第28話 取り戻した記憶
レオだけは何とか逃がさないと。
凶暴そうなゴブリン達と遭遇し、シュウの頭はそれだけで一杯だった。
細い獣道だけがある山の中。家まではまだ遠い。今のシュウでは、襲い掛かられたら防ぎようもない。
レオは不安そうにシュウの足にしがみ付いている。ゴブリン達は狂気に満ちた瞳を光らせて今にも襲い掛かってきそうだ。
「くそっ……」
自分の体が鉛のように重い。
だが、老師は言っていた。俺が勇者としての力をだせば、この腕輪も飾りにしかならないと。
老師の言葉を信じ気合を込めて足を動かすが、変わらず重い。
「レオ、俺があいつらを引き止めるからお前は走って逃げろ」
「ええ、嫌だよ。シュウも一緒に逃げようよ」
「大丈夫。俺も後から行くから」
レオが安心出来るようにシュウは笑って見せた。
「さあ、行け」
シュウはレオの背中を押す。
レオが走り出したと同時にゴブリン達も動き出す。
自分が盾になろうと大きく手を広げるシュウの横をすり抜け、ゴブリン達はレオを追い駆けた。
「何!」
誤算だった。シュウは、近くに居る自分を無視してゴブリン達がレオを追い駆けるとは思っていなかった。
後ろを振り返るとゴブリン達はすぐにでもレオに追い付きそうだった。
「うおおお!!」
焦りや怒り、不安や恐れなど、さまざまな感情が入り乱れてシュウはパニックに陥った。
シュウは無意識の内に駆け出した。体全体が重かったが、それ以上に体内からパワーが溢れ、ゴブリン達を凌ぐスピードで走った。
間一髪レオに追い付き抱え上げると、そのまま走って逃げる。
逃げながらシュウはデジャヴを感じていた。以前も魔物から山の中を逃げた事があると。
獣道から外れ山の道なき道を、レオを抱えてシュウは走る。だが、目の前から急に木々が消え崖に出てしまった。
「しまった……」
振り返るとゴブリン達が追い駆けてくる。いつの間にか数が増え、十頭程居そうだ。
ゴブリン達がじわじわ間合いを詰めて近付いて来る。シュウのデジャヴはますます強くなった。
これはデジャヴなんかじゃない。俺は絶対に同じ状況を体験している。
シュウは無意識の内に上空を見上げた。
木々の隙間から光が差し込む。
眩しい。そう思った瞬間、シュウの頭の中に舞い降りてくる二人の少女の姿が蘇ってきた。
「エルミーユ、ハンナ……」
二人の名を呟いたと同時にこの世界に来てからの記憶が一度に蘇ってきた。
「俺は勇者として覚醒したんだ」
シュウはサガロ島で怒りにより勇者の力を開放した事を思い出した。
ゴブリン達はどんどん近付いて来ている。
焦るな落ち着け、怒りで我を忘れて力を解放すれば、また記憶を失ったり瞬間移動したりする。冷静にコントロールして力を開放するんだ。
シュウは目を瞑り、サガロ島を思い出し力の解放の瞬間を再現しようとする。レオもシュウのようすの変化に気付き力を込めてしがみ付いてくる。
ゴブリン達が棍棒を振り上げ襲い掛かってきた。その瞬間、シュウの腕輪が弾け飛び、体から眩い光が溢れ、ゴブリン達は後ろに跳ね飛ばされた。
「お?」
徳次郎はジョエルに腰を揉んで貰いながらも、シュウの変化に気が付いた。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。思ったより早かったからな……」
ジョエルは意味が分からず不思議そうな顔をしていた。
シュウはレオを自分の後ろに下ろした。
「少し待っていろよ」
シュウの表情はゴブリン達に囲まれているとは思えない程余裕がある。記憶を取り戻し、力をコントロール出来たシュウは、以前にも増して勇者として自信を深めていた。
ゴブリン達が怯んでいる間に、シュウは魔法の詠唱を始める。
「……我との契約に従いその力を貸したまえ……|地獄の劫火(ヘルズボム)」
シュウが魔法を発動させると、両腕から凄い量の炎が噴出し、一瞬でゴブリン諸共辺り一面を焼き尽くした。
「大丈夫だったか?」
シュウはレオを抱きかかえた。
「魔法が使えるんだね! 今度俺にも教えてよ」
「もう少し大きくなったらな」
シュウはレオを肩車して山道を降りて行った。
「もう、第一段階は終了か」
徳次郎が呟く。
「え、何か言いましたか?」
「いやいや、もう腰は十分だって言ったんじゃ」
そう言うと徳次郎はベッドの上で仰向けに体勢を変えた。
「次はここを揉んでくれ」
徳次郎はそう言って股間を指差した。
「そこは自分でしろ!」
ジョエルは徳次郎の頭を叩いた。
シュウがエリオンに敗れてから二週間が過ぎ、エルミーユはザルツダムに在るエリオンの屋敷の一室に居た。
特に監禁されている訳ではなく、魔法を封じる腕輪以外は何も制限されてはいない。だが、エルミーユは部屋から出る事もせず、食事も満足に取らず塞ぎ込んでいた。
コンコンと部屋のドアがノックされた。
エルミーユは関心を示さず、ベッドの上に体育座りし、窓の外を眺めている。
エルミーユの顔色は悪く、頬がやつれていた。
返事が無いのは想定内なのか、ノックの主は勝手にドアを開け部屋に入って来た。食事を乗せたトレイを持った、レイラだった。
レイラはエルミーユに挨拶もせずに中に入って行き、トレイをテーブルに置いた。テーブルには朝食が殆ど手付かずのまま置かれている。
「食べていないの」
「ごめんなさい。少しは頂いたけど、それ以上は食べられないの」
レイラは別に責めるような口調ではなかったが、罪悪感のあるエルミーユは謝った。
「あの人……」
「あの人?」
一瞬、レイラが誰の事を言っているのかエルミーユには分からなかった。
「……もしかしてシュウの事?」
「そう、そのシュウって人。あなたを助けに来ると思う?」
シュウが私を助けに来る。
実は、エルミーユはエリオンにさらわれてからずっとその事を考えていた。
シュウは助けに来てくれるのか?
私はシュウに助けに来て貰いたいのか?
助けに来ると言う事は、シュウがまた危険な目に遭う。本当にそれで良いのか?
このまま自分の事は忘れ、レオと二人で安全な場所で暮らして欲しい。
その反面、助け出して欲しい、もう一度三人で静かに暮らしたい。そう思う自分も居る。
「どうなんだろう……シュウは来てくれると思う。いや、そう思いたいのかも知れない。それ以前に助けに来て欲しいのか? 私には自分の気持ちさえ分からない」
エルミーユは素直な気持ちをレイラに話した。
「あの人は必ずあなたを助けに来るわ。あの人の目を見ていた私には分かる」
レイラはいつも客観的に物事を捉えられる事をエルミーユは知っている。
「もし助けに来てくれたなら私はどうすれば良いの? もう一度危険な目に遭わせてまで助けて貰って良いの?」
エルミーユは今にも泣き出しそうな表情でレイラに尋ねた。
「あなたの気持ちなど関係ない、あの人は自分があなたを助けたいから来るだけ。それに対してあなたが気に病む必要はないわ」
レイラは言葉を選ばずはっきりと言い切った。
「ただ、今のあなたを見たらあの人は自分を責めるでしょうね。自分が弱いからあなたを酷い目に遭わせてしまったと」
レイラの言葉にエルミーユは言い返す事が出来なかった。
「あなたにもしもの事があったら、あの人は一生その責任を背負って生きるんだわ」
レイラの言う事は尤もだ。
もし今私に出来る事があるとすれば、あれこれ悩む事ではなく、シュウを信じてしっかり生きる事。
シュウは必ず来てくれる。
私を助け出してくれる。
そう信じて元気を出そう。
シュウとレオにまた会える日が必ず来るから。
「私、ちゃんと食べる」
「そうした方が良いわ」
レイラは朝食の残り物をトレイに乗せ、部屋を出て行こうとした。
「ありがとう。レイラ」
エルミーユが礼を言うと、レイラは振り返った。その顔に微かな笑みが浮かんでいるように、エルミーユには見えた。
レイラは感情が無いのではない。感情を表に出すのが下手なだけなのだとエルミーユは思った。
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