第36話 暴君
隆弘とエリオンが対決してから三日後。チェスゴーに向う道中、ダラム内の小さな町の宿屋に隆弘達一行は泊まっていた。
全ダラム軍がターバラ侵攻している関係で、小さな町では監視の目が緩くなっている。お尋ね者の隆弘達も宿屋にも泊まれるのだ。
ハンナとエルミーユは同じ部屋に泊まっていた。ランプの明かりだけしかない薄暗い室内に、並んだベッドに二人が横たわっている。
「エルミーユとこうして二人きりで寝るのも久しぶりだね」
「そうね、サガロ島に行く前以来かな」
すでにサガロ島ではぐれて以降の事はお互いに話をしていた。
「シュウは記憶を無くしているんだね」
ハンナがポツリと言った。
「うん……」
「私の事も忘れているんだ……」
「……」
エルミーユはハンナになんと言って良いのか分からなかった。何を言ってもハンナを傷付けそうで、自分の立場からすれば嫌味にも聞こえてしまうかも知れないし。
「シエランの暮らしは楽しかった? シュウは漁師をしていたのよね」
「うん、朝早くから漁に出てがんばっていたよ。私はお料理とか洗濯とかして帰ってくるのを待って居たの」
「夫婦のような暮らしをしていたんだね」
薄暗い中で二人ともベッドの上なので、今ハンナがどんな表情をしているのかエルミーユには分からない。
「あの……ハンナ」
「ん?」
「ごめんなさい! 私、その……抜け掛けするつもりじゃ無かったの」
「ああ……」
ハンナの声は拍子抜けする程あっさりとしていた。
「謝る必要はないよ。もし立場が逆だったら私がそうなって居ただろうから」
「ハンナ……」
「でもお返しに、次は私がシュウと二ヶ月間二人で暮らしても良いよね」
「え?」
ハンナの思いもよらない提案に、エルミーユは言葉を失った。
しばらく沈黙が続いた後、エルミーユが口を開いた。
「ごめん……それは嫌だ」
小さな声だったが、エルミーユはきっぱりと言った。
「自分勝手な事は分かっている。でもシュウは誰にも渡したくない。誰に非難されても私はシュウと一緒に居たいの」
エルミーユの言葉を聞き、ハンナはフッと微笑んだ。
「ごめんね、エルミーユ。意地悪な事を言って。あなたがどれ位シュウの事が好きか知りたかったの」
ハンナは優しくゆっくりと話した。
「私達小さな頃から勇者様に仕える為に生きてきて、普通に人を好きになったりする事なんて考えられなかった」
エルミーユはハンナの話を黙って聞いている。
「シュウに会った時は本当に嬉しかった。この人が私の運命の人でずっと付いて行きたいと思っていた。でも今はもう顔も良く思い出せない。私の好きだと感じていた気持ちは何だったんだろうと思う。エルミーユが羨ましい。本当に好きになれたのだから」
「ごめんなさい。ハンナ」
エルミーユは心から思った。サガロ島でシュウとはぐれたのが自分の方だったら、立場が逆転していたのだろうから。
「いや、大袈裟に言ったけど、今はもう吹っ切れているから大丈夫よ。シュウとエルミーユの事も応援してる。私達昔からの友達じゃない」
「ハンナ!」
エルミーユは自分のベッドから起き出し、ハンナに抱きついた。
「私もあなたに負けないから。いつかはきっと好きな人が出来て幸せになるよ」
ハンナはエルミーユの頭を撫ぜた。
「うん、私も応援する」
二人はしっかりと抱き合った。
「だんな様、ダルム軍がもう隣の村まで攻め込んで来ています」
ゲルハルトの書斎にヘルムが慌てて飛び込んで来た。
「お前はランドルや村の女子供を連れてすぐにここを発て。途中|爬虫類(しもべ)に安全な道を確認しながら逃げ延びろ」
ゲルハルトは落ち着いた様子でヘルムに指示する。
「だんな様はどうなされるのですか?」
「俺はここで住民を指揮して戦う。だが、血を絶やさない為にランドルと逃げ延びてくれ」
「だんな様……」
ヘルムは涙を浮かべてゲルハルトの手を握った。
ヘルム達の一行を見送り、ゲルハルトは屋敷の庭に集めた男達を見渡した。
「ダラムの王は魔王となった。降伏しても村は蹂躙されてしまう。我ら種族の為に力の限りに闘うぞ!」
ゲルハルトの檄に男達は「おう!」と応えた。
「行くぞ!」
ゲルハルトの掛け声で皆は一斉にリザードマンに姿を変えた。
ダルム軍の兵士がターバラの村を蹂躙する。
統率の乱れたターバラの兵士達は早々と打ち砕かれ、残った力無い者達は辱めを受ける。
ラスティンは自分の兵士達が略奪を繰り広げる中を、馬でゆっくりと進んでいる。
「思ったより退屈な物だな。ターバラはお前に任せて勇者でも狩に行けば良かった」
ラスティンは、横で馬に乗るハリスに声を掛けた。
「私には荷が重い役目にございます」
ハリスは周りの惨状を見てうんざりしていた。
元々自己中心的な王であったが、この惨状にここまで無関心で居られるとは。
あの薬の所為か……。やはり渡すべきではなかった。
ハリスは自分のした事を後悔した。
その時、一人の兵士がラスティンの前に進み出て来た。
「王様、となりの村で激しく抵抗する住民がいます。人間と共存していた魔物の一族のようです」
兵士の報告を聞きラスティンはニヤリと笑う。
「面白い、俺が始末してやる」
ラスティンは馬に鞭を入れ、隣の村に向った。
「爺、お父さんはどうして来ないの?」
ヘルムは逃げている途中でランドルにそう聞かれて困ってしまった。
「待ち合わせの場所は決めています。そこで待っていればダンナ様が迎えに来てくれますよ」
ヘルムは辛い嘘を言うしかなかった。
近くに居て間に合ってくれれば。
ヘルムは|爬虫類(しもべ)を使い、隆弘達に助けを求めていた。霊力の強い|爬虫類(しもべ)も居て、テレパシーで遠くの仲間と情報を伝達する事が出来るのだ。
あの方達ならきっと力になってくれる。
ヘルムは隆弘達に最後の希望を託した。
ゲルハルトや部下の周りにはダラム兵が数人倒れている。
村の入り口の街道で両者は戦っていた。
今は十人のリザードマンを数多くの兵士達が包囲している。どちらも手を出せずに膠着した状態だ。
「どけどけ、道を開けろ」
ラスティンは兵士達の間を割ってゲルハルトの前に出た。
「お前がリーダーか。楽しませてくれよ」
ラスティンは馬を下りると、無防備にゲルハルトに近づく。
「舐めるなよ!」
リザードマンの一人が剣をラスティンに振るう。
だが、剣はラスティンに届く前に砕け散った。
うおお、と言う叫び声を上げて他のリザードマンがラスティンに殴りかかる。
ラスティンはその拳を人差し指一本で受け止め、相手の体ごと弾き返した。
「なんだ、この程度か」
そう呟いたかと思うと、ラスティンは目にも留まらぬ速さでゲルハルト以外のリザードマンを倒して行く。倒れた者達は全て胸に大きな穴が開いていた。
「さあ、次はお前の番だ」
ラスティンの言葉に、ゲルハルトは恐怖で何も言えなかった。
「王様、村の中は誰も居ません」
「何?」
兵士からの報告を聞き、ラスティンの表情が変わった。
「お前は女子供を逃がす為に時間稼ぎをしていたのだな。よし、お前はすぐには殺さん。村人全員の死を見届けさせてやる」
ラスティンは残忍な顔で笑った。
「今すぐ近くにいる兵士は全員で村人の捜索を始めろ。絶対に殺すな。生かしたまま俺の前に連れてくるんだ!」
ラスティンは兵士達に叫んだ。
「勇者のご一行様……」
昼食の為に野原で準備をしている、隆弘の足元から声が聞こえた。
「え? なんだ」
足元を見ると、一匹の白い蛇が隆弘を見ている。
「勇者のご一行様ですね? 主から伝言を届けに参りました」
「主ってもしかして、トカゲの旦那か?」
「そうです。主を助けて欲しいのです」
白い蛇はゲルハルトの村を襲った事態を説明した。
「どうする兄貴。反対方向だぜ」
アルテリオに言われるまでもなく、隆弘にも分かっていた。だが、助けを求める者を見捨てたくはない。
「アル、お前は皆をシュウの所まで連れて行ってくれ。俺はダラムの王を倒しにターバラに行く」
隆弘はアルテリオに指示した。
「えー、一人じゃ危ないよ」
皆口々に隆弘を止める。
「どうせこの人数で行っても、正面から多くの兵士の相手は出来ない。なら俺一人でこっそりと王に近づき倒してみるさ」
と簡単に言ったが隆弘に何か策が有る訳ではなかった。
「私が一緒に行くわ」
ハンナが言った。
「お前……」
「ターバラは私の故郷よ。守る役目は私に任せて。土地勘もあるし、お父さんの役に立てるわ」
ハンナは隆弘の言葉を遮るように言った。
結局、隆弘とハンナでターバラに向い、その他の者はチェスゴーのシュウの元に行く事となった。
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