第15話 シュウの暴走

「あの日スリンから、教皇スラレスの使者が来て、俺に会わせたい人がいると言われたんだ」


 アルテリオは外見を人間仕様に変身していたが、相変わらず身長は二メートルを超えている。その大柄な体を縮めるように椅子に座り、肉にかぶり付いていた。


「それで後日スラレスと一緒に来たのが、あのメダリコの変身した俺の母ちゃんだったんだよ。俺は嬉しかったんだ、死んだと思っていた母ちゃんが現れて。その日は大宴会で浴びるように飲んで気が付いたら、手足に魔力封印の重りを付けられていたって訳よ」


 その大柄な体に似合わず温厚な、常に笑っているように見える顔を精一杯怒らせてアルテリオは話した。


「おい、アル。お前本当に俺の言った通り、人間との共存を目指して行動していたんだろうな」


 隆弘が肉を頬張りながら疑いの目をアルテリオに向ける。


「当然だよ、この辺の漁師さんは皆俺の事歓迎していたよ。海賊退治もしていたしな」

「父は利己的で権力欲が強い人間でしたが、少なくとも魔物を使って人間に利をもたらす者を排除しようとはしない筈ですが……」


 ハンナは食べ物にも手を付けず、深刻そうな顔をしている。


「でもなあハンナお嬢、俺は洗脳されかけていたんだぜ。しかも無理だと分かったら、今度は殺そうとしたんだ。まあ、奴ら雑魚共の攻撃力じゃあ、俺に傷一つ付ける事は出来なかったけどな」

「まあ、そう責めるなよ。実の父親を信じたいって気持ちはしょうがないさ。取りあえずシュウ達と合流したら、スラレスに会いに行こうや」


 ハンナは隆弘の言葉を有難く思った。憎む気持ちさえあった父だが、魔物に加担しているとは考えたくはなかった。




 隆弘とハンナがアルテリオと合流する少し前、シュウとエルミーユは道に迷っていた。


「あれ? またかよ」

「もう、四度目ですね」


 迷ったと思った時から目立つ木に印を入れていたのだが、どんなに違うルートを通ってもここに戻ってくる。一度元に戻ろうとトロメダと戦った場所に向ったが、またここに戻ってしまったのだ。

 シュウは頼みの「蜥蜴王の篭手」で蛇を呼び出したが、反応がない。トロメダとの戦いでオリハルコン化し、強度は上がっているみたいだが、特殊な効果はなくなったのかもしれない。


「でも有り得ないよ。平坦な森ならまだしも、山の中でずっと下っても、ずっと登っても同じ場所に出るなんて」

「また魔物が関係しているのでしょうか」


 確かにシュウもその可能性を感じている。だが、向こうが姿を現さない限り手の打ちようがない。


「あーもう、少し休憩! ここで休んでいようぜ」

「仕方がありませんね。無闇に動いて体力を消耗するのも問題がありますから」


 二人が休んでいる様子を少し離れた木の上から見ている者がいる。


「クックック。お前らはもう俺の手の中。このククロウ様の魔技『怒りの鳥篭(キューティペット)』に嵌っているんだよ」


 鳥の仮装でもしているかのような姿をしているククロウは、楽しそうに木の上から二人を見ている。


「『怒りの鳥篭』は捕らえた標的の、負のエネルギーを吸収してどんどん強く、どんどんせばまって行く。怒り、悲しみ、疲れや恨み、それらが強くなれば成る程自分達の首を絞めるのだ」



  

「エルミーユは疲れていないか? 俺をオリハルコンから元の状態に戻した時に体力消耗したんじゃないのか」


 シュウは横に座るエルミーユに訊ねた。シュウが休憩しようと提案したのも自分の事よりエルミーユの疲れを心配したからだった。


「いえ、大丈夫ですよ。自分でも不思議なくらい元気です。きっとあの時、私の精神状態が最良で少ない消耗で効果が出たのだと思います」

「へえ、魔法の効果は精神状態にも左右されるんだな。あんな緊急事態で凄いな」


 シュウが素直に感心すると、エルミーユは頬を赤らめ、伏目がちに口を開いた。


「シュウ様が信じてくれたから……」

「え?」

「シュウ様が信じてくれたから、私頑張れたんです!」


 エルミーユは、今度は顔を上げはっきりと言った。

 二人は今が非常事態だと言う事も忘れ、見つめ合った。

 シュウがエルミーユの肩に手を回す。自然な動作だった。

 目を閉じるエルミーユ。

 唇を近づけて行く途中、シュウはハンナの顔が頭に浮かんだ。

 ハンナが可愛くて好きだと言う感情に偽りはない。だが、目の前にいるエルミーユも好きになっている。

 シュウは今の自分の気持ちに、正直になりエルミーユにキスをした。

 長いキスが終わり、見つめ合う二人。




 ククロウは木の上で異常に気が付いた。一向に鳥篭がせばまってこないのだ。

 普通この鳥篭に入ってしまった者は、不安や疲れから怒りっぽくなる。特に仲間が居ようものなら喧嘩を始め、あっと言う間に負のエネルギーを積み重ね、せばまる鳥篭に押し潰されてしまう。

 だが、この二人は一向に負のエネルギーが溜まらない。それどころか正のエネルギーが増えて行き鳥篭が消滅しそうだ。


「こうなれば仕方がない……」


 ククロウは苦々しい顔で呟いた。二人の前に姿を現し挑発する事にしたのだ。

 ククロウは体力的には全くと言っていい程自信がない。人間の成人男子と戦ったら確実に負けると分かっている。

 そんなククロウが相手に姿を見せると言う事は凄いリスクなのだ。鳥篭は物質的な攻撃を防いでくれるが、魔法攻撃は通過してしまう。

 ククロウは枝の上に立ち、下にいる二人を見下ろした。


「お前が今回の勇者か? ずいぶん頼りない勇者だな!」


 シュウとエルミーユは聞こえてきた声に驚き上を見た。高い木の枝の上に、鳥人間と言うべき魔物が立っている。


「お前か、俺達をここに閉じ込めているのは!」


 シュウは木の上に向って叫んだ。


「間抜けな勇者様だな。その様子じゃどうやってそこから出るのかも分からないみたいだな」

「黙れ! そこから引きずり下ろしてやる」

「あ、シュウ様!」


 シュウは腹を立てて木を登り出した。

 ククロウは手応えを感じていた。こいつは頭に血が上り易いタイプのようだ。


「クソッ! これ以上登れない」


 鳥篭の壁に当たり、シュウはククロウのすぐ下で、それ以上登れなくなった。


「馬鹿な奴だな。お前頭が悪いだろ」

「何! 俺の偏差値は六十五だ!」


 怒りを高めた事で鳥篭がせばまり、シュウは上から押される形で落ちて行った。


「くっくっく、これは楽勝だな」


 気が緩んだククロウに光の矢が向って来る。


「うわ!」


 ククロウは慌てて木の陰に避けた。距離があったので何とか対処出来たのだ。


「大丈夫ですか?」


 着地したシュウにエルミーユが駆け寄る。


「魔法攻撃は相手に届くようです。近付かずにここから攻撃しましょう」

「ああ」


 と、その時、上空から液体が振ってきた。


「きゃあ」

「なんだこの匂いは」

「ハッハッハッハ! お前らへの攻撃はこれで十分だ!」


 木の上からククロウが小便を撒き散らしている。

 ブチンとシュウの中で何かが弾けた。


「エルミーユにまで何してくれてんだ……」


 シュウは正気を失い、尋常でない瞳、両腕は怒りに震え抑えが効かない。

 あの時と同じだ。

 エルミーユはシュウの怒りに危機を感じた。


「私は大丈夫です。シュウ様、冷静になれば倒せる相手です」


 エルミーユの言葉はシュウに届いてはいない。

 木の上に居るククロウは戦慄していた。

 恐ろしい勢いで鳥篭がせばまっている。好都合なのだが、それ以上にシュウの怒りのパワーが脅威だった。

 だが、あと一押しだ。

 ククロウは勇気を振り絞り、最後の挑発をした。


「お前みたいな馬鹿を生んだ母親も馬鹿なんだろうな! 間抜けな面を見てみたいぞ!」


 一瞬シュウの動きが止まる。


「うおおおお! 母さんを侮辱するな!」


 山全体が振動するようなシュウの雄叫びだった。




「な、何?」


 ハンナは全身に異常な波動を感じ、驚いた。


「まずいな……」


 隆弘はそう言うとハンナを抱きかかえた。


「どうしたんですか?」

「シュウが暴走した。この島が吹っ飛ぶぞ」

「ええ!」


 ハンナとアルテリオが驚きの声を上げる。


「アル! 俺に掴まれ飛ぶぞ!」

「はい、兄貴!」


 隆弘とハンナとアルテリオは一塊になり、隆弘が発する光に包まれた。




「シュウ様、お願い冷静になって!」


 鳥篭がどんどんせばまり、シュウとエルミーユは抱き合う格好になっている。


「ハハハ、馬鹿が! 潰れろ、そのまま潰れろ!」


 ククロウが引きつった笑い声を上げる。


「グアアアア!!」


 シュウとエルミーユ、抱き合った二人を中心に直視出来ない程の眩い光が広がっていく。


「な、なんだこの光は! ギャアアア!」


 ククロウは光に包まれ消滅する。

 やがて光は島全体を包み込み、ゴウと音を立てて島ごと消滅した。




「ハンナ、アル、大丈夫か?」


 隆弘とハンナとアルテリオの三人はスリン近郊の海岸に移動していた。


「私は大丈夫です」

「俺も大丈夫だ」

「そうか……。さすがに俺も疲れた、少し寝るわ」


 ハンナとアルテリオの無事を確認して安心したのか隆弘は意識を失った。船で二日の距離を二人連れて瞬間移動したのだ、さすがの先代勇者も消耗したのだろう。


「シュウとエルミーユは大丈夫だったかな」

「さすがにそれは大丈夫だろ。自分が起こした爆発だからな」


 ハンナ達が話していると、隆弘が「うう……」とうなりながら目を覚ました。


「こ、ここは何処だ? サガロ島とも違うようだが……」


 ハンナは元に戻った隆弘に、先代勇者の事を隠し切れずに全てを話した。


「俺が先代の勇者だなんて……」


 隆弘は話を聞いてもまだ信じられないようだった。


「お父さんすごく強いんだよ。とても頼りになるし、居るだけで安心出来るんだ」

「そうか……なんかピンとこねえけど、凄い奴なんだなそいつ……」


 ハンナは自分の言った事を後悔した。隆弘を喜ばせようと言った事なのに逆に傷付けてしまったと感じた。

 隆弘にとって先代勇者である自分は他人のように感じるのだ。


「あ、でもいつものお父さんも面白くて優しくて良いと思うよ」


 ハンナは慌ててフォローする。


「そんなお父さんが私は好きだよ」


 隆弘は自分の大人気ない態度を反省した。いい歳して、拗ねて娘に気を使わせたなんて。


「そりゃそうだ! 俺以上にかっこ良くて頼りになる父親なんていねえぜ。それで先代勇者が中に居るなんて最強じゃねえか」


 隆弘は精一杯笑顔で強がって見せた。


「そうそう、それでこそお父さんだ」

「意識に出ていなくても兄貴は兄貴だ。俺は付いていくぜ」


 ハンナとアルテリオも安心して隆弘を持ち上げた。


「それじゃあ、スラレスの教会に乗り込むとするか!」


 隆弘はすっかり立ち直っていた。

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