第29話 エリオンの過去
エリオンとアーロルフ卿はザルツダムにある卿の邸宅で会談していた。
「ダラムのラスティン王より返答が届きました。無条件での謁見は承知しかねる、との事です」
年老いたグレゴリ王には子供が居らず、遠縁者に当るアーロルフが内政を仕切っていた。便宜上アーロルフの邸内には諸侯達との会談に使う会議室があり、今はそこでエリオンと会談している。
「すぐにお会い出来るとは私も考えていませんでした。ラスティン王はどのような条件を出して来ましたか?」
特に落胆した様子もなくエリオンは言う。
「ターバラの教皇が殺された事件をご存知ですか?」
「噂程度なら聞いています。ターバラに降臨した勇者が教皇を殺し、シスターの一人を人質に逃げていると」
「実はターバラの勇者は二人いて親子だと言われています。息子はエリオン殿がシエランで倒した男。父親は教皇を殺して逃げている男のようです」
「父親……」
「ラスティン王はダラム領内に潜伏していると言う教皇殺しの犯人を捕まえる事を条件として出してきました」
エリオンはシエランで倒したシュウの事を思い出していた。
そう言えばあの男の顔にタカの面影が有った。奴の父親がタカなのか……。
「それからダラム領内にチェスゴー軍の進入は許可しないと言っています。エリオン殿とそのお付の人間のみ入国を許可すると」
「分かりました。シスター達だけを連れてダラムに行きます」
「良いのですか? 相手がどのような者かも分かりません。危険過ぎます」
アーロルフが驚いたように言う。
「大丈夫、相手に思い当たる者が居ます。その者なら何人騎士を連れて行っても無意味ですから」
エリオンは当然のように言った。
「私はこの世界から全ての魔族を殲滅したいと思っています。それには軍の力が必要です。今回の相手を倒し私が戻るまで、チェスゴーを守ってください」
「……承知致しました」
国が勇者と認めたエリオンにそう言われれば、アーロルフは承知するしかなかった。
エルミーユはエリオンの書斎のドアをノックした。アーロルフ邸から帰ったエリオンに呼び出されたのだ。
「はい」
エリオンがドアを開けて出迎え、エルミーユは中に入った。
「何か御用ですか?」
エルミーユは応接用のテーブルに着くといきなり用件を尋ねた。余計な話など一切しないと言う頑なな意思を相手に伝える為だ。
エリオンは小さく溜息を吐いた。
強引な手段でここに連れては来たが、出来るだけエルミーユに配慮してきたつもりだ。だが、一向に心を開く気配も無く、ただ時間経過するだけだった。
「私はある男を捕らえる為に、ダラムに行く事になりました」
私にも一緒に付いて来いと言うのだろうか。エルミーユはエリオンの意図を量りかねた。
「その男はシュウの父親です」
「お父様が!」
「知っているのですね」
「……」
エルミーユはどう返事をして良いか分からず、言葉が出なかった。
「私と一緒に来て頂けませんか?」
エルミーユはすぐに返事が出来なかった。
二日後。エルミーユはエリオン自ら操る馬車の中にいた。
自分が行って助けが出来るとは思えないが、隆弘がピンチの時に命乞いぐらいは出来るかもしれない。上手く行けば、一緒に逃げたいと言う思いもあった。
その夜、エルミーユは夜中に目を覚ました。
横を見るとレイラは微かな寝息を立てて眠っている。
エルミーユとレイラは馬車の中、エリオンは外のテントで寝ている。少し喉の渇きを感じて、エルミーユは外に出た。
「あっ」
馬車の幌から出ると、ちょうど起きていたのか水を飲んでいたエリオンと目が合った。
エルミーユはそのまま戻ろうかと思ったが、そこまで明らさまな態度も取れず、エリオンに近づいて行った。
「目が覚めたのですか?」
エリオンが爽やかな笑顔で聞く。
「ええ、目が覚めて少し喉が渇いたので……」
「そうですか。……どうぞ」
エリオンはコップに水を注ぎ、エルミーユに差し出した。
「ありがとうございます」
エルミーユはコップを受け取り口に運んだ。
「あなたが勇者を迎えに、ターバラに行ったのは何か特別な理由があったのですか?」
急にエリオンが質問を投げかけて来た。
エリオンは先程までのにこやかな表情ではなく真剣な顔をしてエルミーユを見ている。
「理由があったのかどうか私には分かりません。教団からの指示ですから」
「そうですか……ついてないなあ。あなたがチェスゴーに来ていれば、今頃はわだかまり無く話が出来てたのに」
エリオンは悲しそうな顔をした。
「どうしてそんなに私に拘るのですか? ジョエルは自由にさせて、どうして私は拘束するのです?」
エルミーユの問い掛けにエリオンはしばらく返答しなかった。
「あなたは私の運命の人なのです」
しばらく考えてエリオンから出た言葉が余りにも非現実的で、エルミーユは一瞬呆気に取られた後、怒りが湧いてきた。
「あなたはそんな夢みたいな理由で私達の仲を引き裂いたのですか? 呆れました軽蔑します」
エルミーユには珍しく、凄い剣幕でまくし立てた。
「信じられないだろうけど事実です。六百年前は、君は私の妻だったんだ」
「六百年前?」
エリオンは冗談を言っているのではなく、真剣だった。
「私は六百年前に初めてこの世界に来た二代目の勇者なんです」
私は六百年前、初代勇者の徳次郎に召喚されこの世界にやって来た。
徳次郎の元居た世界と私の居た世界は違っていたようだ。だがそんな事は関係なく、徳次郎は私を指導し、一人前の勇者に育ててくれた。
私は年老いた徳次郎に代わり、二代目として勇者の使命を果たす事になった。
当時勇者の使命は人間と魔族が共存出来る世界を築く事。数多くの魔物と会い、時には人間と共存出来る関係を作ったり、時には悪に染まり切った魔物と対決したり。毎日が危険と隣り合わせだったが、私は任務に誇りを感じていた。
そんな時に、私はリザベルに出会った。
近くに魔族の棲み家があり、常に襲撃に怯えて暮らす村で彼女は自警団を指揮していた。長い黒髪を束ね、清楚な顔立ちながら芯の強いリーダーだった。
私はリザベルと魔族の間に立ち、和解の交渉を行った。魔族に土地を与え、建築技術を教え、襲わなくとも生きられる術を与えた。今も各地にある魔族の隠れ里はこういった経緯で誕生している。
交渉の過程で私とリザベルは惹かれあい、恋に落ちた。日々を重ねる毎に関係は深くなり、魔族との交渉がまとまった後に二人は夫婦となった。
常に危険と隣り合わせな私に、リザベルは心落ち着く場所を与えてくれた。私の生涯の中でも一番輝いている思い出だ。
ある日、私の元に遠く離れた地で魔物が暴れていると言う話が届いた。相手は話に応じるような者ではなく、戦いは避けられないようだった。
「私もあなたに付いて行きます。少しでもあなたをサポートさせてください」
リザベルはそう言ってくれたが、私は一人で旅立った。リザベルを危険な目に遭わせたくなかったのだ。
約一月後、魔物を倒し戻ってくると村は全滅していた。和解した筈の魔族の者共が裏切って不意打ちを掛けて来たのだ。
私は半狂乱になりながらリザベルを探した。
リザベルは村の中心部で無残な姿に変わり果てていた。綺麗な黒髪と清楚で美しい顔は血で汚れ、何度も抱きしめた清らかな体は引き裂かれていた。
「うおおおお!!」
私は悲しみと怒りで大声を上げて泣いた。
それからの私は復讐の鬼となり、魔族を殲滅する事だけが生きている意味となった。
見かねた徳次郎が身を挺して私を止め、元の世界に送り返した。
だが、私は自分の意思でこの世界の三百年後にまた戻って来た。
戻った私が前回果たせなかった魔族殲滅を再開すると、邪魔する男が出てきた。これから私達が会いに行く相手、徳次郎が召喚した三代目勇者、タカだ。
タカの存在は想定内だったが、会って驚く事があった。タカに付き従うシスターがリザベルに生き写しだったのだ。
私はタカの隙を見てシスターをさらった。私に会えば前世の記憶を取り戻すと思ったのだ。だがシスターはすでに、タカに心を奪われていた。リザベルと私の関係は蘇る事はなかったのだ。
そして、私はまた三百年後に戻って来た。だが、今回もリザベルは私の元には来てくれなかった……。
エリオンの話が終わって、しばらくは沈黙が続いた。エルミーユは驚くべき話が多くて言葉が出なかったのだ。
お父様が二代目の勇者様。自分が勇者様に愛された女性と生き写し。驚くべき話だが、エリオンの表情は嘘を吐いているとは思えなかった。
「リザベル。頼むから俺の事を思い出してくれ。俺は君に会いたくてまた来たんだ」
エリオンはエルミーユを抱きしめた。声のトーンから泣いているようだ。自分の事を俺と言っている。リザベルとの会話はそうだったのだろう。
エリオンは心からエルミーユの事をリザベルの生まれ変わりだと信じているのだ。
エルミーユはエリオンを跳ね除ける事が出来ずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます