第21話 三人の秋祭り
シュウとエルミーユとレオ、三人が一緒に暮らし始めて三週間が過ぎた。
「ただいま」
シュウが家に帰るとレオが飛び付いてくる。
「シュウ、お帰りー!」
「おお、レオ、ただいま。あれ? エルミーユは?」
シュウは飛び付いて来たレオを抱きかかえ、エルミーユがいない事に気が付いた。
いつもならエルミーユはこの時間、食事を作って待ってくれている筈なのだが。
「エルミーユは来週にあるお祭りの準備を手伝うからって、大通りに行ったよ」
「お祭りの手伝いか……」
そう言えば、とシュウは漁師の親方の話を思い出した。
季節は完全に秋になり、北の地チェスゴーではそろそろ漁が冬用に変わる。切り替わる間に一週間休みになるのだが、その期間にお祭りがあると聞いていた。
夏の豊漁への感謝と冬の安全を祈願するお祭りで、漁村民が総出で楽しむらしい。
「ただいま」
ちょうどその時エルミーユが帰って来た。「お帰り」と二人は出迎えた。
「すみません遅くなりました。今すぐ食事の用意しますね」
エルミーユは帰るなり慌しく、小さな台所に入って行った。
「お祭りの準備はどうだった?」
準備が終わり、三人で食事を始めていると、気になっていたのか、シュウがエルミーユに尋ねた。
「ええ、町の飾りつけを作ったり、仮装行列の衣装を直したりしていましたよ」
「あーいや、その何て言うか……」
「何でしょうか?」
エルミーユの答えがシュウの聞きたかった事とは違ったようだ。シュウは言いにくそうに言葉を選んでいる。
「ほら、あの、村の奥さん連中にきつい事言われたり、嫌がらせされたりしてない? エルミーユは若いし素直だから苛められていないかと思って」
シュウは聞くのが恥ずかしいのか顔を少し赤くしている。
「ああ、それは大丈夫です。皆さん親切ですし、私は体力もありますから、進んで仕事して感謝されているぐらいですよ」
エルミーユはシュウに笑顔で返した。
「心配してくれてありがとうございます」
エルミーユがシュウの手に自分の手を重ねた。
「エルミーユはね、おばさん達に大人気なんだよ。働き者で可愛いってみんな言ってるよ」
レオが自分の事のように胸を張った。
「それは良かったよ」
シュウは安心したように微笑んだ。
「仮装行列もあるのか。楽しみだな、レオ」
「……う、うん……」
シュウの問い掛けに、その直前まで笑顔だったレオの顔が曇った。
「ごちそうさま。遊んで来る」
レオは食器を片付けると外に出て行った。
シュウは急に変わったレオの様子が気になった。
夜の寝室。レオを二つ並んだ片方のベッドに寝かせ、もう片方のベッドでシュウとエルミーユは抱き合っている。
「お祭りの話をした時レオの様子が変だったな」
シュウは腕枕してあげているエルミーユに話し掛けた。
「今日、村の奥さんに聞いたんですけど……」
エルミーユは昼間に聞いたお祭りの事を話し出した。
お祭りの夜には子供達が仮装し、村の家々を回ってお菓子を貰う風習があるとの事だった。
「本当に? 俺の居た世界にも同じ風習があったよ」
「そんな偶然があるんですね」
シュウはハロウィンの風習が異世界にもある事を知り驚いた。人間が考える事は大して違いがないのだろうか。
「聞いた話では、過去の二年共にレオはそれに参加していないのです。村の人もお祭りの準備に忙しく、レオの事まで構ってあげられなかったみたいで……」
「そうだったのか……」
シュウは小さなレオが寂しい思いをしたかと思うと胸が痛んだ。
「今年は俺達で用意して参加させてあげようよ。前に親方から良く働くからってボーナスが出ただろ。あれで何とか出来ないかな」
漁は親方が仕切っていて、下で働くシュウは取れた魚介類の現物支給といくらかの賃金を貰っていた。
「あのお金はこれから冬になるので、シュウが仕事で着る上着を買おうと思っているのですが」
賃金は全てしっかり者のエルミーユが管理していて、臨時収入もちゃんと使い道を考えていたようだ。
「ありがとう。でもそのお金を使おうよ。俺がまた頑張って稼ぐから」
「大丈夫ですか?」
エルミーユが心配そうに聞く。
「大丈夫、俺は寒いの我慢するから。レオの笑顔が見たいんだ」
エルミーユはシュウに抱き付きキスをした。
「シュウ、優しいあなたが大好きです」
エルミーユは照れているのか、下を向いて言った。
エルミーユを抱き返したシュウは、この幸せがあれば何も要らないと思った。
お祭りの当日、三人は揃って家から出掛けた。大通りに向う途中はいつもより人が多く、道端で沢山の大道芸人や露店が出ている。
「賑やかだな」
シュウとエルミーユは物珍しく、周りをキョロキョロ見ながら歩いている。
シュウはふと、レオが静かなのに気が付いた。
シュウが下を見ると、レオは周りを見る事無く、真っ直ぐ前を見つめている。その視線の先にはレオと同じ位の女の子が左右を両親に守られ歩いていた。
女の子は両親に両手を繋いで貰い、時々足を浮かせてブランコのようにして遊んでいた。
「エルミーユ」
シュウはエルミーユに視線で状況を伝える。エルミーユは理解してくれて、にっこり微笑んだ。
「レオ」
二人はレオに声を掛け、両手を繋いだ。
「あっ」
レオは少し驚いた後、二人の顔を見てにっこり微笑んだ。
「さあ、いくぞ、せーの……」
シュウが合図をして、二人はレオの両手をゆっくり引き上げた。レオの足が宙に浮き、ブランコのようになる。レオは、あはははと声を上げて笑った。
「ねえ、もう一回。お願い、もう一回」
レオは足が地面に着くと何度も何度も、もう一回とお願いした。二人もレオが飽きるまで笑顔で何度でも付き合ってあげた。
大通りに着くと、道沿いは仮装行列の見物客で溢れていた。三人は仮装者の寸劇が演じられると聞いていた広場まで、何とか辿り着いたが壁際の最後列しか空いている場所はなかった。
シュウは最後列でも広場が見えるが、エルミーユとレオは全く前が見えない。
「よっと」
シュウはレオを肩車し、エルミーユは肩の上に乗せた。
広場には三メートルくらいのハリボテのドラゴンが仮装行列の集団を待ちわびていた。
しばらくして見物人から拍手が沸き起こる。仮装行列が到着したようだ。
「やあやあ、我こそは伝説の勇者なり……」
先頭の勇者役は漁師の親方だった。何年も同じ役をやっているのか、結構様になっている。
その他の人々も鎧で身を固め手には剣を握っている。それぞれが勇敢な台詞を吐いてドラゴンに一太刀浴びせる。その度に観客から拍手が起こった。
「ねえ、エルミーユ。あのドラゴンは何か悪い事をしたの?」
「え?」
頭の上での会話なので、シュウには二人の表情が見えないが、レオは悲しそうな声で、エルミーユは戸惑っているような声だった。
「あのドラゴンは何か悪い事をしたんじゃないかな」
エルミーユが当たり障りの無い言い方で答えた。
「でも、あのドラゴンは動かないよ」
何も知らない子供からすれば不思議に感じるのだろうか。シュウはエルミーユに助け舟を出したかったが何を言うべきか分からなかった。
「何もしていないのに、みんなに苛められて可哀想だよ」
そうだ、レオの言う事は間違ってはいない。
「そうだな、レオの言う通りだ。俺達は何もしていない者を苛めるのはやめような」
レオは可愛い。十八歳の俺が言うのもおかしいかもしれないが、自分の子供のように可愛い。そのレオが正しく優しい心の持ち主である事が嬉しかった。
親の気持ちってこんな感じなのかな、とシュウは思った。
お祭りのメインは終わり、三人はレオを真ん中に手を繋いで帰っている。
それまで楽しそうだったレオが、だんだん口数少なくなってきた。
「ただいま!」
三人は誰もいない家に向って帰宅の挨拶をした。
もうお祭りは、子供達が仮装して家を回る行事のみとなった。シュウとエルミーユは子供達を迎える為に家に居なければならない。
レオは寂しそうな表情でポツンと椅子に座っている。
シュウはエルミーユに目配せをした。
エルミーユはこっそり仮装の衣装を後ろに隠し持ちレオに近付いた。
「ねえレオ、シュウと私からレオにプレゼントがあるんだけどなぁ」
「え?」
レオは少し驚いたようにエルミーユを見上げた。
「ハイ、これを着てみんなと家を回って来て良いよ」
「え?」
レオは受け取った衣装を広げる。それはエルミーユが布で作った勇者の鎧と、シュウが木で作った剣だった。
「ありがとう!」
レオはエルミーユの首に抱き付いた。
「さあ、シュウにもお礼を言って」
レオがシュウの前まで来る。顔が興奮で真っ赤になっているのが可愛かった。
「ありがとう、シュウ」
シュウはレオが抱き付き易いように膝を着いていた。
「さあ、早く着替えて行ってきなよ」
エルミーユに促されて、レオは急いで着替えて籠を持って出て行った。
しばらくすると、「お菓子をくれなきゃ、お化けが出るぞ!」と入り口で子供達の声がした。
ドアを開けると大勢の子供達。その中に混じって、お菓子が一杯入った籠を持った笑顔のレオがいる。
エルミーユが作ったクッキーを子供達に分け与えた。
「ただいま!」
またしばらくすると、レオが元気な声を張り上げて帰って来た。籠には沢山のお菓子が入っている。
「おお、沢山貰えて良かったな」
「うん」
レオは家に入るとテーブルに座り、お菓子を三つに分け始めた。
「何で分けるんだ、一人で食べても良いんだぞ」
「みんなで食べたいの。その方が美味しいから」
レオはそう言うとせっせと分け続ける。
シュウとエルミーユは顔を見合わせて笑顔になった。
「ありがとう。レオ」
エルミーユがレオの頭を撫ぜた。
外はもう寒いくらいだが、家の中は暖かかった。
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