第32話 最強お父さんVSエリオン
「お待ち下さい王様! 全軍でターバラに攻め入ると言われましても、チェスゴーへの備えはどうするのですか? 我軍がターバラに入った途端、反対側からチェスゴー軍に攻め入られますぞ」
ハリスが必死の思いでラスティンを諌める。
「馬鹿かお前は。チェスゴー軍の司令官であるエリオンと言う輩は、今この国内に居るではないか。司令官抜きで、すぐに軍をまとめて我国内に攻め入ることは出来ぬわ」
「チェスゴー軍は最近までアーロルフ卿が指揮していたのです。エリオン殿が不在でも問題はありません」
ハリスは尚も食い下がる。
「アーロルフか……」
ラスティンはフンと鼻で笑った。
「奴は所詮、年老いた王の代理でしかない男よ。自分の権限を越えた判断など出来ぬわ。今の状態でチェスゴーからの進軍は……」
考えずともよい、と言いかけてラスティンは止まった。
待てよ、チェスゴーに一人、自分の信念に基づいて行動する男がいたな。奴なら一人でも行動を起こすかも知れん……。
「ヘルム!」
「はい……何なりと」
「魔王直属部隊でチェスゴー軍の足止めは可能か?」
「足止めだけで宜しいのですか? 潰せと仰られるならそう致しますが……」
ラスティンはニヤリと笑う。
「頼もしいな。だが足止めで良い、楽しみは俺に取っておけ。それとエリオンと言う勇者気取りの男を監視しておけ」
「はい……仰せの通りに」
そう返事をすると、ヘルムは一瞬の内に消えてしまった。
「聞いたか、ハリス。これで問題はなかろう。全軍に指示せよ」
「は、はい……」
返事はしたものの、ハリスはこのまま魔族と行動を共にして良いのか不安があった。
魔王が復活した日より二日後。隆弘達はエリオンとの会談の為にストロスと言う町に来ていた。
「会談の場所は教会なんだろ。罠じゃねえのか」
アルテリオが酒を一杯煽って隆弘に言った。
会談を明日に控え、隆弘達は宿屋の食堂で夕飯を食べている。
「大丈夫だよ。俺、明日は勇者モードで行くから」
そう言って隆弘は肉にかぶり付いた。
「ええ、そうなの?」
皆が声を合わせて意外そうに言う。
「シュウを倒した相手だからな。皆の安全を考えてもそうする方が良いと思うんだ」
「でも……」
ハンナが何か言いたそうに隆弘を見る。
「勇者モードになっても俺は俺だよ」
と、ハンナに言った物の、隆弘も本音を言えば記憶がなくなる勇者モードは自分とは思えない。だから、それに頼るのはプライドが傷つく。
だが、そんな自分のちっぽけなプライドの為に、皆を危険に晒す訳にはいかなかった。
次の日、隆弘は目が覚めるなりアルテリオの一撃で勇者モードへと変わっていた。
五人は教会の人間に、エリオンの待つ会議室まで案内されている。
「姉さん、エリオンは本当に三人だけなの?」
モニカが姉のアリアに尋ねる。
「それは大丈夫。エリオンはチェスゴー軍の司令官だけど、軍はダラムの王に入国を禁じられたからね」
二人の会話を聞いていた、先頭を歩く隆弘が振り返った。
「軍が居ようが居まいが俺とエリオンが戦い始めれば同じ事だ。後、皆に言っておくが俺達が戦い出したら絶対に手出しはするな。もし俺達を邪魔する奴らが現れたなら、そいつらの排除は頼む」
「分かったよ兄貴。二人の邪魔は絶対にさせない」
「頼むぞ、アル」
隆弘はアルテリオの胸をコツンと拳で叩いた。
会議室に着き中に入ると、すでにエリオンは席に着いていた。
「久しぶりだな、エリオン」
隆弘がニヤリと笑ってエリオンの向かいの席に座る。
「やはりあなただったのですね。タカ」
エリオンも余裕たっぷりにニヤリと笑い返す。
「お父様!」
エリオンの後ろにはエルミーユと、それを監視するようにレイラが立っている。
「お前はまだこんな馬鹿な事を続けているのか。アリスもエルミーユもお前の恋人とは別人だ」
隆弘がエルミーユを見てエリオンに言った。
「アリスもお前が邪魔しなければ記憶を取り戻していた筈だ。この娘も最初から俺の元に来ていれば……」
エリオンの表情から余裕が消える。リザベルの事を思い出し、感情的になったのだ。
「このまま大人しくエルミーユをこちらに渡すのなら、お前とそのシスターは見逃してやろう」
隆弘が笑みを浮かべながら上から目線でエリオンに言う。
「お前が大人しく捕まるのなら、後ろの者達は罪を問わないようにしてやろう」
エリオンも負けじと、笑みを浮かべて上から目線で隆弘に言った。
「なんだよ、結局やるつもりなのか。俺に勝てないのは分かっているくせに」
「あれで勝負付けが付いたと思っているのですか? 偶然勝てただけで」
二人の間の空気が歪んでいるように錯覚するぐらい、緊張感がピークに近づいて行く。
「少し老け込んだようですね。あなたの世界と私の世界とでは時間の進みが違う。その歳じゃ息が上がるでしょう」
元の世界に戻っている間に過ごした時間がエリオンと隆弘では違っていた。
前回戦った時には二十一歳だった隆弘は、それから二十五年経過している。二、三年程しか歳をとっていないように見えるエリオンから、身体的にハンデを背負ってしまった。
「俺の世界じゃこれを円熟味が増したと言うんだぜ」
それでも尚、隆弘は強気の姿勢を崩さなかった。
「ここでは周りに迷惑になる」
そう言うとエリオンは手の平を上に向ける。
「私的次元空間(マイディメンジョン)」
上に向けた手の平から白い正方形の大きな箱が現れた。
「ほう、なかなか面白い手品が出来るようになったんだな」
「私の空間に入るのは怖いですか?」
「まあ、それぐらいのハンデがあっても良いだろう」
エリオンが自ら作り出した空間にどんな仕掛けがあるのか分からない。だが、エリオンもその空間を維持するのにかなりの精神的消耗がある筈。
隆弘はあえてエリオンの誘いに乗ることにした。
ジャンプして箱の中に入ると、前後左右が意味のない空間だった。
どこに立っていても足裏に重力を感じて立っていられるが、逆に足裏以外はどこを触っても手応えが無かった。
「ハッ!」と掛け声を上げてエリオンが壁を蹴り、隆弘に向かい空を飛んでくる。
足裏以外は重力を感じないので、勢いが付けばスピードが殺される事なく飛んでくる。
隆弘はエリオンの突進をかわすが、すれ違いざまにパンチを浴びせて来る。拳は光滅却で輝いていて、触れればその部分は蒸発するだろう。
エリオンは隆弘にかわされてもまたすぐに、足裏で壁を蹴り飛んで来る。
二度三度、隆弘はエリオンを闘牛士のようにひらりとかわす。
だが、エリオンのスピードは壁を蹴る毎に上がって行く。
いよいよ、エリオンの拳が隆弘の顔面を捉える。そうエリオンが思った瞬間、隆弘の姿は弾けて消えた。
ダミーか。
エリオンがそう悟った瞬間、下から光り輝いた隆弘の足が飛んできた。エリオンはかろうじて拳を使い、隆弘の足を光と光でブロックした。
エリオンの体が弾け飛び二人の間に距離が出来る。
「準備運動はこれぐらいでいいか?」
「そうですね。私もそろそろ体が動いて来ました」
二人は目にも留まらぬ速さで攻防を続けた。
エリオンの作った空間の中に入ってしまえば、外からは状況が全く分からない。アルテリオ達はやきもきしながら様子を伺(うかが)っていた。
そんなアルテリオ達を会議室の窓から見ている者達がいる。
「おい、勇者達二人は変な空間に行っちまったぜ」
「おい、ちゃんと勇者達を見ていないと怒られるんじゃないか?」
「おい、俺達で周りにいる奴らを殺して、もっと近くで見れば良いんじゃないか?」
「そうしよう!」
その者達は、エリオンを監視する為に送り込まれた魔物達であった。
「おい、お前ら邪魔だから俺達が殺す」
三匹は大型の猿に似ているが、一人は異常に手が長く、一人は異常に足が長く、一人は異常に頭が大きかった。
「こいつは退屈凌ぎに丁度いいや」
アルテリオは嬉しそうに魔獣化する。
「姉さん久しぶりに暴れるよ」
「こいつら馬鹿だね。私達を知らないのか」
モニカとアリアの姉妹も角の生えた金髪の姿に魔獣化した。
「レイラ、エルミーユを守ってね」
ハンナはレイラとエルミーユを庇うように二人の前に立った。
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