第23話 モニカとアリア
隆弘は馬車に揺られながら瞑想している。
同じように隣で瞑想しているハンナから聞いた、魔法の威力を高めるトレーニングをしているのだ。
魔法は、使える事と威力がある事は別なのだ。同じ魔法でも使う者の能力や精神状態で威力は上下する。普段からのイメージトレーニングで能力の向上は欠かせないのだ。
「さあ、目的地が見えて来たぜ」
アルが幌の中で瞑想する二人に声を掛けた。
隆弘とハンナが幌から顔を出す。馬車は山に囲まれた小さな集落に入る所だった。
集落の周辺には畑があり、家には動物の皮が干して有る。基本的に自給自足で生活しているようだ。
馬車は集落の奥へと進み一番大きな白いお屋敷の庭に止まった。
「だんな様!」
三人が馬車から降りると、一人の老人がアルテリオを見て声を掛けた。
「おお、久しぶりだな爺。元気にだったか」
アルテリオは笑顔で老人に応えた。
「ええ、元気ですとも。ちょっとお待ち下さい。奥様をお呼びします」
「その必要はないよ」
老人が屋敷に向おうとすると、入り口から一人の美しい女性が出て来た。
人間の年齢で言えばアラサー位だろうか。茶色掛かった長い髪に少し褐色の肌、幅広の緑の帯を腰に巻いた白いワンピース姿。服の上からも分かるぐらいスタイルがいい。向こうの世界で言えば南米美人のイメージだと隆弘は思った。
「おお、モニカ、久しぶり……」
美女に向って歩いて行ったアルテリオだが、目の前に着いたと思った瞬間、バチンと大きな音が立つ平手打ちを喰らった。
「この馬鹿亭主が! 何年も家を空けてどの面下げて帰って来たんだい!」
「痛ってえ……。お前が出て行けって言ったんだろ!」
アルは行き先を詳しく言っていなかったが、自分の屋敷だったのか。しかも美人の奥さんの尻に敷かれているっぽい。
隆弘は二人の夫婦喧嘩をにやにやしながら眺めていた。
「だからって出て行ったっきり何年も帰らないなんて有り得ないだろ! 村の皆も心配したんだ。あんたリーダーだろ?」
「あー、もういい! そんなに文句が有るならまた出て行くから良いだろ!」
アルテリオが自棄になって言い返すと、またバチンと大きな音がする平手打ちが飛んできた。
「バカ……」
モニカの瞳には涙が一杯に貯まっている。
「どんなに心配したと思っているのよ……」
「モニカ……」
モニカは泣きながら、アルテリオの首にジャンプして抱き付いた。
「どんなに寂しかったと思ってるのよ!」
「お、おい、お客も居るんだぞ」
「え?」
モニカは大きな体のアルテリオに目が行き、隆弘とハンナを見落としていたようだ。
「あ、タカ兄!」
モニカは泣き顔から急に笑顔になり隆弘に駆け寄り手を取って握った。
「帰って来たんだね! 懐かしいな」
「あ、いや、その……」
「あ、こちらのお嬢さんは今回のシスター?」
モニカはハンナに目を付け、駆け寄って抱きしめた。
「可愛いー! お姉さん一目で気に入ったよ!」
「あああ……はい、ありがとうございます……」
抱きしめるだけでは飽き足らず、モニカはハンナの頬にキスまでした。
「タカ兄、良かったねぇ。こんなに若くて可愛い娘がシスターで。もう手を出しちゃったの?」
モニカはニヤニヤしながら、隆弘の胸を肘で突いた。
怒っていたかと思えば急に泣き出すし、今はハイテンションで喜んでいる。モニカは見た目通り南米系の情熱的な女性のようだ。
「モニカ違うんだよ。兄貴は兄貴なんだけど、ちょっと事情があって……」
アルテリオがモニカに、今の隆弘が先代勇者では無い事や、ここまでの経緯を説明した。
「そう言われて見れば……」
モニカは隆弘の顔をマジマジと見た。
「目の光が弱いわね」
覚悟しているとは言えこうはっきり言われると、さすがに隆弘も落ち込んだ。
「そう言うなよ。勇者であろうがなかろうが、兄貴は兄貴だ。一緒にいればお前も分かるよ」
隆弘の様子を見て、アルテリオがフォローを入れた。
「ごめん。そうよね。さあ、タカ兄もハンナちゃんも長旅で疲れたでしょ。ここでは何も心配しなくて良いからゆっくりしてね」
モニカはそう言うと、テキパキと爺や配下の者達に指示し歓迎の宴の準備をさせる。
隆弘とハンナはそれぞれ客室に案内され、準備が出来るまでくつろぐように配慮してくれた。
歓迎の宴の準備が整い、隆弘はモニカが用意してくれた服に着替えて広間に行った。少し遅れてハンナが来る。ハンナも用意されていたのかドレスを着ていた。
薄いピンクのすっきりとした形のドレスで、ショートの金髪に良く似合っている。
「おお、ドレスか。ハンナのそんな姿、初めて見るな」
「変かな……。なんか自分でも落ち着かなくて」
ハンナは普段の動き易い服装と違い違和感があるのか、ぎこちなさそうにしている。
「いやいや、そんな事ないぜ。ベリーキュートだ」
「何よそれ、意味が分かんないよ」
「凄く可愛いって事」
「え? そうなの……。ありがとう」
ハンナは頬を赤くして嬉しそうに微笑んだ。
テーブルには豪華な食事が用意され、村の人々が歌や踊りで歓迎してくれた。
そろそろ宴も終わりかと言うタイミングで隆弘が口を開いた。
「アル、モニカ、今日は歓迎してくれてありがとう。久しぶりにくつろげたよ」
「本当に。アルさんモニカさんありがとう」
ハンナも続けて礼を言う。
「こんなに歓迎して貰って言うのも気が引けるけど、俺は明日にでも一人でここを発とうと思っている。それでお願いがあるんだが、ハンナをここで匿ってくれないか」
「ちょ、お父さん! そんなの聞いてないよ」
ハンナが驚いて隆弘に抗議する。
「俺はシュウを探しに行く。これ以上息子の事でみんなに迷惑掛ける訳にはいかない。それにハンナを危険な目に合わせたくないんだ」
ハンナが抗議をする事が分かっていたのか、隆弘はそれに気を取られずに自分の考えを話した。
すると急にモニカが、パンとアルテリオの頭を叩いた。
「あんた、ちゃんと今のタカ兄に私達との昔の関係を話してくれたんだろうね」
「いや、お前に合わせてからで良いと思って……」
「もう!」
モニカは呆れたようにもう一度アルテリオの頭を叩くと隆弘の顔を見つめた。
「あのねえ、タカ兄。私達は誰かが困っているのに、何もせず黙って見ているような関係じゃないんだよ。『一緒に来てくれ』その一言を言ってくれるだけで何があろうと黙って付いて行くよ」
「兄貴、モニカの言う通りだぜ。水臭い事言わないでくれよ」
「アル、モニカ……」
隆弘は二人の気持ちが有り難く、心強かった。
「私もだよ、お父さん。気持ちは嬉しいけど、私はこんな時の為に今まで苦しい訓練に耐えて来たんだ。置いて行くなんて寂しい事言わないでよ」
「みんな……ありがとう」
隆弘は心から礼を言った。
四人は場所を移し、丸いテーブルを囲み相談している。
「まずはシュウがどこに居るか探さないといけないな」
「教団のネットワークを使えば何か手掛かりがあるかも知れないけど、今は無理だからね」
隆弘とハンナはため息を吐いた。実際情報網の発達していないこの世界で人を探すのは難しい。この広い三国を闇雲に探す訳には行かないのだ。
「それに付いては、俺に良い案があるんだ」
「あんた、まさか……」
得意げなアルテリオの横でモニカが怪訝な顔をしている。
「アリアって言う魔族の情報屋が居るんだ」
「やっぱり! 駄目よアリアは」
モニカが怒って立ち上がった。
「どうしたんだ、モニカ。そのアリアって情報屋に何か問題があるのか?」と隆弘が聞く。
「問題なんか無いよ。ただ情報の代金が優秀な男の精液って事だけ」
「ええ、それってもしかして……」
ハンナが顔を赤くして聞く。
「そりゃあ、抱く事になるな」
「あんた自分がその役をしようって考えているんでしょ!」
「仕方ないだろ。それしか手はないんだから」
「もう、この浮気者!」
モニカがヒステリックに、アルテリオに掴み掛かる。
「おいおい、二人とも落ち着けよ」
「あ、タカ兄が居るじゃない! タカ兄が相手すれば良いんだ」
「え? 俺が」
「ナイスバディのすっごい美人よ。タカ兄もきっと気に入るわ」
「そうなのか……」
そう言われて興味が湧くのは悲しい男の性だと隆弘は思う。
「ダメダメダメダメ! お父さんには向こうの世界に奥さんが居るんだよ。絶対に駄目!」
ハンナが激しく抗議する。こんなに興奮しているハンナも珍しい。
「仕方ないな。モニカから何とかアリアに頼んでみろよ。姉妹なんだから」
「ええ、そうなの?」
隆弘とハンナは同時に声を上げた。
「アリアは私を恨んでいるよ。私とアリアは姉妹で情報屋をやっていたんだ。でも私はアルと出会って足を洗ったから」
モニカはアルテリオを見つめる。
「アル、あんたに出会えたから私は変われたんだよ……」
「モニカ……」
二人は人目をはばからず抱き合った。
こいつらは喧嘩するか、いちゃつくかしか出来ないのかよ、と隆弘は呆れた。
結局モニカがアリアに頼んでシュウの情報を手に入れる事で話がついた。
話し合いの日から三日後、屋敷内の客室でモニカとアリアはテーブルに向かい会っていた。
「久しぶりだね、モニカ。アルテリオを抱かしてくれるのかい」
アリアが意地悪く笑う。
「ごめん、姉さん。今回は見返り無しで情報を教えて欲しいの」
「あんた、私を裏切っておいて、良くそんな図々しい事言えるわね」
そう言われるとモニカには何も言い返す事は出来なかった。
「まあ、良いわ。先代の勇者が居るんだろ。そいつを一晩貸してよ。私を抱くか抱かないかはそいつの自由で良いから」
モニカはその条件を飲むしかなかった。
「おお、それで良いじゃないか」
話し合いが終わり、隆弘はモニカから条件を聞かされ喜んだ。
「ええ……大丈夫なの? お父さん」
ハンナが疑いの眼差しで見ていたが、アルの賛成もあり隆弘が一晩、アリアと過ごす事に決まった。
その夜、隆弘の客室にアリアが現れた。
その方が好まれると思ったのか、アリアは人間化している。姉妹と言うだけあって、モニカとよく似ており、南米系の美人でアリアの方は黒髪だった。
「どうしたの? 元勇者ともあろう人が緊張しているの」
アリアは隆弘の首に両手を回し、顔を近付けて艶かしく笑う。
確かに隆弘は緊張していた。
もう四十何年生きてきて、こんな美人から積極的に迫られた経験なんて無いからだ。
「ねえ、キスくらいは良いでしょ?」
アリアは隆弘の返事も聞かずに強引に唇を重ねる。
唇の隙間からアリアの舌が入り込む。
絡み合う舌と舌。
隆弘は駄目だと思いつつ、気持ちが高ぶり、アリアを抱きしめてしまう。
アリアが唇を放しても、隆弘の気持ちの高ぶりは収まらなかった。
体の奥が熱い。
隆弘は今までに感じたことの無い程興奮していた。
「どう? 私の唾液には媚薬効果があるのよ。堪らないでしょ」
アリアが舌で唇を舐める。
隆弘は嵌められたと感じたが、自分の高ぶりを抑えられなかった。
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