第17話 ハンナの仇討ち
タイオンの出す赤い糸にはどんな効果があるのだろうか。触れると良くない事は確かだろう。
隆弘はタイオンの能力が分からないので慎重に身構えた。
「シャア!」と掛け声を上げ、タイオンが糸をハンナに向けて放つ。ハンナは魔法の詠唱に集中している為反応が遅れた。
隆弘が瞬時に反応し、ハンナに向かう糸を剣で叩き落す。落ちた糸は隆弘の方に方向を変え、手首に絡みついた。
一瞬、隆弘の頭に言い様のない不吉な予感が走る。パニックになる寸前で、もう片方の手で掴んだ剣で、糸を断ち切った。
「気を付けろ! 精神をやられるぞ!」
「ははは、糸に巻かれろ。楽しい夢を見せてやるぞ!」
タイオンが楽しそうに叫ぶ。
アルテリオが鋭い爪をタイオンに向け振り下ろす。だが、アルテリオは狭い室内で思うように動き辛いのか、スピードが乗らず避けられる。
本気になれば柱でも壁でもぶっ潰せるのだが、建物を崩壊させないように気を使っているのだろう。結局は本人の判断で人間の姿に戻ってしまった。
「爆圧弾(ショットボム)」
ハンナの詠唱が終わり魔法を放つ。大きな炎の塊がタイオンに当る瞬間、糸がバリアとなり威力を半減させた。
「クックック、この程度か」
タイオンは服を吹き飛ばされたが体は無傷だった。
「お父さん! 我侭言ってもいい?」
「ええ!」
ハンナが突然叫んだので隆弘は驚いた。
「私に時間を頂戴! 最強魔法を唱える時間を」
「そう言う事か任せろ!」
隆弘はハンナを庇うように両腕を広げ立ち塞がった。
「ハハハ! 馬鹿な奴だ! その小娘にそんな力があると思っているのか。聖シスターなんて所詮お飾りなんだよ」
タイオンから赤い糸が伸び隆弘に絡みつく。
俺だけを標的にするなら好都合だ。ハンナは十分に時間が取れる。
「兄貴、俺も手伝うぜ!」
何を思ったか、アルテリオが隆弘の隣に並ぶ。隆弘は、やめろと止めたかったが苦しくて言葉に出来ない。
お前はタイオンの意識を分散させる為に他で動き回れよ。
もう遅く、アルテリオまで糸に絡みつかれている。
隆弘は幻覚に襲われる。
気が付くと、自宅マンションの玄関ドアの前に居た。
これは幻覚だと注意を促す声が聞こえるが、頭の芯には届かない。
「ああ、俺は帰って来たんだ」
隆弘はドアを開け中に入る。
異様な匂いがする。過去に嗅いだ事があるが嗅ぎ慣れてはいない匂い……。
血の匂いだ。
「裕子、空!」
慌てて中に入ると、足元がぬめり、ころんでしまった。床に着いた手に、ぬめりの元が絡みつく。
大量の血糊だった。
「うわわわああ!!」
這いずりながら奥へ進む。
「あなたが帰ってくるのが遅かったから……遅かったから……」
頭から大量の血を流した裕子が、包丁を持って立っている。
「うわああああああ!!」
隆弘は大声で悲鳴を上げた。
「はっはっは! 狂え狂え!」
タイオンが歓喜の声を上げる。
ハンナは神経を集中して詠唱している。
失敗は許されない。お父さんの為にも、殺されたお父様の為にも。
頭の中に照りつける太陽のイメージ。
その光を全身で取り込む。
溜める溜める光を溜める。
「うわあああ!」
「があああ!」
隆弘とアルテリオが悲鳴を上げる。限界は近い。
その時、ハンナがタイオンに向い立ち上がる。
「太陽の裁きをその身に受けよ!」
両腕を上に挙げ打ち下ろす。
「|怒れる太陽の裁き(アングリーサン)」
タイオンの頭の上に円状の渦が現れ、凄まじい勢いで光のシャワーを降り注ぐ。
「ウガアアア!」
タイオンの絶叫が響き渡る。
渦が消えた後は、タイオンの姿は跡形も無くなっていた。
「勝った……」
ハンナはへたり込んだ後、ハッと気が付き隆弘とアルテリオに駆け寄った。
糸は跡形もなく消えており、アルテリオは意識を失っている。息は有るので死んではいない。
「お父さん!」
ハンナは隆弘の上半身を抱き起こした。
「倒したのか?」
「うん、お父さんとアルさんのお陰だよ」
「良かった……」
隆弘はそれだけ言うと意識を失った。
すると見る見る顔が先代勇者のオーラを帯びてくる。
「もっと早く呼び出せよ。やられるかと思ったぞ」
隆弘が先代勇者に変わった途端、ドアが開き教会の人間が入って来た。
「ああ、教皇様! 誰か、誰か!」
教皇の粉々になった衣服を見て教会の人間がパニックになり叫ぶ。
「ああ、ヤバイよ……」
「かー、仕方ねえな。ハンナ、背中に乗れ」
隆弘はハンナを背中に乗せ、アルテリオをお姫様抱っこして、執務室の窓を突き破り逃げ出した。
騒然となっている教会の敷地内を二人の負荷が有るとは思えないスピードで、隆弘は駆け抜ける。
スリンを抜け出し、町が見渡せる丘の上で隆弘はハンナとアルテリオを下ろした。
「おい、起きろ!」
隆弘はアルテリオをビンタして起こす。
「あ……。あ、兄貴!」
「兄貴じゃねえよ。お前はもう少し頭を鍛えろよ」
アルテリオは怒られてシュンとしてしまった。
隆弘は町の光をじっと眺めているハンナに気が付いた。
「お父さん、ありがとう」
ハンナは近付いた隆弘に礼を言った。
「あ、ちょっと待て。今日は俺じゃねえな」
そう言うと一瞬意識を失い、元の隆弘に戻った。
「お? ここは……そうか、先代勇者が助け出してくれたんだな」
「お父さん、ありがとう」
「え? あ、いや、そんな大層な事してねえよ」
「そんな事ないよ。お父さんが守ってくれたお陰で安心して魔法が使えた。お父様の仇も討てたんだよ」
「そんなの当たり前だっちゅうの。ハンナは本当の娘だと思っているって言っただろ」
隆弘は少し照れたように笑う。
「ありがとう」
ハンナも笑顔になった。
ハンナはクルリと町の方を見た。
「五歳の誕生日にお母様が死んでしまったの。お父様は教団の仕事で忙しくてその場に居なかった……」
ハンナは町を見ながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「お母様は「誕生日に一人にしてごめんね」って私の事ばかり気を使ってた……。お母様の死に立ち会えなかった事でお父様は凄く後悔し、それからはとても私の事を大切にしてくれたわ……」
隆弘とアルテリオは何も言わずにハンナの告白を聞いている。
「でもその半年後また急に仕事に没頭するようになったの。その後、私は六歳の誕生日に聖シスターに預けられた……」
ハンナは二人に向き合った。
「思えばあの時にお父様はタイオンに殺されていたんだね……」
ハンナの顔が辛そうに歪む。
隆弘とアルテリオがハンナに歩み寄り、肩を優しく抱いた。
「ありがとう」
ハンナは二人に笑顔を見せるとスリンの町を見つめた。
「お父様、仇は討ちました。これからは聖シスターとして正しく生きます」
ハンナはまた二人を振り返った。
「私は寂しくありません。こんな優しいお父さんと頼りになるおじさんがいるのだから」
隆弘とアルテリオは照れて笑った。
「さあ、行くか。追っ手が来るかもしれん」
隆弘がそう促す。
「取り敢えず俺の知り合いの所に行こう。あそこなら匿ってくれる筈だ」
アルテリオの提案に乗り、三人は旅を始めた。
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