第31話 魔王覚醒

「エリオン殿が我領内に入ったとの連絡がありました」


 ダラムの宰相ハリスが跪き、玉座でふんぞり返るラスティンに報告した。


「人数は?」

「エリオン殿本人と聖シスターが二人です」


 ラスティンは心の中で舌打ちした。

 勇者が自分の国に居る事自体が気に食わないのだ。


「例の薬はまだ出来んのか」


 ラスティンはきつい口調でハリスに聞いた。


「実は……完成はしたのですが試しに死刑囚に飲ませた所、狂ったように暴れだし大量の血を吐いて死んでしまいました……」

 ハリスは沈痛な面持ちで下を向いた。


「なんだ、出来ているのではないか」

「王様、私の話をお聞き頂いたのですか? 元々あの薬は捕らえた魔物が命乞いの為に製法を我らに伝えたのです。その真贋は確認された訳では無いのですよ」


 ハリスが顔を上げ、必死の形相でラスティンを止めようとする。


「もし嘘だとしたら俺の命運もそれだけしか無かったと言う事。今のままで勇者の下になる位なら死んだ方がましだ」

「王様……」


 ハリスは説得を諦めた。目の前の若い王は権力欲に心を奪われ、目が見えなくなっているのだ。

 ハリスは人を呼んで薬を持って来させた。


「こちらにございます」


 ハリスは真っ赤な錠剤が三粒乗った皿を差し出した。


「これがそうか」

「あ!」


 ラスティンは皿を受け取るとハリスの説明も聞かず、いきなり薬を飲み干した。


「うう……」


 薬を飲み干した直後、ラスティンは胸を押さえて倒れ込んだ。


「王様!」


 ハリスが慌ててラスティンの上半身を抱きかかえるが意識は無かった。




 ラスティンは闇の中に居た。

 光が一切ない真の闇をラスティンは進んでいる。前後左右が全く見えないが、不思議とどこへ向えば良いのか分かっていた。

 しばらく進んだ先にその魔物は居た。

 真の闇で魔物の姿形がはっきりとは分からない。だが、その魔物が片膝をついて蹲(うずくま)っているのは分かる。


(何者だ?)


 魔物が顔も上げずに直接ラスティンの頭の中に語りかけてくる。唇から意思を発するこの世界の会話とも違い、もっと直接的な拒否出来ないアクセスだった。


「このラスティン王を知らんとは、お前魔物だな。好都合だ。お前を取り込み、魔力を頂くぞ」


 フフッと魔物が笑う。


(お前は器では無い。立ち去れ)

「器では無いだと……良かろう。俺を侮った罪をその身に教えてやろう」


 ラスティンは魔物に近づこうと歩を進めるが見えない抵抗感が有り中々進めない。

 フフッとまた魔物が笑う。


「貴様この程度の魔術で俺を止められると思うのか」


 ラスティンは抵抗を受けながらもじわじわ魔物に近づいて行く。


(まさか……この瘴気の中を進める人間が居るのか)


 とうとうラスティンは魔物に手が届く所まで進み、肩に右手を掛けた。


「覚悟しろよ。今更謝っても済まんぞ」


 魔物が初めて顔を上げ、ラスティンを見上げた。


(成る程……これ程自分本位で、悪意の塊のような人間が居ようとは。お前に瘴気の壁が効かないのも分かるわ)

「何をごちゃごちゃ言っているのだ。命乞いなど聞かぬぞ」


 ラスティンは魔物に向かい拳を振り上げた。


(自惚れるな!)


 魔物の一喝でラスティンは動けなくなってしまった。


「な、何をしたのだ……」

(お前力が欲しいのか?)

「当たり前だ、俺はその為に魔力を得る薬を飲んだのだ」

(そうか……ワシには決まった器がある。魔族と人間が共存出来るようにその器も育っている筈だ。だが、お前のような人間を見てワシも気が変わった。やはり魔王は魔王と言う事か……)

「魔王? お前は魔王なのか」

(もし、お前がワシを受け入れる事が出来たなら、力をお前にやろう。これは賭けだ、失敗したならお前には死が待っている。どうだ受けるか?)

「受けるに決まっている。俺に出来ない事などないからな」


 ラスティンは躊躇する事なく魔王の賭けを受けた。


(良かろう。では受け取れ)




「うおおおお!!」


 ラスティンはハリスの腕から飛び出し、転げながら叫び続け、苦しみ悶えた。


「王様、大丈夫ですか」


 ハリスが駆け寄ろうとするが、ラスティンが苦しみ暴れまわるので手を付けられない。

 ラスティンは魔王に受け取れと言われた後、猛烈な苦しみに襲われたのだ。

 俺はこのまま死ぬのか? 

 さすがのラスティンも弱気が顔を出す。


 駄目だ!


 俺は王なのだ!


 魔王の力を取り込み、魔族の王、人間の王、全てを統べる王の中の王に俺はなるのだ!


 その強烈な思いが不可能を可能にする。


「うおおおお!!」


 また大声を上げてラスティンは動かなくなった。




「何?!」


 庭のハンモックでうたた寝していた徳次郎は、遠いダラムでラスティンの発した気を感じて飛び起きた。

 徳次郎は慌ててレオの所に飛んで行く。

 シュウとレオとジョエルの三人は家から少し離れた広場で修行をしていた。

 二メートル程の高さの細い丸太の上に片足だけで乗り、手を祈るように前で合わせ目を瞑ったまま動かない。精神集中の修行をしているのだ。

 レオとジョエルの下は普通の地面だが、シュウの下には剣山のように鋭く強い大きな針が何本も立てられ、落ちると命まで危ない。


「レオ!」


 徳次郎が大声を上げて走って来た。


「ああ、あああ……」


 ジョエルは徳次郎の声に驚き、バランスを崩して丸太から落ちた。


「何をしておるんじゃ。これしきの修行で情けない」

「だって徳ちゃんが大声出すからびっくりしたんじゃない」


 ジョエルがお尻を擦りながら文句を言う。


「そうじゃ、レオ!」

「どうしたんですか? そんなに慌てて」


 すでにシュウとレオは丸太から降り、徳次郎の所に集まっていた。

 徳次郎はレオの肩を両手で掴み、目を見詰めた。

 しばらくそうしていたかと思うと、ふーとため息を吐いて力を抜いた。


「レオがどうかしたんですか?」


 シュウが心配そうに徳次郎に聞いた。


「いや、何も無い。いつもの可愛いレオのままだ」

「そりゃそうさ。俺は俺だもん」


 レオはそう言って笑った。本当に何も変わらない、いつものレオだった。

 どう言う事だ。

 徳次郎は考えた。

 確かに魔王の気配がした。だがレオには何も変化が見られない……。

 悪い予感がする。

 徳次郎は立ち上がり、気を感じたダラムの方向を見た。


「どうしたの? そんな怖い顔して」


 ジョエルが徳次郎の様子が気になり声を掛けた。


「これからは益々厳しくするぞ」


 早く三人を鍛えなければ。

 徳次郎は悪い予感に焦りを感じていた。




 徳次郎が気を感じた同じ頃。ダラムにある山奥の洞窟で三つの黒い影が集まっていた。


「どうやら復活されたようだな」


 三つ中で一番がっしりとした体格の良い影が言う。


「でも何か違和感が有るわ。魔王様の気が暴れているような……」


 一番背の低い、シルエットから女と思われる影が言う。


「私が行きましょう。偽者だとは思いませんが、確かに気になる」


 ひょろりと背が高い影はそう言うと一瞬の内に姿を消した。




 大声を上げた後動かなくなったラスティンに、ハリスは近づき恐る恐る手を伸ばした。

 ハリスの手が肩に触れた瞬間、ラスティンからクックックと抑え切れない笑い声が響く。


「王様……」


 呆気に取られるハリスの前でラスティンがゆっくりと立ち上がる。


「俺は勝った。凄いぞ、この体中から溢れるパワー」


 ラスティンは右手の平を玉座に向ける。


「ハッ!」


 ラスティンが気合を入れると、手の平から黒い気の塊が飛び出し玉座を粉々に砕いてしまった。


「王様、何をなさいますか!」

「黙れハリス! 俺に意見する気か」


 ラスティンとハリスが言い争っていると、どこからともなく拍手が聞こえた。


「誰だ」


 ラスティンが音のする方を見ると、一人の病的にやせ細った背の高い男が拍手をしている。


「お見事です、魔王様」

「侵入者だ! 誰か居らぬか!」


 ハリスが叫ぶ。


「大丈夫だ。誰も呼ぶな」


 ラスティンはハリスを手で制し、男に近づいて行く。


「お前人間ではないな」

「お分かりになりますか。私は魔王直属部隊の一人ヘルムと申します」


 ヘルムは丁寧にお辞儀した。


「我ら魔王直属部隊とその配下の魔物は、ただ今より魔王様の手足となります」

「魔物が俺の配下になるか……。良かろう。俺の国を作る為に命を捧げよ」


 ラスティンは満足そうに笑った。


「はい、我ら魔王様の国を築き上げる為に命を捧げます」


 再度ヘルムが深く頭を下げた。


「ハリス!」

「は、はい!」


 ラスティンと魔物の会話を呆然と聞いていたハリスは急に声を掛けられて驚いた。


「全軍に出陣の指示を出せ。ターバラに攻め入るぞ」

「ええ!」


 ラスティンは、子供が新しい遊びを見つけて楽しくて仕方のないと言うような笑顔で叫んだ。


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