第40話 ハンナの告白

 隆弘とハンナは馬を飛ばしてゲルハルトの屋敷に向っている。

 休憩も少なく野宿ばかりなので、ハンナには辛いと思うが愚痴一つこぼさずに付いて来る。


「大丈夫か、ハンナ」

「大丈夫! 気にしないで」


 声を掛けるとそう返事をするが、表情には疲れが見える。

 だが、第一報以来、ゲルハルトからの連絡は途絶えている。便りがないのは無事の知らせと言う事もあるが、今の状況からは連絡を送れないくらい状況が悪いと考える方が正解だろう。




 ダラムとターバラの国境は呆気なく越える事が出来た。

 関所は誰も守る者もなく、ダラム側の門もターバラ側の門も壊され自由に行き来出来る。

 だが、門を通る人々はターバラからダラムに入る避難民だけで、逆に行く人はいない。その事がターバラ領内の現状を知らしめていた。




 隆弘とハンナはターバラ領内に入り最初の村に立ち寄る。


「見るな! ハンナ」


 隆弘が叫んだが遅かった。

 振り向いて見たハンナの顔は青白く、血の気が引いていた。


「そんな……」


 ハンナはそこまで呟くと目からぼろぼろ涙をこぼした。

 家は壊され、住民は女子供も含めて無残に殺されたまま放置されている。その光景は隆弘でさえ吐き気をもよおす程だった。


「村を出た所で待って居てくれ」


 隆弘は意味がないと知りつつも、村人を埋葬する事にした。

 土を滅却し墓穴を掘り、村人の遺体を並べ、周りの土を崩して埋めた。とても埋葬と呼べる物でもないが、隆弘はその場所で手を合わせ、仇を取ると誓った。

 超人的な身体能力の隆弘でも、かなりの時間を使ってしまった。ハンナに心配掛けたと焦った。

 隆弘は村を出てハンナの元に向う。出てすぐの場所で待っていたハンナは、馬の上でぐったりとしていた。


「ハンナ!」


 ハンナを馬から下ろし、抱きしめると意識が朦朧としている。額に手を当てるとかなりの高熱があった。

 馬鹿野郎、と心の中で隆弘は自分に毒づいた。

 ちゃんとハンナの事を注意して見ていれば気が付いた筈だ。心配掛けまいと我慢していたんだろうに。

 隆弘はハンナを抱きかかえ、村に戻り出来るだけ荒らされていない家に入った。

 ベッドに寝かせ、桶に水を張って濡れタオルを額に乗せる。部屋の暖炉の火を付け、お湯を沸かした。薬を探したがどれが熱冷ましなのかも分からないので諦めた。家捜しして、布団やタオルや着替えを掻き集めた。

 隆弘はベッドの横に座り看病する。ハンナの苦しそうな顔を見ていると自分まで辛くなった。

 ハンナは素晴らしい娘だ。

 容姿が良いのはもちろんの事、明るく元気でいつも笑顔を絶やさない。それでいてちゃんと周りに気遣い出来て親身になれる。

 まさに天使のような娘だ。

 この娘(こ)の辛そうな顔は隆弘自身の心を締め付けた。

 ハンナの呼吸は相変わらず苦しそうだ。熱もまだ高い。脱水症状が怖いので隆弘はスプーンを使い少しずつでも水を飲ませた。

 水を飲ませていると、ハンナの額からどんどん汗が流れ落ちる。もしかしてと思い、服の下に手を入れるとぐっしょりと濡れていた。

 やはりやらなければならんか。

 濡れた服を脱がし、汗を拭いて着替えさせた方が良いのは分かっている。それでも隆弘は躊躇していたが、もうそんな事は言ってはいられない。


「ハンナ、着替えが出来るか?」


 隆弘はもし出来ればと思い聞いてみたが、ハンナの意識は朦朧としており返事も出来ない。

 仕方が無い。

 隆弘はハンナの体を起こし、服を脱がせる。意識するなと思えば思う程、心臓が高鳴り顔が熱くなった。

 上半身を裸にし、蒸しタオルで丁寧に拭き着替えをさせる。腰の下着一枚だけを残して下半身も脱がした。たが、その下着も汗で湿り肌が透ける程になっている。


「ああ、もう!」


 結局、下着を全て脱がし、蒸しタオルで丁寧に拭いた。

 隆弘は股間が反応している自分が情けなかった。

 全ての着替えが終わりハンナに毛布を掛けると、隆弘はどっと疲れが出たように椅子に座り大きく息を吐いた。

 苦労の甲斐があって、ハンナは呼吸が楽そうになり眠っているようだ。


「お父さん……ごめんね……」


 ハンナが寝言を言った。

 隆弘は額のタオルを替え、優しく頭を撫ぜる。

 熱を出した事を申し訳なく思っているのだろうか。そんな事少しも思う必要などないのに。

 ハンナの笑顔でどれ程心が癒されただろうか。シュウとはぐれてしまった後も、ハンナが居たから冷静で居られた。

 それにハンナの存在が俺を強くさせてくれる。ハンナを守りたいと言う気持ちが泣き言を言わせず、俺を前向きに行動させてくれる。

 隆弘は改めてハンナの寝顔を見詰めた。自然と優しい気持ちになり笑顔が浮かんで来る。


「お父さん……好き……」

「え?」


 隆弘はハンナの寝言に驚いた。

 いや、これは違う。きっと何か別の物が好きって落ちだ。


「ごめんね……お父さんの事が好きなの……」


 隆弘は驚いて、思わず椅子から立ち上がってしまった。


「マジかよ……」


 三十歳ぐらい歳の差があるんだぞ。そんなおっさんを好きになるなんてあるのかよ。

 隆弘は冷静で居ようと心に言い聞かせた。直接聞いた訳ではないし、自分の思い違いの可能性もあるのだからと。




 ハンナはすっきりした気分で目が覚めた。

 目覚めてすぐに、自分がベッドで寝ている事と着ている服が替わっている事に気付く。

 ベッドの周りを見ると服やら毛布やら水の入った桶やらが所狭しと置かれている。


「ここはどこ……」


 ハンナは立ち上がり窓を開けた。

 目の前に広がるのは荒らされていた村だった。村人の遺体は消えていたが確かにあの村だ。

 窓の外を見たハンナは馬の上で具合が悪くなった事を思い出した。


「お父さん」


 ハンナが隆弘を探す。隆弘は隣の部屋のベッドで何も上に掛けず、仰向けになって眠っていた。

 ハンナは隆弘が自分にしてくれた事を悟った。着替えで裸を見られた恥ずかしさより、一生懸命に看病してくれた事が嬉しかった。

 ハンナはすでに自分の気持ちに気が付いている。だが、隆弘の事を考えて懸命に抑えて来た。

 ハンナは隆弘の眠るベッドに座る。

 寝ている隆弘の顔を見た途端、ハンナは気持ちが抑え切れず隆弘の胸に抱き付いた。



  

 隆弘は自分の胸に掛かる重みで目が覚めた。目を開けて最初に見た物はハンナの頭だった。


「ハンナ?」


 隆弘の呼び掛けにハンナが顔を上げる。その顔は赤みを帯び、瞳は潤んでいる。


「お父さん、好きです」


 そう言ってハンナは顔を近付けて来る。

 隆弘が固まったまま動かないでいると、ハンナは軽くキスをした。

 短いキスが終わり、隆弘が見た物は少女ではなく女の顔になったハンナだった。

 隆弘は体勢を入れ替えてハンナの上に覆いかぶさる。今度は隆弘の方からキスをした。

 今度はお互いに求め合う熱く長いキスになった。

 キスをしていて隆弘は、自分もハンナの事を愛している事に気付く。今まで色々なしがらみから押さえ付けていた気持ちが、キスにより現れたのだ。


「俺もハンナの事が好きだ」


 ハンナが泣きながら首に両腕を回して抱きついて来る。


「嬉しい……」


 隆弘も強く抱き返す。


「でも、俺は……」

「分かってる……。でも、今はこのままで……」


 二人はしばらく抱きしめあった。



   

 しばらくして、村を出た二人は先を急いだ。二日後にはゲルハルトの村に後少しの所まで来ていた。

 村の前の街道で二人は目の前の光景に凍りつく。

 ゲルハルトが太い鎖で杭に縛り付けられ息絶えている。怒りに満ちた目は見開かれたまま、呪詛を叫び続けたであろう口は大きく開かれたままだった。

 ゲルハルトの無念は一目見れば理解出来た。

 彼の目の前には頭の無い子供と執事の死体があり、二人の頭はすぐその前に転がっている。

 すでに皆息絶えているが冬で腐敗が遅れた事もあり、状況は容易に想像出来た。

ゲルハルトはいつでも処刑出来る状態であるのに生かされていたのだ。彼の、命より大事な者の無残な最期を見せ付ける為に。

 目の前で自分の子供が無残に殺される様を何も出来ずに見ないといけない。どれほどの屈辱や悲しみであろうか。

 気が付くと隆弘は大粒の涙を流し、大声で叫んでいた。

 逆にハンナは静かに泣いている。余りの出来事に叫ぶ事すら出来ないようだった。

 叫び終わった隆弘は自分の変化に気が付いた。先代勇者であった記憶が戻っているのだ。

 先代勇者である隆弘と普通の親父である隆弘が完全に融合していた。


「お父さん?」


 ハンナが隆弘の変化に気が付く。


「もう力を出し惜しみしない。絶対に俺が仇を取ってやる」


 隆弘がそう言った瞬間、パチパチと拍手が聞こえた。


「素晴らしいですね、その憎悪。ぞくぞくします」


 太り過ぎでまん丸とした体の、体毛が一本もない魔物が立っていた。魔物は大きな口でわざとらしい程の笑顔を作って拍手している。


「私は魔王様よりこの場所を壊そうとする者を抹殺する命を受けていま……」

「消えろ」


 隆弘は魔物の言葉を遮った。


「その態度、いけませんねえ」


 隆弘はもう何も言わずに立ち上がり、魔物の方に右手を向ける。


「な、何を……」


 魔物は言葉の途中で、隆弘の放った光で消滅した。


「安心しろ、魔王もすぐに送ってやる」




 二人はゲルハルト達を埋葬する事にした。

 土を滅却させて墓穴を掘り、ゲルハルトとその仲間達の遺体を並べた。周りの土で穴を埋め、上に岩を置いた。

 二人は岩に向かい手を合わせる。隆弘は心の中で復讐を誓った。

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