第13話 硬くしてあげる
妻がゴブリンに襲われる。
襲われている女性が他人のそら似かもしれないなどと言う事は、隆弘の頭の中からは完全に消し飛んでいた。
ハンナが気付いた時には、隆弘はすでにゴブリンの前に立ちはだかっていた。
隆弘はガリウスにあっさり倒されて以来、防具や武器をちゃんと装備している。 剣術など全くの素人ではあるが、異世界補正の超人的な身体能力であっと言う間にゴブリン達を薙ぎ倒した。
「裕子! 大丈夫か?」
隆弘は大木の根元でうずくまる女性に手を差し伸べた。
「ありがとうございます……」
隆弘の手を取り立ち上がった女性は、恐怖の為か顔が青ざめていた。
「お父さんの知り合いなの?」
遅れて近付いてきたハンナの質問で隆弘は我に返った。
目の前の女性はどう見ても、妻の裕子にしか見えない。だが、裕子まで異世界にトリップして来たとは考えにくい。
「あの、あなたの名は?」
「私の名はユウです」
やはり他人だったようだ。
隆弘は残念なようなほっとしたような複雑な気持ちだった。
ユウは大陸の漁村で暮らしていた所を娘と一緒にさらわれて、この島の山奥で魔物達の奴隷として身の回りの世話をさせられていた。ユウは魔物達の目を盗み逃げ出したが、娘はまだ囚われていて、何とか助け出して欲しいとの事だった。
「よし、俺に任せろ。すぐに助けに行くぜ」
「ちょ、お父さん! シュウと合流しないといけないのよ。余り動いちゃまずいでしょ」
安請け合いする隆弘をハンナが止める。
「でもお前、ユウさんの娘さんはまだ囚われているんだぞ! すぐにでも助けなきゃいけないだろ」
「それはそうだけど……」
「あの……」
口論する隆弘とハンナの間にユウが割って入った。
「ご迷惑になるようでしたら、無理は言いません。ここで助けて頂いただけでも感謝していますから。私一人で何とか……」
「いやいやいや、無理なんかじゃないです。私に任せてください。必ず娘さんは助け出します」
遠慮するユウに良い所を見せようと隆弘は強引に安請け合いする。
「もう、どうなっても知らないよ!」
ハンナはあきれて怒ってしまった。
「え? 父さん達が移動しているって」
「はい、ここから三キロメートル程離れた海岸で待機していたようですが、今は山の奥へと移動しているようです」
大蛇から隆弘達の情報を聞き、シュウは驚いた。はぐれた場合、隆弘は現在位置で待機、シュウが「蜥蜴王の篭手」を使い情報収集して迎えに行くと言う事前の話だったからだ。
「あのクソ親父は勝手な事ばかりして!」
「お父様にも何か事情があるのかもしれませんよ。兎に角追いかけましょう」
シュウとエルミーユは大蛇から聞いた方向に向かい走り出した。
シュウはエルミーユが付いて来られるようにスピードを加減して走っているが、それでも常人よりはかなり早いスピードで山を登っている。
「大丈夫? 早くないか?」
「大丈夫です」
エルミーユは必死だったが、それを悟られないように笑顔を作った。これ以上は迷惑をかける訳にはいかなかった。
「危ない!」
いきなり前を走っていたシュウがエルミーユを抱きかかえ後ろに飛び退いた。
同時に、二人が居た場所にビュッビュッと液体が飛んでくる。液体は地面に付着すると鈍く光る金属質の物体に変化した。
「さすが、勇者だね。この程度では仕留められないか」
「誰だ!」
シュウはエルミーユを下ろして叫んだ。
声の主は木の枝に座りクックックと笑っている。銀色の髪、銀色の肌、全身が銀色の女の魔物だ。
魔物は木の枝から一枚葉っぱをちぎると、長い舌を出してそれを舐めた。
「ハッ」
魔物が葉っぱを投げると驚く程のスピードでシュウに向い飛んで来る。シュウが横に飛び退くと葉っぱは後ろの木に突き刺さった。
「なんだと……」
シュウは強度のない葉っぱが木に突き刺さった事に驚いた。
魔物が笑いながら地面に降り立つ。銀色の蛇が擬人化したような体だ。
「私の名はトロメダ。私の体液「最硬凝固(かたくしてあげる)」に触れた物は全てオリハルコンになってしまうのよ。あなたも硬くしてあげる」
「スタイルからして女みたいだが、お前には何の魅力も感じないね。俺には可愛い彼女が二人もいるんだからな」
体液と言う事は返り血を浴びてもアウトか。
「|光の乱舞(ホーリーシャワー)」
エルミーユが掛け声と共に手のひらから光の矢を放つ。だがその光が届く前に、トロメダは唾液を霧状に噴射し防いでしまった。
「あなた可愛いねえ。でも無駄よ、攻防一体型だから。さらに……」
トロメダが肩口のうろこを一枚剥ぎ取るとそこから緑色の血液が霧状に立ち込めた。
「下がれ、エルミーユ!」
シュウの叫びと同時に二人は後ろに飛び退いた。
物理的な攻撃しかダメージを与えられない。だが、物理的な攻撃をした瞬間、オリハルコンにされてしまう。
これは覚悟を決めるしかないな。
シュウはエルミーユを見つめた。
「エルミーユ。俺は君を信じているから」
「シュウ様、何を……」
「下がっていてくれ!」
そう、叫ぶとシュウは剣を抜き取りトロメダに向ってジャンプした。
聡明なエルミーユは瞬時にシュウの意図を察知し後ろに飛び退いた。
ジャンプ中、シュウは血の霧を浴び全身が所々硬化していくのを感じる。
「な、何をする」
目の前に着地したシュウの予想外の行動にトロメダは驚いた。
「俺には最高に可愛い凄腕の治癒魔法師が付いているんでね。安心して無茶が出来るんだよ!」
シュウは振り上げた剣をトロメダの頭上に打ち下ろした。
ぎぃやーと断末魔の叫び声を上げトロメダの体が真っ二つに分断された。
トロメダの体からは緑色の血液が大量に飛び散った。シュウもその血を頭から全身に満遍なくかぶってしまう。
しばらくして後ろに下がっていたエルミーユがシュウに近付いて行く。足元はカチカチのオリハルコンで固まり、滑りそうな位だった。
エルミーユから見て、シュウは全身がオリハルコン化しており、とても普通のステータス異常とは思えなかった。
でもシュウ様は私を信じると言ってくれた。何としてでも治さないと……。
魔法効果は魔力以外に、術者の思いの強さにも比例する。
シュウ様への思い。
エルミーユは魔法の詠唱を開始した。
初めて会った時の安心感。笑顔の優しさ。シュウが意識を失い必死な思いで介抱した事。短期間だが心が温まる思い出が巡る。
突如、エルミーユの心が乱れる。自分を助ける為に見せた怒りの顔。助けられた嬉しさより、凄まじい怒りに恐怖の感情が反応してしまった。
笑顔のシュウ様、怒りのシュウ様、どちらが本当のシュウ様なの?
乱れるエルミーユの心に一つの言葉が響く。
「俺は君を信じている」
そうだ、シュウ様は私を信じてくれている。
こんな不安定な自分を。
私も信じよう。シュウ様以外に勇者様はいない。シュウ様が付き従うお相手なんだ。
「|究極光の祝福(アルティメットゴスペル)」
シュウの頭上から眩い光が降り注ぐ。
徐々に徐々に、シュウの顔色に赤みがさして来る。
光のシャワーが終わるとシュウが目を開いた。
「ありがとう。信じていたよ」
「シュウ様!」
エルミーユはシュウに抱きついた。
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