第38話 ダラム侵攻

アリアが国境のダラム側に移動すると、先程は居なかった集団が関所の周りに集結していた。集団は全て魔物で構成されている。

 魔物の多くはゴブリン等の知能の低い低俗な種族だった。だが奴等は低俗であるが故に純粋な悪の性質を持っている。


「なぜ、魔物が……」


 アリアは思わず呟いた。

 なぜ魔物達がダラムを利するのかは分からないが、位置から見てもタルミ軍を待ち伏せていると見て間違いない。偵察でタルミ軍を発見して集結してきたのだろう。

 数で言えばタルミ軍の方が圧倒的だ。だが、関所の門を通る事により進入のスピードが殺されれば、数の有利を活かせない。


「一旦タルミの旦那の所に戻るか」


 アリアはタルミのテントに戻り状況を報告した。状況を聞いたターシアンが作戦を立て、その夜にアルテリオ達も含めた、ダラム突入作戦が決行される事となった。




 ダラム側の国境付近に集結している魔物達の最後方に、大柄な魔物が腕を組んで椅子に座っていた。

 大柄の魔物はサイのように鼻から角が伸び、皮膚は甲羅のように固くごつごつしている。

 複数の松明を立て、小高くなったその場所からは関所が良く見える。軍の司令官である大柄な魔物はそこから指揮を執っていた。


「ガイアス様、全軍の配置が整いました」

「おう、ごくろう」


 ガイアスと呼ばれた大柄な魔物は満足そうに頷いた。


「まだ奴等は来ないのか」


 ラスティンからの指示は足止めなので今の硬直した状況は理想的だ。だが血の気の多いガイアスは、それでは満足出来ない。人間どもを血まみれにしてやりたいのだ。

 と、その時、自軍の右側から怒声が起こる。


「何事だ、騒がしい」

「ガイアス様、隊列の右側より敵が出現しました」


 連絡係の魔物がガイアスの前に進み出て報告する。


「何! 敵の数は? この近辺に軍は居なかった筈だぞ」

「詳しい事は分かりませんが、味方が次々に倒されています」

「兵を送れ! すぐに叩き潰せ!」


 ガイアスは叫んだ。




 魔族軍の右側ではアルテリオとモニカが戦っている。アルテリオは素手で、モニカは両手に鞭を持ち魔物達を蹴散らしている。


「深追いは駄目よ、私達は囮なんだから」

「分かってるよ」


 二人は魔族軍に攻め込む事をせず、むしろ少しでも多くの魔物達を引き付けるように戦った。




「もうそろそろですかね」


 ターシアンは誰に言うともなく独り言のように呟いた。

 関所前にタルミ軍が集結し出撃の合図を待っている。

 後方で様子を見ているターシアンと違い、タルミは前線の兵から少し下がっただけの位置に、馬に跨って待機していた。


「向こうは始まった。こっちも行くよ」

「うわあ!」


 アリアが急に現れ、タルミの前で馬に跨っている。


「驚いている場合じゃないよ。早く指示して」

「おお」


 タルミは右腕を上げ大きく叫んだ。


「全軍突入!」


 先頭の部隊が丸太を関所の門にぶつけ、三度の試みで破壊した。破壊された門へ先頭の部隊からダラム国内になだれ込む。




「ガイアス様、関所の門からチェスゴー軍が攻めてきました」

「何!」


 ガイアスは兵から連絡を受け苛立った。

 このタイミングでの突入は中で暴れていた奴等とぐるなのか。ダラム内にはチェスゴー軍の仲間は居ないと考えていたが迂闊だった。

 ガイアスが悔やんでいる間にもチェスゴー軍ことタルミ軍がダラム国内に侵攻してきた。




 タルミ軍で先陣を切ってダラム国内に侵攻したのは、魔族の兵士だった。

 魔族の兵士達は個々の能力が高いので、序盤の味方の兵士が少ない時にも耐えられた。

 侵攻した者は無理をせず、仲間と一体になり応戦し、味方の数が増えるのを待つ。数が増えると共に進入経路を確保し、数で圧倒して行く。

 ターシアンの作戦が見事的中し、タルミ軍は戦闘を有利に進め、魔族軍を追い込んで行った。


「無理はするな。一対一では無く複数で当れ!」


 早々と侵攻したタルミが指示を飛ばす。大声で叫んだからと言って全員に聞こえる訳ではないが、この大きな司令官が自軍に勇気を与えているのは間違いなかった。

 タルミの前に座るアリアはこの男が自軍に与える影響に感心していた。 




「ガイアス様、我が軍は壊滅状態です。撤退のご指示を」


 報告されるまでもなく、戦況はガイアスの場所からもはっきり分かった。

 だが、撤退してどうなると言うのか、ガイアスに取ってゴブリン等の低級魔族などゴミに等しい存在だった。そのゴミの為に何も成果なしに撤退する位なら兵を全滅させてでも相手にダメージを与えた方が良い。

 ガイアスは決心した。今の乱戦状況を利用して相手指揮官の所まで一騎掛けし、首を取る。自分の力を持ってすれば無理ではないと思えた。


「撤退はない。全員死ぬまで戦え!」


 ガイアスはそう叫ぶと、戦場に突進して行った。

 ガイアスは馬にも乗らず、四つん這いになって突進する。その姿は大型の野生動物をさらに大きくしたようで、敵味方関係なく触れる者は吹き飛ばされた。


「来る!」


 アリアはガイアスの気配を感じて馬から飛び降りた。


「ここは危ないからあなたは逃げて」

「君こそ危ないぞ、馬に乗れ」


 タルミはアリアの忠告を聞かずに馬を降り、アリアの手を引いて馬に乗せようとした。

 アリアは仕方なく獣人化し、角の生えた魔物の姿になった。


「私は魔族の者なの。あなたは皆の為に死んじゃいけない。私は大丈夫だから逃げて」

「何を言う、魔物も人間も関係ない。男は女を守る物なんだよ!」

「何よ、その頭の固い考え方で良く奥さんは我慢しているわね!」

「俺は独身だ!」


 二人が口論して居る間にガイアスが突進して来る。


「危ない!」


 タルミは身を挺してアリアを庇い、ガイアスの角で突き上げられた。

 タルミはアリアを抱き締めながら宙に舞い地面に叩き付けられた。


「早く逃げろ……」


 苦しそうになりながらもアリアの身を案じるタルミ。


「あなたは皆の為に必要な人なのに……」


 アリアは苦しそうなタルミの頬を撫ぜた。


「止めを差してやる」


 ガイアスが二人に近づいて来る。


「アンタは許さないよ」


 アリアは立ち上がり、角を両手で引き抜き、先の別れた鞭を取り出した。

 アリアが鞭を振るうとガイアスの両腕に鞭が巻きついた。


「|痺れる愛(ラブエレキ)」


 アリアが叫ぶと鞭に電流が流れる。


「がああ」


 ガイアスは苦しそうに叫び、腕を振り回す。アリアは力の差で鞭を取り上げられてしまった。


「くっ」

「こんなか細い女が俺に楯突こうなんて笑わせるぜ」


 ガイアスが薄ら笑いを浮かべてアリアに近づく。

 と、その時、ガイアスは顔面に強力なパンチを受けて吹っ飛んだ。


「久しぶりだな、ガイアス。俺も笑って見ろよ」

「お前はアルテリオ!」


 アルテリオがガイアスを見下ろし、にやりと笑って立っている。


「姉さん大丈夫?」


 モニカが倒れているアリアを助け起こした。


「こりゃあ良い。裏切り者のアルテリオを始末すれば今回の失敗の穴埋めも出来るぜ」


 ガイアスは立ち上がり不敵な笑顔を浮かべた。


「お前に俺が倒せるんならな」


 アルテリオとガイアスが向かい合う。


「力勝負と行くか」


 アルテリオが両手の平を前に出す。


「望む所よ」


 ガイアスがそれを受けて、両手をがっしりと組んで力比べになった。

 両者は魔物の中でも力自慢で、プライドとプライドのぶつかり合いとなった。


「金剛力(ハードモード)」

「阿修羅力(ミラクルモード)」


 アルテリオの体は黒く、ガイアスの体は赤く変色した。二人とも魔技で力を強化したが、優劣は付かない。


「超金剛力(スーパーハードモード)」

「超阿修羅力(スーパーミラクルモード)」


 さらに黒く、赤く変色したがお互いに譲らない。


「もう終わりかこの野郎」


 アルテリオが苦しそうな顔で言う。


「お前まさか……」


 ガイアスの驚く顔を見てアルテリオがニヤリと笑う。


「超超金剛力(アルティメットモード)」


 アルテリオの体が真っ黒に変色して力がみなぎる。アルテリオの両腕にさらなる力が加わり、ガイアスの両腕はバキバキと言う音と共に砕けた。


「ぐわあ」


 両腕を抱えて転がるガイアス。


「お前に敬意を表して最高の技であの世に送ってやるよ」


 そう言うとアルテリオは拳に力を込めた。


「超超怒級打撃(テラトンパンチ)」


 アルテリオの渾身の一撃は、ガイアスの体を粉砕すると共に地震のように地面を揺らした。


「力で俺に勝てる奴はいねえよ」


 アルテリオは満足そうに胸を張った。


「エルミーユ! お願い早く来て!」


 アリアがタルミを抱き締めながら泣き叫ぶ。


「お館さま!」


 遅れてダラムに入ったターシアンも駆けつける。

 その時、アリアの目の前に戦いを離れて見ていたエルミーユが瞬間移動してきた。


「エルミーユ、お願いこの人を助けて」

「見せてください」


 エルミーユはタルミの傷の状態を確認する。


「最上級魔法を使えば治せます」


 エルミーユがそう言い呪文を詠唱し出すとタルミが止める。


「俺は命を救える程度で良い。少しでも余力を残して救える兵士に使ってくれ」


 ターシアンは不満そうだったが、結局タルミの言葉に従い、エルミーユは応急処置的な治癒魔法を施した。残りの魔力は兵士の命を救う為に使った。

 勝利したタルミ軍はダラム国内で野営し、次の日には魔力が回復したエルミーユがタルミを治療した。


「ありがとうございます。あなた達のお蔭で最小限の被害でダラム国内に侵攻出来ました」


 タルミはアルテリオ達に頭を下げた。


「なあに若を助けてくれたんだから当然だよ」


 アルテリオが言う。


「皆には悪いけど、私はここに残ってタルミに付いて行くよ」

「ええ!」


 アリアの言葉に、アルテリオ達だけでなくタルミやターシアンも驚いた。


「この人は死んじゃいけない人なんだ。私が守る」

「いや、だから女に守って貰う訳には……」

「じゃあ結婚すれば良いじゃん。妻なら夫を守るのは当然でしょ」


 アリアはタルミの腕に自分の腕を絡めた。


「嫌なの?」

「いや、そんな……嬉しいが……」

「なら決まり!」


 喜ぶアリアの横でターシアンが憂鬱そうに溜息を吐いた。


「私もここに残ります」


 エルミーユが宣言した。


「今、シュウの所に行っても修行の邪魔になるし、ここには私の治療魔法を必要としている人が数多く居ます。私は私の役目を果たしたいのです」


 アルテリオとモニカはお互い顔を見合わせてふっと笑った。


「若の顔を早く見たかったが仕方が無い。俺達もここに残るか」


 こうしてアルテリオ達は皆タルミ軍に同行する事となった。

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