第14話 最強お父さん再び!

 隆弘やハンナと違い、ユウは鍛えていないごく普通の人間なので、移動に時間が掛かる。普段人の通らない自然の山は足元も悪く、体力も消耗する為休憩を挟みながら魔物達の住処を目指した。


「すみません。助けて貰う私がお二人の足を引っ張って」

「気にする事はねえよ。娘さんはどんな事があっても助け出すから、気を使わず安心していればいい」

「ありがとうございます」


 隆弘はこうしてユウと話をしていると、裕子と居るような錯覚を起こしていた。着替えもさせて貰えないのかボロボロになった中世ヨーロッパ風の服装以外は、細い体つきや顔や雰囲気まで全て裕子と同じだ。


「あの、ユウさんに聞きたい事があるんだけど良いですか?」


 二人の会話を聞いていたハンナが、堪え切れないように間に入ってくる。


「はい、何でしょうか」

「これだけ足が遅いのにどうしてここまで逃げられたの? ここまで逃げてからまた戻るくらいなら、なぜそれ以前に娘さんを助け出そうとしなかったの? 私には理解出来ないので答えて欲しいんです」

「おいハンナ、それじゃあユウさんを疑っているみたいじゃねえか」

「お父さんは黙っていて」


 ハンナの聞き方が尋問のように感じ、隆弘は注意しようとしたが、きっぱりと断られた。


「夜中に逃げて来たので魔物達が気付くのに時間が掛かったのだと思います。私一人では娘を助け出す事は出来ないので、誰かに手助けしてもらおうと……」

「でもそれなら……」

「もう良いじゃねえか。魔物に襲われていたのは事実だろ」


 なおも追求しようとするハンナを隆弘が止める。


「分かった」


 ハンナはまだ不満そうだったがそれ以上は言わなかった。


「さあ、そろそろ行こうか」


 隆弘は話を断ち切るように立ち上がった。




 道案内の為に前を進むユウ。隆弘とハンナは後ろを付いて行く。


「もしかしてユウさんが似ているのは……」


 ハンナはユウに聞こえないように小声で話した。


「裕子って言うんだ。俺の嫁さんでシュウの母親だ。名前まで良く似ているよ」

「そうなんだ……」


 予想通りだったのか、ハンナは特に驚いた様子はなかった。そして、言い難そうに「でも……」と続けた。


「言いたい事があるのは分かる。でも俺は信じたいんだ」


 きっぱりと言い切った隆弘にハンナは諦めるしかなかった。




「あそこです」


 前を歩くユウは足を止め、洞窟の入り口を指差した。


「あんな狭い入り口なのか」


 入り口は人間一人がやっと通れるぐらいの広さしかない。


「普段は使われていない抜け道みたいです。狭い洞窟を進んでやっと出てきたぐらいですから、魔物も私があそこから出てきたとは思っていないと思います」

「よし、俺が先頭で行こう。二人は何かあったらすぐに逃げろ」


 打ち合わせが終わり、三人は洞窟に入って行った。

 洞窟の中は暗い。隆弘の後ろにハンナが続き、魔法で辺りを照らしながら進んだ。

 入って十分程歩くと目の前にドアが現れた。


「そのドアは大丈夫です。その先もまだ洞窟ですから」


 ユウにそう言われ隆弘は慎重にドアを開いた。ドアの向こうは相変わらず暗く、先が見えない。


「悪いハンナ、先を照らしてくれ」

「はい」


 ハンナが前に出ようと隆弘と体が重なった瞬間、後ろから強い力で押され二人はドアの向こうに転がり出た。


「うわあ」

「きゃあ」


 二人が暗闇の中に転がると同時にドアがバタンと閉じる。その瞬間を待っていたかのように、一斉に明るくなった。天井に吊られた無数のランプが点灯したのだ。


「なっ!」


 隆弘は眩しさに目が眩んだが、必死で周りの状況を確認した。

 今いる場所は直径二十メートル程の円形に区切られていて闘技場のように見えた。闘技場の壁は四、五メートル程の高さがあり、その上は観客席となっていて、多くの魔物が見ている。出てきたドアはきっちり閉まっていて、こちら側にドアノブがなく開けられない。


「クソッ閉じ込められたか」


 その時、観客席から「ハッハッハッハ」と高らかな笑い声が響いた。見上げるとユウだった。


「やっぱりあなたは!」


 立ち上がったハンナは悔しそうに叫んだ。


「私の名はメダルコ。|魔技(まぎ)は「|俺俺最高(オレオレオーレ)」相手の一番大切な人を瞬時にスキャンし、変身する。怪しいと感じても信じたい気持ちが強くなり、まんまと罠に嵌るのだ」


 得意げに話すユウの顔が崩れ、醜い魔物に変化して行く。


「すまんハンナ、お前の言う通りだった」

「謝るのは後だよ。シュウのお母さんなら私にとってもお母さんなんだ。そんな人を侮辱したんだ、絶対にこのままで終わらせないよ」


 隆弘とハンナは悔しそうにメダリコを見上げた。


「さあ観客の皆さん、本日の対戦相手の登場です。凄い選手を用意しました。伝説の魔物アルテリオです!」


 メダルコが得意げにアナウンスすると隆弘達の向かいの壁が開き、三メートル近くはありそうな魔物が現れた。


「アルテリオ……」


 ハンナが目の前の魔物を見て呟く。


「あれがアルテリオなのか? どう言う事だ、アルテリオはこいつらの親分じゃねえのか?」

「分からない。でも目の前の魔物はアルテリオだよ。伝え聞く姿と同じだから」


 角の生えた獅子の頭にゴリラを更に肉厚にした体。パワーに溢れ、同時に手は武器も扱えそうな器用さも感じさせる。隆弘が元の世界で見たどんな生き物も直接対戦で勝てそうに無かった。


「心配しなくても良いぞ。|アルテリオ(そいつ)に繋がれている鎖は魔力を防ぐ効果があり、実力を殆ど出せない状態だ。お前らでも十分に倒せるぞ」


 頭の上でメダルコが叫ぶ。

 確かにアルテリオの両腕と両足には重りの付いた鎖が繋がれている。また、その瞳は曇り生気を感じさせない。


「グワア」


 叫び声を上げながら、アルテリオが腕を振り下ろして来た。隆弘とハンナは横に飛び退く。

 遅い。

 隆弘はアルテリオの攻撃にそう感じた。これなら十分に対応出来る。


「ハンナ、やるぞ!」

「はい!」


 隆弘が剣を抜き、ジャンプしてアルテリオに打ち下ろす。

 ガキッ!

 剣はアルテリオが出した腕に当ったが、食い込む事すら出来ずに跳ね返された。当った感触は驚く程硬く、剣の方が折れそうだった。


「|地獄の劫火(ヘルズボム)」


 ハンナの両腕から炎が噴出し、アルテリオに襲い掛かる。しかし、そのダメージは毛を焦がした程度で殆どなさそうだった。


「どうした! そんなんじゃ傷一つ作れないぞ!」


 上からメダルコの野次が飛ぶ。

 アルテリオはでたらめに腕を振り回し攻撃してくるが、単調で二人は十分余裕を持ってかわせた。だが逆に二人の攻撃もアルテリオに大したダメージを与える事が出来なかった。

 こうなれば一か八か仕方がない。


「お父さん、何するの!」


 隆弘は隙を見てアルテリオの鎖を切断した。


「このままじゃ、いずれ体力が消耗して上の奴らにやられてしまう。もしかしたらアルテリオは正常になれば味方になるかもしれん。敵の敵は味方だ!」

「馬鹿な考えはやめろ! アルテリオを解き放つとお前らは瞬殺されるぞ!」


 上でメダルコが焦って叫んでいる。

 良い傾向だ。奴らが焦ると言う事はアルテリオを解放する事が勝利への鍵になる。

 隆弘は最後の鎖を引き千切った。


「グアアアア!」


 アルテリオは叫び声を上げると、うずくまり動かなくなった。


「どうしちゃったんだろう」

「分からん。警戒はしておけよ」


 隆弘とハンナはアルテリオから距離を取り様子を伺っている。

 アルテリオはゆっくりと立ち上がった。

 解放される前と比べ、その姿は何倍にも大きくなったかのような錯覚を覚える。体全体からオーラが出ているような迫力があり、この距離で対峙していると今すぐにでも逃げたくなる。


「やばいよ……」

「ああ、やばいな……」


 隆弘とハンナは蛇に睨まれた蛙のように身動き出来なかった。


「グオオオオオ!」


 アルテリオが雄叫びを上げると、闘技場全体が揺れるようだった。


「話を聞いてくれ。お前を自由にしたのは俺なんだ。あいつらがお前の力を封印していたんだ」


 隆弘が観客席を指差しながら説明する。


「お前……人間か……」


 アルテリオは、まだ封印の余韻が残り、意識の焦点が合っていないようだった。


「そうだ、俺は……」


 隆弘がそう言おうとした途端、アルテリオは目にも留まらぬ速さで横殴りにした。隆弘は何とか腕をクロスにして受けたが、体ごと吹き飛ばされ、壁に激突した。


「お前も人間か?」


 アルテリオは、ハンナに近付いて行く。


「そう……。でもなぜ、そんなに人間を憎むの? あなたの力を封印したのは上にいる魔物達だよ」


 ハンナがそう訊ねると、アルテリオの表情が怒りから悲しみに変わった。


「人間が裏切ったんだよぉ……。仲良く共存していこうとしていた、この伝説の魔物アルテリオ様を裏切ったんだよぉ……」


 今にも泣き出しそうな顔のアルテリオ。


「お前そんなにも偉かったんだ」

「当たり前だろ! 俺は先代の勇者と五分で渡り合った唯一の魔物なんだぞ!」

「俺がいない間にそんな話になっていたのか」

「俺がいない間って……」


 アルテリオは声のする後ろを振り返った。


「あー! 兄貴!」


 そこには先代勇者の本性が出てきた隆弘が立っていた。


「俺は泣いて頼むお前を、いやいや舎弟にしてやったと記憶しているのだが」

「いやー、懐かしい。そんな小さな事気にしちゃいけませんぜ。俺達は死線を潜り抜けてきた仲なんだから」


 大きな体で懐かしそうに肩を抱いてくるアルテリオに隆弘もふっと笑顔になる。


「まあ、積もる話は後でしよう」


 隆弘はアルテリオの胸を小突いてから、ハンナを見て言った。


「それからこの娘は俺の息子の嫁な。俺の可愛い娘なんだから、今からお前の命を掛けて守れ。分かったな」

「そうなんですか! 分かりました。このアルテリオの命を掛けて」

「よし、じゃあ上の掃除をしよう」


 隆弘がそう言うと、ハンナは体が急に軽くなるのを感じた。隆弘が抱きかかえて、観客席にジャンプしたのだ。

 三人は恐怖で腰を抜かすメダリコの前に立ち塞がった。


「こいつは後でゆっくり挨拶するから、残りを掃除するか。お前右回りな、俺は左行くから」


 隆弘がアルテリオに指示する。


「あー懐かしいな、競争ですね」

「ハンナお前が審判だ。開始の合図を頼む」

「え?」


 ハンナは意味が分からずキョトンとしていたが、取りあえず合図をする事にした。


「じゃあ、よーい、ドン!」


 ハンナが合図をした瞬間、二人の姿が消え、隆弘が三分の二程進んだ所で現れた。二人が通過した後には魔物達がなぎ倒されている。


「相変わらず遅いな」

「いや、俺はまだ寝ぼけているんですよ」


 そう言っていたかと思うと一瞬でハンナの前に戻って来た。


「さあ、こいつをどうするか……」

「俺にやらせてくれ、俺もこいつに騙されたんだ」


 アルテリオが怒りながらそう言った。


「お願いします。私も勇者様の為に働きますからどうかお許しを……」


 メダリコは涙ながらに手を合わせて許しを請うた。


「お前は俺の大事な心を潰したんだ。許す訳にはいかない」

「そんな……」


 メダリコの顔が変形していく。裕子の顔になろうとしているようだ。


「光滅却(ホーリーナックル)」


 隆弘はメダリコの顔に拳を打ち下ろした。




「で、俺の言う通り人間に迷惑掛けないようにしていたんだろうな」


 三人は魔物の住処の広場で、探し出した食料を食べていた。


「もちろんですよ。俺はこの島で静かに暮らしていたんだ。むしろ悪さする魔物を退治しに行っていた位なんだぜ。だが、ある日ここに人間が来て油断していた所を封印されたんだ」


 確かに以前の噂では、アルテリオは人間の味方で害を与えると、ハンナは聞いてはいなかった。


「しかもその人間は勇者を一番崇めないといけない奴なんだぞ」

「それは誰なんだ?」

「スリンの教会にいる教皇、スラレスだよ」

「え? お父様が!」


 ハンナは驚いて思わず声に出した。

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