第37話 予期せぬ援軍

 タルミが自分の領地を出発してから三日が経過した。まだチェスゴー領内からは出ておらず、夜営をしている。


「お館さま、サバスタ様の配下の騎士が来ており、面会を希望しています」


 テントで食事を取っているタルミに兵の一人が伝言を告げた。

 サバスタはチェスゴーの領主の一人で、今夜営を張っている場所を治めている人物だ。


「サバスタ殿の配下の人間だと? どう言う用件だと思う」


 タルミはターシアンに意見を求めた。


「決まっているじゃないですか。すぐに会いましょう」


 ターシアンに促され、タルミは騎士と面会した。

 タルミが外に出ると、すでに騎士は跪いて待ち構えていた。


「どのようなご用件かな」


 タルミが騎士に問い掛ける。


「私はこの地の領主サバスタ配下の騎士、マリクと申します。本日は我が手勢百四十名と共に、タルミ様の軍に加わりたく参上致しました」


 マリクは跪いたままそう答えた。


「ええ! 援軍なのか?」


 タルミは驚いて助け舟を求めるようにターシアンを見る。


「サバスタ様の許可は得ているのですか?」

「もちろんです。我が領主は自身の派兵は反対ですが、配下の者が参加する分には咎めないと許可を頂きました」

「なら大丈夫ですね」


 ターシアンは満足そうに頷いた。


「マリクよ。長い平和で俺達は戦争と言うものを知らない。行けば命を落とす事もあるが、覚悟をしているのか?」

 とタルミが問う。

「はい。我らはこの時の為に日々鍛錬をしてきました。三国の平和の為には命に代えても立ち上がります」

「よし、軍への参加を許可する。細かい事は明日指示するので今夜はゆっくり休め」

「ありがとうございます」


 マリクは頭を下げて引き上げて行った。


「さあ、きっとまだまだ来ますよ。忙しくなります」


 ターシアンが嬉しそうに言う。


「お前はこれを見越して、会議が済むまで出陣を遅らせたのだな」

「頭を使う事は私にお任せください。お館さまは存在だけで人が集まる徳があるのだから」


 ターシアンが誇らしげに笑ったその時、また兵士が伝言を告げに来た。


「お館さま、領民の代表者が面会を希望しております」


 タルミとターシアンは顔を見合わせた。


「武器のチェックはしましたか? 暗殺目的が怖いですからね」


 ターシアンが安全を考え確認する。


「はい、それは大丈夫です。チェックしました」

「よし、なら会おう」


 タルミが許可して、一人の村人が通された。

 村人はタルミに負けない位の大柄で屈強な体をしている。


「ご用件は何ですか?」


 タルミが問う。


「これを見てください」


 そう言うと村人の体が獣人化し始めた。硬い体毛が伸びて野獣の体になり、頭は牛のように角が生えてきた。


「お前は何者ですか?」


 ターシアンが前に出てタルミを庇う。


「大丈夫です。危害を加えるつもりはございません」


 魔物は丁寧な言葉で誤解を解こうとしていた。


「私の村では昔から人間との共存を図り、静かに暮らしてきました。同じように暮らしていて交流のあったハマルの人々があのような事になり、人事とは思えませんでした」


 魔物は暗い表情になった。

 タルミはハマルでワーウルフの人々が惨殺された事を思い出していた。魔物とは言え酷い事だと心が痛んだ。


「あの時、タルミ様はハマルの人々を手厚く葬ったとお聞きしました。そのタルミ様の配下に加えて頂き、人間達と共存していきたいのです。私達は少数ですが、女子供も人間より力があります。全員できっとお役に立てます」


 ターシアンは願っても無い申し出だと思った。

 元々自分もお館さまも魔物だからと言って偏見を持つような人間ではない。魔物一人一人の力が人間より高いのは分かっているので貴重な戦力になる。


「それは駄目だ」

「え?」


 タルミの言葉に、魔物とターシアンは同時に声を上げた。


「どうしてですか? 彼らは貴重な戦力になります。魔物だから駄目なのですか」


 ターシアンは納得が行かずタルミに食いついた。


「良く聞けよ。男はな、守る者の為に戦うんだよ。それは人間も魔物も同じだ。女子供を戦場に出してどうするんだ!」

「お館さま……」

「人数なんて気にするな。一人だって構わん。命を賭けて戦ってくれるなら俺もそれに応える。もし、君の集落を国が潰すと言うなら俺は謀反を起こしてもそれと戦おう」

「タルミ様……」


 タルミと魔物は固く握手した。

 その後も人間、魔物を問わず、タルミの下に続々と援軍が到着する。タルミ軍が国境付近にたどり着いた時には出陣時の二倍に膨れ上がっていた。




 エリオンはストロスを出て、チェスゴーの自宅へは戻らず旅を始めた。

 脇腹の傷は勇者特有の驚異的な回復を見せて、今は馬に乗れるまでになっていた。

 後ろには馬に乗ったレイラが付いてくる。

 レイラは破れた修道女の服ではなく村娘のような格好をしていた。エリオンも今は白い鎧ではなく普通の住民と同じ服を着ている。二人を知らない人間からは旅する夫婦のように見えていた。

 エリオンは無責任と自覚しながらもチェスゴーに帰る気はしなかった。もう、勇者にも執着はなく、半ば自棄になっていた。

 エリオンが落胆している原因は、隆弘に敗れた事よりエルミーユを失った事の方が大きい。自分がこの世界に戻って来た意義さえ失いそうだった。


「もう、私の事は放っておいて、君はどこへでも行って好きにすればいい」


 エリオンはそう何度もレイラに言ったが彼女は黙って付いてくる。

 レイラの存在はエリオンにとって重荷だった。レイラが居る事で、まだ勇者としての責任を負わないといけない気がするからだ。

 レイラには言ってはいないが、当ての無い旅に見えてエリオンには目的地がある。その場所はリザベルと過ごした村だった。

 そこに何かが有る確信は無かったが、行けば何かが変わる気がした。もし何も変わらずに落胆した気持ちのままであれば二度とこの世界に来る気はなく、そうなるのならそれでも良いと思っていた。

 そんな一見意味の無いような旅をエリオンとレイラは続けていた。




「何よ、これは……」


 ダラムとチェスゴーの国境に、偵察に来ていたアリアはタルミの軍を見て驚いた。人間と魔物が仲良く打ち解けていたからだ。

 隆弘とハンナの二人と別れたアルテリオ達は、チェスゴーに居るシュウの元に向っていた。

 国境付近まで辿り着き、関所の様子を探る為、アリアが一人で瞬間移動の能力を使い偵察していた。偵察中に、チェスゴー側に異常を感じ、魔物と人間の混合軍を発見したのだ。


「どうしてこんな事が可能なの」


 興味を覚えたアリアは中心のテントに瞬間移動し、様子を探る事にした。アリアは一人であれば、かなりの頻度と距離の瞬間移動が可能なのだ。

 テントの隙間から中を伺うと、見た事のある司令官らしき男とその参謀がいた。

 あれは確かシュウを助けたチェスゴーの貴族。なぜここに居るの?




「一気に関所を突破し、ダラム内に攻め入るか」

「ダラムが全軍ターバラに行っていると言う情報が確かなら大丈夫な筈ですがね」


 タルミとターシアンは国境を越える作戦を話し合っていた。


「その情報、私が調べてあげようか?」


 タルミとターシアンは誰も居ない筈のテントの中から声が聞こえ驚いた。


「誰だ!」


 声の方向を見ると、褐色の肌をした黒髪の美女が立っている。


「……あなたは?」


 怪しいと思って見たら余りにも綺麗な女性が立っていたので、タルミは拍子抜けしてしまった。


「あなたシュウを助けてくれた人でしょ? 私はシュウの関係者なの」

「シュウの関係者ですか」

「証拠はあるんですか?」


 すっかり相手に気を許しそうなタルミを引き締める為にターシアンが割って入った。


「証拠って言われると難しいわね。私は直接シュウと会った事がないから。でも連れにシュウの奥さんが居るの」

「もしかしてエルミーユですか?」

「そう、その娘(こ)。長い黒髪の清楚な女の子よ」

「確かに合っていますが、それだけでは信用出来ませんね」


 ターシアンは尚も疑り深い目でアリアを見ている。


「まあ、信じて貰えなくても良い、取引しましょう。私がダラムの国境付近を探って来るから、あなた達は最近の各国の情勢とシュウの情報を教えてくれればいいわ」


 アリアはタルミに近づきいたずらっぽく笑った。


「いや、あなたのような女性が一人では危険です。情報はいくらでも教えますので偵察は結構です」


 タルミは真面目な顔で本心から言っていた。


「あら、優しいのね。でも大丈夫。こう見えても私は強いのよ」


 アリアはそう言ってタルミの首に手を巻き付けると背伸びをして軽いキスをした。


「じゃあ、大人しく待っていてね」


 投げキッスをして、アリアは瞬間移動で消えてしまった。


「お館さま、無防備過ぎますよ」


 タルミは夢のようなふわふわした気持ちになり、ターシアンの小言も耳に入らなかった。

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