第35話 ターバラ侵攻
ダラムとターバラの国境付近の平原。
国境に沿って高さ五メートル程の、岩を積み上げて作った城壁が切れ目なく続いている。
街道の国境付近に関所が設けられていて、普段は両国を行き来する人々で賑わう。だが今日は関所の門は閉ざされ、行き来する人もいない。
「さあ、いよいよ俺の伝説の始まりだ」
関所から少し離れた小高い丘の上で、目の前に展開しているダラム兵の大部隊をラスティンは満足げに眺めている。
ここ以外の各関所でもダラム兵が一斉に攻め入る手筈になっていた。
ラスティンは馬上から右手を上げて合図する。
「出陣だ」
先頭の部隊が丸太を持って関所の門を破壊する。続いて後続の部隊が切れ目なくダラム国内に侵攻して行く。
ラスティンの命により電撃的に召集されたダラム軍と違い、奇襲を掛けられたターバラの部隊は元から国境付近に配備された兵のみでとても太刀打ち出来る力はなかった。
今年に限ってターバラ側には気の緩みがあった。勇者が復活するとされるこの年は、各国協力して魔物との戦いに備える為、人間同士の戦争は想定外と思われていた。
もちろん、ラスティンの頭の中にはその計算も入っている。三国協力するのが当たり前の今が逆に三百年に一度の好機なのだと。
「逆らう者は叩き潰せ! 二度と刃向かう気力が出ない位に恐怖を植えつけるのだ」
その日より、魔王ラスティン率いるダラム軍の情け容赦ないターバラ侵攻が始まった。
チェスゴーの首都ザルツダムに在るアーロルフ邸内の会議室。国内の諸侯達が緊急に集められ極秘に会議が開かれていた。
「急な召集に来ていただきありがとうございます。密偵より連絡があり、全ダラム軍がターバラ内に侵攻したとの事です」
アーロルフの言葉に、参加者からおおっと驚きの声が上がる。
「それは確かな情報ですか。アーロルフ卿」
「信頼出来る情報です」
「全軍ですか? こちらとの国境を守る部隊はいないのですか?」
「信じがたいかも知れませんが、全軍ターバラ内に侵攻して、現在ダラム内に残った部隊はいないようです」
参加者が口々に、アーロルフに質問をぶつける。
「なら話は早いじゃねえか。俺達もダラムに侵攻してターバラの援護をしよう。ターバラがやられると次は俺達の番になるからな」
タルミはさも当たり前のように発言したが同調する者は現れず、皆押し黙ったままだった。
「おいおい、どうしたんだ。俺達がダラムに侵攻してこそ奴等も慌てるが、このまま指を咥えて見ていたら本当にターバラが落とされて、次はこの国に攻めてくるぜ」
タルミが諸侯達を焚きつける。
「今、わが軍の司令官はエリオン殿だ。我らの勝手な判断で軍は動かせない」
「勇者様なら単身でダラムに行っているのだろ? それなら国王にお伺いを立てれば良い」
タルミがそう言うとアーロルフは表情が暗くなった。
「まだ口外はしないで欲しいが、国王の御容態はかなり悪いのだ。とてもこのような話を持って行く訳にはいかない」
「だったらあんたが指示すれば良い。誰も文句は言わないだろ」
「……私は分からんのだ。もし我らが全軍ダラムに侵攻したとして、それが罠だとしたらどうする? 引き返して来たダラム軍にわが国に攻め込む口実を与える事になるかも知れん」
アーロルフはトップの器ではなかった。補佐役としては優秀な人間ではあったが、決断力に欠けている。
「分かった、俺が行くよ」
「タルミ卿、あなたの軍だけではダラム軍が引き返して来れば太刀打ち出来ないでしょう」
諸侯の一人が心配して言う。
「その時は対決せずに、すぐに引き返します。兎に角ターバラが落ちれば我々の命運も尽きます。誰かが援護しなければ、三国はダラムの若造の物になります」
タルミは決断出来ず言葉も発せられない諸侯達に、「では」と一言告げ席を立った。
会議室を出るとすぐその足で、馬に乗りザルツダムを発った。
「勝手にダラムに攻め込むと啖呵を切ってきたけど、良かったか?」
タルミは馬を飛ばしながら、横に並ぶターシアンに聞く。
「良かったも何も、お館さまにしては珍しくナイスな判断です。私も同席させて頂ければ諸侯様方を叱り飛ばして差し上げたのに」
ジョークとも本心とも分からないターシアンの言葉に、タルミはクスリと笑った。
「帰ったらすぐに出陣の用意をするぞ」
「もう手配は済んでいます。うちの密偵からも情報が入っていましたから」
「お前なぜ言わん」
「お館さまに言えば、今頃もう勝手に出陣しているでしょ。一応皆さんの合意を得て正規軍の形を取る必要がありますから」
「勝手にしろ」
「はい、私はお館さまの為になるなら命も惜しくありませんから、勝手にさせて頂きます」
この二人の固い信頼があってこその連係だった。もし、何かで失敗してもタルミがターシアンを責める事はしないだろう。その時は二人で笑って死ぬだけだ。
徳次郎の自宅近くの山の麓にある草原。シュウがタオルで目隠しをして、中腰で気配を伺っている。
「ハッ!」
シュウが振り返り右斜め上に手の平を突き出す。手の平からは野球ボールくらいの光の球が飛び出し、飛んで来た石を砕く。
「ハッ!」
今度は左上に光の球を飛ばし、石を砕く。
石は徳次郎が気配を殺し投げているのだ。シュウは僅かな風や音の変化を聞き取り、破壊する。集中力と鋭利な感覚を磨く訓練だ。
直径二十センチ程の立てた丸太の前に、レオが立つ。
フーと静かに息を吐き出す。
「ハッ、ハッ!」
レオは手刀を右左一回ずつ振るう。すると丸太に二本の筋が走り三分割に切り倒された。
「凄いぞレオ!」
横で見ていたシュウがレオを抱きかかえる。
レオは徳次郎の家に来て以来、鍛錬に励んでいたが、今は通常の子供では考えられない位の実力になっている。並みの人間にはない何かをレオは持っていた。
ジョエルが緊張した面持ちで、森の中に立っている。
ガサガサと木が揺れ、木の葉が沢山落ちてくる。
「風刃(ウインドカット)」
ジョエルが手を振ると、いくつもの小さな風の流れが刃のように飛び出し、木の葉を切り刻んで行く。
また、ガサガサと木が揺れ木の葉が落ちる。
「風刃(ウインドカット)」
同じ様に木の葉を切り刻む。
「右じゃ」
声に従いジョエルが右に動くと目の前に大木が立ちはだかる。
瞬間的にジョエルは詠唱を始めた。
「|風神の雄叫び(ゴッドストーム)」
下から突き上げるような竜巻が起こり、大木が根元から巻き上げられ、バラバラと木片となり落ちてくる。
「うむ、上達したな。良い判断力じゃ」
離れた木の上で見ていた徳次郎が、ジョエルの近くに降りて来て満足そうに頷いた。
「さあ、わしは帰るから、お前は薪を担いで戻って来い」
「えー、私が運ぶのぉ……」
「それも訓練じゃて」
カッカッカと笑って立ち去る徳次郎をジョエルは恨めしそうに見送った。
その夜、徳次郎の家にタルミが急遽訪れた。
「たった今、ザルツダムより帰って参りました」
タルミは徳次郎達にダラムがターバラに侵攻した事、ターバラの援護の為にダラムに攻め込む事を説明した。
「私は明日の朝にはここを発ちます。老師様が不自由しないよう辺りの住人には申しつけしております。私が不在でもごゆっくり滞在してください」
「心遣いありがとうございます、タルミ殿。あなたの御武運心よりお祈りします」
徳次郎は明日出陣すると言う身でありながら自分の事を気遣ってくれるタルミに心から感謝した。
「俺も行きます」
二人の会話を聞いていたシュウが、押さえ切れないように言った。
「老師、お願いします。俺はここに来た時よりかなり成長しました。今こそタルミさんに恩返したいのです」
シュウは師匠の許可を得ようと説得するが、徳次郎は首を横に振った。
「駄目だ。お前はまだ勇者として発展途上じゃ。中途半端なまま行っても役には立てん」
「お願いします。老師」
諦めきれないシュウの肩にタルミが手を置いた。
「シュウ、ありがとう。俺はお前のその気持ちで十分だ」
タルミは温かさを感じさせる笑顔を見せた。
「俺達にはそれぞれ別の戦いがある。お前はお前の道を進め。もしその道が俺と交わる事があれば、その時は遠慮なくお前の力を借りるから」
「タルミさん……いつか必ず」
シュウはタルミの手を握った。
「おじさん、おじさん」
レオがタルミの体をポンポンと叩く。
「おお、レオか。お前強くなったんだってな」
タルミがレオを抱き上げる。
「俺もいつかおじさんを助けるから。シュウを助けてくれた事、俺忘れないから」
レオは目に涙を浮かべていた。
「そうか、ありがとう。覚えておくからな」
タルミはレオを抱きしめた。
「わ、私だって助けに行くからね! 世話になった恩は忘れてないよ」
ジョエルが仲間外れになるのを焦ったように言う。
「お前、無理してないか」とタルミがからかう。
「なによ、もう! 本当に思っているんだからね」
ジョエルは拗ねたように怒ってみせた。
次の日、タルミは自軍を率いて領地を出発した。
手勢はチェスゴー軍全体の五分の一程度。とても多いと言える物ではなかった。
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