第20話 アルテリオの漢気
「いよいよ国境か」
隆弘が深刻そうに呟いた。
隆弘とハンナとアルテリオの三人は簡易テーブルに地図を広げ相談をしている。
「なあ、お嬢。俺達は旅の曲芸団に変装しているんだから、そのまま国境に行ったら通してくれるんじゃないのか?」
人間化していてもなお常人より遥かに大きいアルテリオがハンナに聞く。
「無理だと思うよ。私達は教皇殺しの重罪人だからね。国境には手配書がちゃんと届いている筈だから警備に抜かりはないよ」
「やっぱりこの山道を通るしかねえのか」
隆弘が地図に引いた山道を指差した。
三人はスリンを出て以来、山沿いにダラムを目指している。理由は大勢の追っ手に追われても山道に逃げれば取り囲まれる危険は薄いし、今回のように検問を山道でパス出来る事もあった。
「険しい山道だけど仕方が無いね」
三人は途中で必要最小限の荷物以外は処分し、山道に入って行く。
「行ったぞ」
三人の様子を陰から見ている者達がいた。
国境の関所を避ける抜け道とあって、険しい山道が続いた。
荷物の大半はアルテリオが背負っている。超人的な身体能力を持つ通常の隆弘より、アルテリオのパワーは格段に強く頼りになった。
「おい、この道を行くのかよ」
隆弘がうんざりしたように言った。
人一人がぎりぎり通れる幅で、右側の山手は木もない絶壁、左側の谷も同じく絶壁、足を踏み外せば即死亡と言う危険な道だった。
「足元に注意しろよ」
隆弘、ハンナ、アルテリオの順に進み出す。足元を見ると目がくらむがとても見ないで進める道では無かった。
「あ! ちょっ、ストップ、ストップ!」
先頭の隆弘が二人を止めた。
「どうしたの?」
「道が崩れていて、進めない」
「ほんとに? どうしよう」
隆弘とハンナが相談しているとアルテリオが大声で笑った。
「こんな時こそ俺に任せろよ」
アルテリオが山肌の壁に向って拳を叩き付けると、ゴンと鈍い音を立てめり込んだ。
右腕、左足、左腕、右足と交互に壁に穴を開けながら上へと登って行く。
「兄貴達もこの穴を伝って登ってこいよ。とりあえず上に登ろう」
そう言いながら、アルテリオはどんどん上に登って行く。
「ハンナ、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。私を普通の女の子だと思わないで」
確かにハンナもエルミーユも全ての面において能力は一級品だ。
「じゃあ、行くぞ」
二人は登り出したが、アルテリオはかなり上まで行っている。早く追い着こうと隆弘はスピードを上げた。
もう五分程登ったがまだ切れ目が見えない。アルテリオとの距離も縮まらない。
「痛てっ!」
隆弘は右ふくらはぎに激痛を感じ、声を上げた。
「お父さん、どうしたの?」
「ふくらはぎが……」
ハンナが隆弘のふくらはぎを見ると大きな羽のような物が刺さっている。
その瞬間、ハンナは殺気を感じた。
「|赤い雫(ファイシャワー)」
ハンナは続けて飛んできた羽を魔法で打ち落とした。
「死ね死ね死ね!」
ハンナが羽の飛んで来た方向を見ると、腕が翼になった鳥のような魔物が叫んでいた。羽はその魔物の翼の内側から飛んできている。
「|赤い雫(ファイシャワー)」
ハンナは次々飛んで来る羽を魔法で落とし続けた。
「魔物が攻撃してくる!」
ハンナは短くそう言うと羽を打ち落とし続ける。
このままではハンナは羽を打ち落とすので手一杯で登れない、いずれ力尽きてしまう。アルテリオも気が付かないのか先に行って姿が見えない。
「ハンナ、時間を稼げば倒せそうか?」
「たぶん!」
また盾になるしかないか。
隆弘はハンナの場所まで降りた。
「よし、呪文を唱えろ」
隆弘は左腕一本でぶら下がり、魔物に対して正面を向き、ハンナを背中に隠した。
「光滅却(ホーリーナックル)」
隆弘の右拳が光出す。自分の急所やハンナに向う羽を拳で消滅させるが、どうしても足には刺さってしまう。
その時、ポンとハンナが背中を叩いた。隆弘はハンナが前を見やすいように動いた。
「炎爆弾(ファイボール)」
ハンナが炎のボールを投げ付けると、魔物は燃え上がり落ちて行った。
「やったー!」
ハンナは拳を握り小さくガッツポーズした。
「さあ、次がこない内に登り切るか」
隆弘は痛む足の羽を抜いてまた登りだした。
「よし、ゴール!」
アルテリオは絶壁の崖を登り切り、森に出た。
「なんだ? この俺に何か用か?」
アルテリオはぐるりと自分を取り囲む気配に気付き、中でも一番強い気を発している目の前の木に向かって話し掛ける。すると、木の後ろから道化師のような姿をした魔物が現れ、同時にアルテリオを取り囲むように十人の同じような姿をした手下も現れた。
「たったこれだけの人数でこのアルテリオ様に立ち向かおうなんて舐められたもんだな」
話をしながら、アルテリオの姿がどんどん魔獣化してくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何もあなたを倒そうと思って来た訳じゃないんだ」
ボスらしき目の前の魔物が、慌ててアルテリオをなだめる。
「なんだって?」
「良く聞いてくれ、魔王様が復活したんだ。三百年前とは違う、魔王様が覚醒すれば魔族の者は活気付く。恐怖と混乱の世はすぐそこなんだ」
アルテリオは興味なさそうに欠伸をしている。
「あんたが魔族側に戻ってくれば、魔王直属部隊の幹部にすると隊長が言っているんだ」
「興味ねえな」
アルテリオはそう一言言うと、左右を見回した。すると、あっと言う間に右側の五人を、次の一瞬で左の五人を打ち倒し、呆気に囚われるボスの目の前に現れた。
「ま、待て。お前は本当に全ての魔族を敵に回して戦うつもりなのか」
「言って置くけどな、俺には魔族とか人間とか関係ない。俺は兄貴の漢気に惚れたんだ。兄貴の邪魔をする奴は相手が誰でも叩き潰す」
アルテリオは、敵から見れば寒気がするような顔で笑った。
「お前には特別に俺の魔技をみせてやろう」
アルテリオの右拳が黒く硬く変化していく。
「怒級打撃(メガトンパンチ)」
渾身の力を込めたアルテリオのパンチがボスを襲う。
ボスは何の抵抗も出来ずにプレスされ、アルテリオの拳は勢い余り地面に深くめり込み、大きな地響きが起こった。
「やっと着いたぜ」
隆弘はようやく絶壁を登り終え森に着いた。
「ハンナ、もう少しだ」
まだ登っている途中のハンナを手助けしようと隆弘は手を出した。
と、その時、地震かと思うくらい、大きな地響きが起こった。
「きゃあ!」
悲鳴を上げるハンナを、なんとか服を掴み隆弘が引き上げる。無事に引き上げたと思った瞬間、地面が崩れた。
地面が崩れる中、隆弘はかろうじて木を掴む。左腕で木を右腕でハンナの服を掴んでぶら下がる格好になった。
隆弘達がぶら下がっている木はすでに横になって倒れ、根っこがようやく地面に繋がっている。このまま二人がぶら下がっていれば抜け落ちるのは時間の問題だった。
「兄貴、すまん。俺がまたやっちまった」
ハンナの悲鳴を聞いて、アルテリオが駆けつけた。だが、アルテリオが駆け付けた振動でさらに木が傾く。
「アル、分かったから動くな! 振動でもやばい」
「お父さん、私を放して! このままじゃお父さんまで死んじゃうよ」
「なに言ってんだ! そんな事出来る訳ないだろ」
そうこうしている間にも根っこ辺りから土が落ちる。
「お父さんが死んだら、シュウやエルミーユやアルさんが悲しむよ」
「ばかやろう……」
隆弘は振動が起こらないように、ゆっくりハンナを引き上げる。
「ハンナが死んだらな、シュウも悲しむし、エルミーユも悲しむ、アルだって悲しむさ、でもな……」
徐々にハンナの顔が隆弘の顔に近づいて行く。
「お前が死んで一番悲しむのは俺なんだよ!」
ハンナは間近に隆弘と目が合った。その、強く優しい瞳に守られている事を感じて胸がドキッとした。
「アル! ハンナを投げるから受け取れよ」
隆弘は力一杯ハンナを投げ上げた。アルテリオがハンナを上手くキャッチして安全な場所に引き下がる。
だが、ハンナを投げ上げた振動に耐え切れず、メキメキと木が根元から抜け落ちた。
「お父さん!」
「お嬢危ない!」
隆弘を心配して崖に近付こうとするハンナを、アルテリオが抱きかかえて止める。
「お父さん」
ハンナが地に伏して泣き崩れる。
「大丈夫だよ。あの兄貴がこんなに簡単にくたばる訳はないよ」
アルテリオは自分も心配だったが、ハンナを慰めた。
気絶しないで一気に死んでしまうと、勇者モードにならずに死んでしまう。二人ともそれを分かっているから心配なのだ。
「アルの言う通りだな。俺は簡単には死なんみたいだわ」
隆弘が崖からひょっこりと現れて二人に向って歩いてくる。普通の隆弘で勇者モードでは無かった。
「お父さん!」
ハンナは隆弘に抱き付いた。
「兄貴、心配したぜ」
「崖が崩れたのは一部分だけで、すぐ下は棚状になっていたんだ。まあ、普通の人間なら大怪我しているだろうけどな」
隆弘は大袈裟に心配されて少し照れ隠しに笑う。
「お父さん、ありがとう」
ハンナが赤い目をして隆弘を見つめる。
「なあに、礼はいらん。いつでもこの頼り甲斐のあるお父さんに任せなさい」
「本当に、頼りにしてるよ」
「え?」
いつに無く素直なハンナに隆弘は驚いた。
「さあ、また邪魔が入らない内に行こうぜ」
アルテリオが二人に声を掛ける。
三人は険しい山を抜け、中央の国ダラムに入った。
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