュウが足を旋回させ、徳次郎の足を払い、転倒させる。
倒れた徳次郎に馬乗りになりシュウが顔面に拳を放つ。
徳次郎の顔面ギリギリでシュウの拳が止まった。
「まいった。降参だ」
徳次郎はニヤリと笑った。
シュウは立ち上がり、徳次郎に手を差し出した。
「もう、お前には勝てんな」
徳次郎は立ち上がり、嬉しそうに笑う。
「老師が実体を持っていれば、俺はまだ敵いませんよ」
「お前気が付いていたのか……」
徳次郎が意外そうに驚く。
「はい、つい最近ですが」
「もうお前に教える事はないな」
徳次郎が呟く。
「ねえねえ、徳ちゃんの実体って何の話よ」
横で見ていたジョエルとレオが近づいてくる。
「ジョエル、お茶を淹れてくれ。全てを話そう、本当の勇者伝説を」
徳次郎は皆を家に入れテーブルに座らせ、過去の世界を語り始めた。
九百年前、ワシはこの世界にトリップしてきた。
のちほど古い文献に異世界トリップ現象の秘密が記載されているのを発見したが、この段階ではなぜワシがここに来たのか意味が分からなかった。
その当時、この世界は今にも増して混沌としていた。魔物は魔物として人々を襲い、魔物同士、人間同士でも争いが絶えなかった。
他の世界から来たワシは、この世界の人間より身体能力に優れていた。その力を使い、ワシはこの世界に秩序をもたらそうと考え、能力を磨き戦い続けた。
日が経つにつれワシの考えに同調する者も現れ、人間同士の争いも減り一つの集団となっていく。
ワシを中心にした集団が大きくなるのと同時に、魔物側にも同様の集団が現れる。その中心に居たのが魔王だった。
二つの集団はお互いの対抗心から結束を強め、大きくなっていく。やがて人間と魔物の対立は大きな戦争に発展していった。
数では人間が勝るが、能力では魔物が勝る。決着の着かない戦争は続き、相手の中心を叩く為にワシは魔王と直接戦った。
戦いは互角だった。お互い譲らず三日三晩続き、体力は限界まで達する。
とうとうワシの一撃が魔王に致命傷を与える。
死の間際、魔王は言った。
「頼む、魔物達を抹殺するのはやめてくれ。人間と魔物が共存出来る道がきっとある。お前なら出来るだろう」
ワシも同じ考えだった。
「その思い俺が引き受ける。安心して眠れ」
「ありがとう。俺は必ず復活する。その時はお前の傍に居よう」
そう言い残し、魔王は息を引き取った。
徳次郎はそこまで話すと、ジョエルの淹れたお茶を飲んだ。
「それから魔王は復活したのですか?」
「いや、一度も復活はしていない」
シュウの質問に徳次郎は首を振る。
「だが、今回の勇者降臨に合わせ、魔王も復活をするつもりだった。その器として選ばれたのが……」
徳次郎はレオを見る。
「レオ、お前だ」
「え、俺が?」
レオは目を丸くして驚いた。
「レオ、お前は竜族の血を引く者。魔王の魂を受け、竜王(キングドラゴン)となる者なのだ」
「ええ!」
三人は驚きの声を上げた。
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