第12話 サガロ島の怪物

「いやー気持ちが良いねー」


 隆弘は甲板の手すりにもたれ、快晴の空を眺め大きく伸びをした。

 スリンを出て二日が経った。天候にも恵まれ航海は順調に進み、船長の話では今日にもサガロ島に着くらしい。


「お父さんは本当に吞気ね。もうすぐとんでもない相手と戦わなきゃならないのに」


 いつの間に来ていたのか、横にいるハンナが苛立った様子で隆弘を怒った。


「良いだろのんびり出来る時はのんびりしてても。何でそう苛立っているのかな」

「苛立ってなんかない!」


 と言いながらも、ハンナは明らかに苛立っている。


「あ!」

「何が『あ』よ」

「そうか、シュウが船酔いしているエルミーユに付きっ切りだから嫉妬しているのか」

「は? 何言ってんの? 全然違うし」

「まあまあ、今回は病人なんだから許してやれよ」

「腹立つなあー……お父さん最低!」


 面白がってからかう隆弘にハンナは切れてしまった。



「もう一度、回復魔法をかけるよ」

「駄目です……弱い魔法でも何回もかけると体力を消耗します……私は大丈夫ですから……」


 エルミーユは真っ青な顔をしてベッドに横たわっていた。シュウはすぐ横で椅子に座って心配そうに見ている。


「エルミーユも意識が戻らなくなった俺を治してくれただろ。お返しさせてよ」

「駄目です。私はシュウ様をサポートするのが役目なので……」

「あのね。チームって言うのは誰かがミスした時は仲間が無条件にカバーする物なんだよ。だからいくぞ」


 シュウが短い呪文を唱えると手のひらからまばゆい光が溢れ出し、エルミーユの頭の上に注がれる。エルミーユの顔が見る見る桜色に戻っていく。


「ありがとうございます」


 シュウは、申し訳なさそうに礼を言うエルミーユの肩に、大丈夫と言うように手を置いた。




「ハンナは泳げるのか?」


 隆弘とハンナは甲板の手すりに並んで、海を眺めている。


「いや、泳いだ事がないからね」

「そうか、じゃあ島に着いたら皆で海水浴をするか」

「遊びじゃないんだよ、本当にもう」


 隆弘はだんだん船の速度が落ちてきた事に気付いた。


「あれ? どうしたんだ」


 船はとうとう、そのまま止まってしまった。

 隆弘は操舵室に向かい、事情を船長に訊ねた。


「え、ここまでしか送れないだって?」

「すみません。これ以上近付いたら船の安全が保障されないので……。小型の船を出します。私達はここで待機していますので、安全が確保出来次第、狼煙を上げて頂ければお迎えに行きますから」


 船長は申し訳なさそうな顔をしたが、絶対にこれ以上は島に近付く気はなさそうだった。

 船長は、一応屋根の付いた、クルーザー船程の大きさの船を用意してくれた。荷物を積み込み四人で乗り込む。

 動力は手漕ぎだったが、隆弘とシュウの超人的な身体能力で、船はあっと言う間にサガロ島に近付いて行った。

 島が目視でもはっきりと見え始めた時、船が波で大きく揺さぶられた。目の前の海面が大きく盛り上がり、船の何倍もあろう鯨のような怪物が鳴き声を上げて飛び跳ねた。二度三度怪物は小さく浮き沈みを繰り返し、船に近付いてくる。

 怪物が鯨と違うのはワニのような大きな顎だ。その、船を一撃で噛み砕けそうな顎がだんだんと近付いてくる。


「ハンナ! 炎爆弾で仕留めるから援護を頼む」

「はい!」


 そうハンナに指示するとシュウは呪文を唱え始めた。

 実戦は初めてのようなものなのに、なかなか手際が良いと隆弘は横で眺めながら感心した。こう言う直接的な攻防が出来ない相手には隆弘は見ているだけしか出来ないので任せるしかないのだ。

 怪物がもう一度、海面から飛び跳ねる。


「|炎の閃光(ファイフラッシュ)」


 ハンナが指先から赤い閃光弾を怪物の顔の前に放つ。怪物は大きな鳴き声を上げて水面に落ちた。

 その瞬間、大きな波が船を揺さぶった。


「きゃあ」


 ハンナがバランスを崩し、海に落ちる。


「俺が行くから、お前は怪物(やつ)を仕留めろ」


 隆弘が叫び、海に飛び込んだ。

 シュウは動揺したが詠唱を続け、唱え終わると手のひらから真っ赤に燃え盛るサッカーボール大の球を浮かび上がらせた。

 炎爆弾は詠唱から発動まで溜めが作れる魔法で、タイミングを計らないといけない相手には最適だ。

 今までで一番近くに浮かび上がった怪物は、大きな顎を開き船に迫ってくる。


「炎爆弾(ファイボール)」


 シュウは炎のボールを怪物の開かれた顎に目掛けて投げ付けた。大きな爆発音と共に顔が吹き飛び、怪物は海に落ちる。

 船のすぐ近くに落ちた為、今まで以上の大きな波が起き、船が大きく傾いた。


「エルミーユ!」


 シュウは船の中で休んでいたエルミーユを抱きかかえる。


「すみません……」


 エルミーユはかなり具合が悪そうだ。体力を消耗するが、仕方が無い。

 シュウは空いた手で荷物を掴むと、瞬間移動魔法を唱えた。



 

 サガロ島の砂浜に横たわり、意識を失っているハンナを目の前にして、隆弘はうろたえていた。

 海に飛び込みハンナを助け出し、島まで泳ぎ切れた事は良かったが、意識が戻らない。


「と、取り敢えず気道の確保だな。確か顎を上げて仰け反るようにするんだっけか……」


 隆弘はうろ覚えな人命救助の方法を試した。


「意識が戻らないよ。確か胸を押すんだっけ? どうするよ……」


 胸を押すって、息子の嫁の胸を触るの? それは……。

 隆弘は手を伸ばしては引っ込めたりしていた。


「それよりも人口呼吸か?」


 でも、もしシュウとまだキスをしていなかったらどうする? ファーストキスが義理の父とか有り得んだろ。


「でも、手遅れになったら後悔しても、し切れんからな」


 隆弘は覚悟を決めて、口を近づけた。

 もうすぐ口付けると言う瞬間。ハンナの意識が戻った。


「あ!」


 ハンナが目の前にある、唇を突き出した隆弘の顔を見て驚く。


「あ?」


 隆弘はハンナの意識が戻った事に気が付き、顔が止まった。


「良かった、心配したんだぞ」

「いやー! 何が良かったよ!」


 ハンナの平手打ちが隆弘の頬に飛んだ。




「お父さん、本当にごめんなさい。急に顔があったので驚いたの」


 隆弘はハンナに背を向け拗ねていた。


「これからどうする? どうやってシュウと合流しようか」


 背中を向けたまま、海岸から動こうとしない隆弘にハンナは心配になってきた。


「こう言う時の為に打ち合わせしていたんだ。俺達はここで待っていればいい。シュウが探してくれるよ」

「そうなんだ! さすがお父さん準備が良いね」


 ハンナは大袈裟に驚いて見せた。


「そう言う事! お父さんに任せりゃ全てオッケーよ。さあ、荷物が流れ着いていないか探しに行くぞ」


 すっかり機嫌が良くなった隆弘は、ハンナと共に海岸線を探索に出掛けた。




 シュウとエルミーユは隆弘達とは別の海岸に立っている。


「足を引っ張ってばかりで、すみません。もう地上に降りたので大丈夫です。怪我をしても私が直しますから」


 エルミーユは地上に降りた為か顔色が良くなっている。


「そうそう、カバーし合ってこそ仲間だからな。危ない時は頼むよ」

「はい!」


 エルミーユは明るい顔で笑った。


「お父様を探さないといけませんね」

「それについては打ち合わせしてあって……」


 シュウはキョロキョロと辺りを見回した。


「あの辺りが良いかな」


 近くに森らしき木々を見つけ入って行った。

 森の中でシュウは木が途切れて小さな広場になっている場所を見つけた。


「ここで良いか」

「ここで何をするのですか?」

「これを使うんだよ」


 シュウは腕に付けた「蜥蜴王の篭手」をエルミーユに見せた。


「爬虫類と話が出来る篭手ですね」

「そう、これで父さん達の情報を集めるんだ。今呼び出すからちょっと下がっていて」


 エルミーユを後ろに下がらせ、シュウは広場の中央に進み出た。


「さあ、まずは右からか」


 シュウは右足を横に大きく上げ「よいしょ!」の掛け声と共に踏みしめた。右足で四股を踏んだ形だ。同じ様に左、もう一度右で四股を踏み、足をがに股に開いた状態で両腕を斜め前に上げ、じりじりと前にせり上がる。

 よ、良く考えると、これは横綱の土俵入りじゃあないのか……。


「出でよ、蛇!」


 がに股で両腕を上げた状態でシュウは叫んだ。すると、しばらくして足元で声がする。 


「あ、あの……」


 シュウが足元を見ると、大きな蛇が一匹鎌首をもたげてこちらを見ていた。


「おお、成功だ! 効果があるんだ!」


 疑い出した頃に大蛇が現れ、シュウは成功したと喜んだ。


「それを始める前からずっとここで待っていたんですが……」

「あのおやじぶっ殺す!」


 シュウの怒りは頂点に達した。




「四十代の男と十代後半の可愛い女の子を探しているんだ。情報を集めて欲しい」

「分かりました」


 篭手の効果は確かだった。これはかなり役に立つ。

 シュウは篭手の効果に満足した。



 隆弘とハンナは海岸で焚き火をしている。

 幸いに幾らかの荷物が見つかり、使える物を乾かしているのだ。


「食べ物は殆ど駄目になったね」

「まあ、瓶詰めの物が残っただけでもラッキーだ」


 衣服はそれなりに残ったが、食料は飲み物とジャムなどが残った程度だった。

 衣服類が乾き、荷物整理が出来た頃、「きゃーっ」と女性の悲鳴が聞こえた。


「何、今の声?」

「女の悲鳴だ! 行くぞ!」


 二人は声のした森の中に入って行った。

 女性の悲鳴は断続的に聞こえ、その声を追って二人は急いだ。

 悲鳴の元にたどり着くと、大木を背に立つ一人の女性の周りを、ゴブリンが数匹で取り囲んでいる。


「裕子!」


 隆弘は女性の顔を見て驚いた。その顔は向こうの世界に残してきた、妻の裕子にそっくりだったからだ

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