第34話 決着
「ハッ!」
エリオンが両腕を大きく広げ、円を作るように動かして気合を入れると、円形の光の網が隆弘に向かう。
「クッ!」
隆弘が両腕を振ると、手の先から小さい光の刃が何枚も飛び出し、光の網を切り刻む。
戦い始めて三時間が経過した。隆弘とエリオンはいつ終わるとも分からない戦いを続けている。
お互いの手の内を知り尽くし大技を出す隙は与えないので、横で見る人がいれば地味な攻防にと映るかも知れない。だが、お互いにぎりぎりの戦いで体力や神経をすり減らしていた。
「親が親だと息子も無能になるんですね。あれで勇者を名乗るとは笑わせます」
エリオンが隆弘の蹴りをかわしながら、動揺を誘おうとシュウを馬鹿にする。
「シュウに止めを刺さなかったようだな。後悔するぞ」
隆弘は少しも動揺せずにエリオンの拳をかわす。
「何度来ようが結果は同じです」
「お前はシュウの事を知らないからそう言うんだ。奴は努力型の人間だ。次に会ったら覚悟するんだな」
二人は一旦距離を取って息を入れる。
「ったく……キリがねえ、もう止めにしないか? エルミーユさえ開放してくれたら今回の勇者はお前にやるよ」
「何を馬鹿な事を。エルミーユは渡さない」
ふー、と隆弘は溜息を吐く。
「お前さ、いつまでも引きずっていて、死んだ人間が喜ぶと思うのか?」
「黙れ……」
エリオンは拳を握り締めた。
「前回と今回、マリアとエルミーユがお前の前に現れなかった意味を考えてみろよ。自分の事はもう忘れてくれって言ってるんだよ」
エリオンの恋人の話に持って行ったのは隆弘の戦略だった。エリオンが一番動揺して隙を見せると考えたからだ。
「黙れ黙れ黙れ!」
エリオンは叫びながら、でたらめに拳を突き出してくる。
しめた、隆弘は思った。あの冷静なエリオンが見せた隙を突く絶好のチャンスだ。
隆弘はエリオンの拳をかわし、わき腹に光滅却を打ち込もうと僅かに横に移動した。
「何?!」
移動した瞬間、拳をかわした状態のまま隆弘は動かなくなった。
「掛かったな」
エリオンは笑いながら後ろに下がってそう言った。
「何をした……」
隆弘は必死に体を震わせ動かそうとしている。
「この空間の重力をその一点に集めているんだ。そのままそこで死ね」
エリオンは小さく呪文を呟きながら、手のひらで人の大きさ位の十字架の形をなぞる。すると手の平がなぞった部分が眩しい程に輝きだし、大きな光の十字架が出来上がった。
「髪の毛一本まで滅せよ。|光の十字架(ホーリークロス)」
エリオンが両腕を前に突き出すと、十字架は拡大しながら隆弘に向かい飛んでいく。
十字架の光に巻き込まれる寸前、隆弘は横に避け、両腕を前に突き出したままのエリオンに向い飛び掛る。
「何!」
エリオンは驚くが体制を立て直せない。
「|光の剣(ホーリーソード)」
隆弘は手の平から出した光の剣をエリオンのわき腹に突き刺した。
「ぐっ」
エリオンが深手を負った為か、空間がバラバラと崩れ去った。
床に落ちたエリオンの上に隆弘が馬乗りになる。
「なぜだ。なぜ重力から逃げられた」
「俺は最初から重力に捕まっていないぜ。ぎりぎりの位置で捕まった振りをしていただけだ」
隆弘が光の剣を頭上に振り上げて笑う。
「なんだと……」
「お前の動きからあそこに罠を張っているのは分かっていたよ。それを逆に利用させて貰ったんだ。まあ、冷静な時のお前なら見破っていただろうけどな」
「罠に嵌めたつもりが嵌められていた訳か……」
エリオンが観念したように目を閉じる。
「前回からの決着を着けるぞ」
隆弘が剣を打ち下ろそうとした瞬間。
「動かないで」
隆弘を止める声がする。
隆弘が声の方を見ると、レイラがエルミーユを後ろから抱え込み、喉元に氷の短剣を当てている。
「レイラ!」
ハンナが驚いて叫ぶ。
「みんなも動かないで」
レイラの表情は落ち着いていて興奮した様子は感じられない。
「ハンナ、あの娘は本気か?」
隆弘がハンナに聞く。
「お父さん動かないで。レイラは本当にやるよ……」
ハンナの表情は硬く、緊張している。その表情からもレイラが危険な事が分か
る。
「エルミーユを助けたかったら、その剣を捨てて」
レイラが隆弘に指示する。
「おいおい、エルミーユの安全が保障されていないぜ。こちらから武器を放す事は出来ねえな」
レイラが短剣を少し動かす。エルミーユの首から少し血が滲む。
「わ、ま、待て、落ち着け」
「私は嘘を吐かないわ」
レイラは顔色一つ変えずに言う。
「お父様、私に構わないで下さい」
エルミーユが必死に叫ぶ。
「分かった俺の負けだ」
隆弘がそう言った途端、手の中にあった剣は消滅した。
「エリオン様から離れて」
隆弘は攻撃の意思がない事を示すように両腕を上げ、エリオンから離れる。
「痛っ」
隆弘の左足全体が、焼かれたように黒く燻っていた。|光の十字架(ホーリークロス)をよける際に掠っただけで大きなダメージを受けていたのだ。
アルテリオが駆け寄り肩を貸す。
隆弘がエリオンから離れたのを確認して、レイラはエルミーユを放した。
「お父様!」
エルミーユが隆弘に駆け寄る。
同時にレイラもエリオンの元に駆け寄った。
「レイラ……」
「話さないで。止血しないと」
レイラは短剣で自分のスカートを切り裂き、エリオンのわき腹の傷を押さえた。
「あなた達は早くここをから逃げて。手当ての為に人を呼びます。それまでに逃げて」
レイラに言われ隆弘達は外に出た。
「あの、これを外せますか?」
しばらく教会の中を逃げていると、エルミーユがアルテリオに向い両方の腕輪を見せて言った。
「おお、簡単だよ」
アルテリオが難なく腕輪を壊すと、エルミーユは隆弘の足を手でかざす。そして目を閉じ、詠唱を始めた。
「|天使の祝福(エンジェルゴスペル)」
エルミーユの手から溢れる柔らかな光が隆弘の足を綺麗に治して行く。
「おお、ありがとう楽になったよ」
隆弘が一人で立ち、足を踏みしめる。
「もしかして、あなた移動魔法は使える?」
アリアがエルミーユに尋ねる。
「はい、余り強くはないので距離は短いですが」
「じゃあ、私も協力するから、町の外れに用意している馬車の所まで飛びましょうよ」
アリアとエルミーユは三人ずつに分かれて、馬車の所まで瞬間移動する。
「今回も決着はお預けか……」
隆弘は教会の方を見つめて呟く。
「お父さん早く乗って」
ハンナに急かされ隆弘は馬車に乗り込んだ。
一行は追っ手が来ない内に取りあえず町から脱出した。
次の日、エリオンは町の医院の小さな一室に居た。
「ありがとう助けてくれて。でももう良いよ、俺は負けたんだ勇者は向こうだ……」
エリオンはベッドに横たわり、脇で看病してくれているレイラに言った。
「まだ話さない方が良いわ。傷が開くといけないから」
レイラはにこりともせずに言う。
「俺が必要なのはリザベルだ。リザベルの生まれ変わりのエルミーユなんだ。どんなに尽くしてくれても、俺が欲しいのは君じゃないんだ」
エリオンが自棄になったように言い捨てた。
「私は今まで一度も必要とされた事はないわ。それはこれからも同じ。私は求めたりはしないから、あなたは自由に私を使えば良いの」
レイラは悲しい事を平然と言った。
「出て行ってくれ。俺に構わず好きにしてくれ」
エリオンにそう言われ、レイラは黙って部屋の外に出て行った。
だがそこからは立ち去らず、部屋のドアの前に立っている。
勇者だから傍に居て仕えるのが自分の使命。そう思っていたレイラだが、エリオンの傍を離れる気がしなかった。
なぜ自分はエリオンを助けたのか。エルミーユと一緒に隆弘達に付いて行っても良かったのに。
なぜそうしなかったのか、レイラ自身にも良くわからなかった。
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