第26話 ダラムの若き王
「ここは……」
シュウが目覚めると、そこは知らない部屋のベッドの上だった。
「あ、シュウ!」
横に居たレオがシュウに飛びつく。
「レオ……ここはどこなんだ?」
「おじさん達に助けて貰ったんだ。呼んで来る」
レオはそう言うと部屋を出て行ってしまった。
シュウは意識を失う前の記憶を辿る。
俺はエリオンとか言う奴に手も足も出せずに負けてしまった。エルミーユはそんな俺を助ける為に……。エルミーユを助けに行かないと。
シュウがベッドから降りようとすると、部屋に大柄な男とやせっぽちな男、赤いショートカットのシスターがレオと共に入って来た。
「あんたは、エリオンと一緒に居たシスター! なぜここに」
シュウはジョエルを問い詰めた。
「お、元気そうだな」
タルミがベッドの横に来てシュウに声を掛けた。
「あなたは? それにここはどこなんですか?」
「俺はチェスゴー内に領地を持つ領主のタルミって者だ。ここはもう俺の領内だから安心しろ」
「領地を持つってそんな人がなぜ俺を助けてくれたんですか? それに安心しろって、あの女はエリオンの手下でしょ?」
シュウはジョエルを指差した。
「まあ、飯にしようや。詳しくはそこで話す」
宿屋の食堂に入ると、丁度夕飯時で客が多い。タルミ達には一番大きなテーブルに豪華な食事が用意されていた。
「お館さま。私共のような小さな宿屋に来て頂いてありがとうございます。出来る限りの食事をご用意させて頂きました。何かありましたらすぐ呼んでください」
「いや今日はお忍びだから、そんなに気を使わなくても良いぞ。美味しそうな料理を用意してくれてありがとう」
宿屋の主人をタルミが労う。タルミは宿屋の主人以外の人間にも傲慢な態度は見せず、皆から慕われているようにシュウは感じた。
シュウが気絶してからの経緯はターシアンが説明した。タルミとターシアンは領内で知り合った老人の頼みに従い、シュウを助けに来たと。
「お忍びと言っても、本当は配下の者に行かせるべきなんでしょうけどね。お館さまはどこでも自分で行きたがるんですよ」
ターシアンが困ったように言う。シュウは向こうの世界にそんな時代劇があったようなと思い出していた。
「で、この人ですが、ご自分で説明してあげてください」
ターシアンはジョエルに話を振った。
「あ、私? あっちの勇者様に飽きちゃったのよ」
「飽きた……」
シュウは一瞬卑猥な意味で捉えてしまった。
「あっちはね、ただのお飾りなの。後ろに付いて行くだけで、魔法も使った事もない。私はもっと冒険したいの、ワクワクしたいのよ!」
タルミ達とジョエルはすでにお互いの事情を自白している。お互いに隠し通すには不審な点も多く、腹を割って話をした結果そうなったのだ。
「あんたの気持ちは良く分からないけど、ここに居る理由は分かった……」
シュウはそう言うと、椅子から立ち上がりタルミに頭を下げた。
「助けて頂いてありがとうございました。でも、あなたとは一緒に行けません。エルミーユを助けに行きます」
「それは承知出来ませんね」
シュウの決意をターシアンがきっぱりと否定した。
「どうして、なぜあなたが」
「私はあなたとエリオン殿の戦いを一部始終見ていました。今のままでは十回戦っても十回共負けるでしょう」
「う……」
シュウはターシアンに反論出来なかった。エリオンとの実力差は戦ったシュウが一番良く分かっていたからだ。
「そんな負け戦と分かっていて、軍師の私が承知出来る訳がないでしょう。そもそもあなたはエルミーユ様の気持ちを……」
「ああ、もう良いだろ。本当にお前は説教くさいのが玉に瑕だな」
延々と続きそうなターシアンの小言をタルミが遮った。
「でもなあ、シュウ。エルミーユを助けに行くって実際どうやって助けるんだ?」
タルミはシュウと呼び捨てにした。タルミは二十代半ばぐらいだろうか。シュウはまるで、親身に相談にのってくれる学校の先生と話しているかのように感じた。
「お金は持っていないんだろ? 馬を買うのもお金がいるぞ。すぐに食べる物も必要になるし。それにこの子はどうするんだ。自分は我慢出来ても子供にまで我慢させる気か?」
タルミは隣の席で食事しているレオの頭を撫ぜた。
「それは……」
全てタルミやターシアン言う通りだ。助けると簡単に口にしたが、自分には何一つ実行力がない。自分がガキだと思い知らされた。
「エルミーユの事なら心配ないよ」
ジョエルがはっきり言い切った。
「どうして、そんな事が言えるんだ?」
「エリオン様は無理やり乱暴するような事はしないわ。エルミーユがその気にならない限りはね」
「まあ、ここは黙って俺に従え。貧乏貴族だが、衣食住は保障するぞ」
シュウは、「それでも助けに行きます」と言いたかったが、飲み込んだ。
「すみません。しばらくお世話になります」
結局はタルミの世話になるしか、現実的な選択肢はなかったからだ。
それから二日後。一行は領内のタルミの居城に到着した。
ダラムの首都サザランド。三国の中でも一番栄えていて、多くの人が行きかう中心部と言える町だ。その小高い丘の上に王の居城が建ち、町を見下ろしている。
ダラムの若き王、ラスティンは玉座の上で機嫌が悪そうに頬杖をついている。
「エリオン殿からの面会要求の件はどうなさいますか?」
宰相のハリスが王の前に跪き、何度目かの問い掛けをした。
「何度も聞かずとも分かっておる」
そう言いながらもラスティンは一向にどうするかの返事をしない。
「なあ、あの勇者、|殺す(やる)訳にはいかんか?」
「え? ご冗談を……」
ハリスは顔を上げ、引き攣った笑いで応えた。ただハリスは知っている。ラスティンは何一つ冗談を言っていない事を。
「勇者が証を持てば全ての軍を手に入れる。実質、三国一の権力者だ。じゃあ俺はなんだ? 三国一の国力を持つダラムの王である俺は何なんだ? お飾りか? 只の木偶の坊か?」
ハリスは俯き黙ってしまった。
「俺は悔しくて堪らんのだ。ダラムの王として生まれてきて、なぜ他人に跪かねばならんのか」
「しかし、勇者を殺すと言っても教団が黙っていません」
「教団も一緒に潰せばよかろう。教皇どもは権力争いに夢中。聖シスター養成所は金持ち達の妾選びの場所だ。誰にとって必要と言うのだ」
ハリスはまた俯いて黙ってしまった。
「俺は勇者を|殺す(やり)たいのだ。例の薬はまだ出来んのか?」
「まさか、あの薬をラスティン様がお飲みになるのですか? せめて部下の者に飲ませて勇者に向わせれば……」
「馬鹿かお前は。もしそれで勇者を殺したとしても、そいつが第二の勇者になるだけだろうが」
ラスティンは立ち上がりハリスを罵倒した。
そのままラスティンは謁見の間にある、大きな窓に近付き町を見下ろした。
「俺は力も権力も手に入れる。そして三国を統一して真の王になるのだ」
ラスティンは精悍な顔立ちに自信をみなぎらせた笑顔を浮かべた。
「そうだ、教皇スラレスを殺した一味はまだ捕まっていないよな」
「はい。わが国に潜入したとの情報はありますが」
「ならエリオンにその一味の討伐を命ぜよ。少しは時間が稼げるだろう。俺が会うのはそれからだ」
ラスティンは振り返りハリスに命じた。
「はい。仰せの通りに致します」
ハリスは頭を下げた。
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