第11話 勇者としての決意

 シュウの、横に伸ばした腕の上にハンナの頭が乗っている。

 髪から香る甘い匂い、嬉しそうに笑う顔、密着する体から伝わる体温、余りにも気持ち良い。シュウは反応してしまった下半身をハンナに悟られないようにするのに必死だった。


「まだ寝ないの?」

「うん、なんか勿体なくって。昨日までは緊張で中々眠れなかったから寝不足なんだけどね」

「そんなに緊張したんだ」

「だって、自分の全てを捧げないといけない人に初めて会うんだよ。怖い人だったらどうしようとか、意地悪な人だったらどうしようとか悪い場合ばかり考えてた」


 絶対に結婚しないといけない人と見合いするようなものか。それは緊張するだろう。


「でも、普通で安心した」


 喜んで良いのか悪いのか分かりにくい表現だった。


「そりゃあ、ただの高校生だからね。普通だよ」

「高校生?」


 そうか、高校は分からないか。


「俺達の年齢位の人が行く学校なんだ。ハンナは何歳なんだ?」

「六月で十七歳になったよ」

「じゃあ、学年では一つ下だ。高校二年だな」

「へー」

「俺は高校三年だからハンナは一つ年下なんだ」

「面白い! もっとシュウの居た世界の事を聞かせてよ」


 ハンナは目を輝かせて、覆い被さるようにシュウに体を寄せた。布一枚を通して伝わってくるハンナの胸がシュウには刺激が強すぎて顔が赤くなる。


「そ、そうだな……向こうはいろいろな物が発達しているな。乗り物も馬車じゃなく、車と言う金属で出来た凄く早い物があったり、電話と言う離れた人と話が出来る機械があったり、何でも便利になっているよ。でも逆に魔法はないからこちらの方が凄い部分もあるな」

「面白いね」


 自分の話に興味津々で楽しそうに聞いているハンナを見て、シュウも嬉しくなる。


「俺達の年齢で行く学校は高校と言うんだ。高校は勉強の他にクラブ活動と言って趣味やスポーツが出来るサークルがあって、俺は野球をやっていたんだ」

「やきゅう?」

「んー、説明が難しいけど、とにかくピッチャーと言う役割が一番中心でかっこいいポジションなんだけど、俺はそのピッチャーをやっていたんだ」

「やきゅうって良く分からないけど、シュウはかっこいい事してたんだね。観てみたいな」


 ハンナがもし向こうの世界で俺の彼女だったら……。

シュウは妄想にふけった。




 夏の暑いグラウンド。マウンドに立つ俺。

 スタンドでは俺の活躍を祈りながらメガホンで応援する金髪の美少女。

 俺は彼女の喜ぶ顔が見たくて一球たりとも手を抜かない。

 でも、残念ながらチームは負けてしまう。

 泣き崩れる俺にハンナが言う。

「今までで一番かっこ良かったよ」




 いい! 凄くいい!


「どうしたの? にやにやして……」


 ハンナが不思議そうな顔で見ている。


「あ、いや、ハンナが向こうの世界で俺の彼女だったら良かったなって思って」

「え?」


 ハンナの顔が赤くなる。


「シュウが勇者の役目を終えて、向こうの世界に戻る時に私も連れて行って下さい」

「え?」

「ピッチャーしているシュウを応援してみたいの……」


 恥ずかしいのかハンナは目を合わさない。


「いいよ。俺のかっこいい所見せてやるから一緒に行こう」

「嬉しい……」


 そう言った後、しばらくするとハンナは寝息を立てていた。こうなると自分が動くとハンナを起こしてしまいそうで、シュウは緊張して眠れなくなった。

 自分の胸で安心して眠るハンナをシュウは優しい気持ちで眺めている。急にハンナの寝顔が見たくなった。

 起こさないように体勢を変えて顔が見える位置になる。

 可愛い寝顔、柔らかそうな唇を見ると心臓が高鳴った。

 唇に指を当ててなぞってみる。

 そんな事を繰り返しながら夜が明けた。


 


「俺の居た世界に一緒に行こうって話をした事か?」

「ありがとう。覚えていてくれたんだ」


 ハンナはシュウが覚えていてくれた事が嬉しかった。


「お願い、向こうの世界じゃないけど一緒に逃げよう。私達二人は教皇に殺されてしまうわ」

「なぜ? 急に言われても……訳を話してくれよ」

「教皇は私の実の父親なの……」

「え?」

「父は自分の名声を高める為に、私を勇者に付き従う聖シスターにしようとしたの。私は父の期待に応えたくて頑張り、聖シスターに選ばれた。これで私が勇者に従えば父の計画は成功だった」


 シュウはハンナの手を握った。ハンナの顔が辛そうだったから。


「でも、父は自分の計画に誤算が起きたと思っている。シュウ。父はあなたを魔王だと思っているの」

「え? 俺が魔王だって」

「私が違うと言っても聞き入れて貰えない。初めから私を信用していないの。このままじゃ父の保身の為に、私とシュウは殺される。存在した事さえ消されてしまうわ」

「考え過ぎじゃないか」

「お願い。私達がこれ以上表立った行動をせず、大人しく暮らしていれば無理に手を出してはこないと思う。でも表舞台にいる限りは消そうとするわ。父は顔で笑っていても心はいつも乾いている。自分しか見えていない非情な人間なの」


 ハンナの言う事にどれだけの信憑性があるのだろうか。嘘は吐いていないだろうが、思い込みが過ぎると言う可能性はある。

 だが、俺と父さんが牢屋に入れられている事は事実だ。どうする……。

 シュウは悩んだ。

 ハンナは心配そうにシュウの顔を見つめている。


「ごめん、ハンナ。今は一緒に行けないよ」

「どうして?」

「今逃げ出すと自分が魔王だと認める事になる。魔王だけど大人しく暮らすから見逃してくれって」

「それでも私はシュウが一緒にいてくれるなら、誰にどう思われようと構わないよ」

「ありがとう、ハンナ。その気持ちは嬉しいよ。でも昔、父さんに言われたんだ。『自分が間違えていると思った時はすぐに謝りなさい。でも自分が正しいと思った時は勇気を出して戦いなさい』ってね。だから今行く訳にはいかないんだ」

「シュウ……」


 ハンナは俯いたまま小刻みに震えていた。


「……ごめん……私、シュウに間違えた事させようとしていた……ごめんね」


 シュウはハンナの頭を優しく撫ぜた。


「勇者の役目を終えて、向こうの世界に行こう。付いて来てくれる?」

「……う、うん……」


 シュウはハンナの頭を撫ぜ続けた。




 翌日。隆弘とシュウは牢屋から出され、執務室のテーブルでスラレスと向かい合っていた。


「二人はどうした? 無事なんだろうな」

「もちろんです。彼女達は教団でも特に神聖な存在です。我々が二人を傷付ける理由はありません」


 隆弘の質問に顔色一つ変えずにスラレスは答えた。


「約束通り一日大人しくしていたんだ。解放してくれるんだろうな」

「昨晩は大変失礼致しました。もう入って頂く必要はございません。ただ、一つお願いがあるのですが」


 隆弘はフンと鼻で笑った。


「お願いと言うのはこちらが無条件で断れる場合を言うんだよ。何かの条件と引き換えにするのは脅迫って言うんだ」

「お父上は中々に手厳しい。別にお断り頂くのは自由ですよ。もちろん牢屋に監禁することなど致しません」


 また例の笑いがスラレスの顔に浮かんでくる。


「言ってみろよ。お願いを」

「最近この国の海域にアルテリオと言う者をリーダーとした魔物の一味が荒らし回っております。このアルテリオ一味を討伐して貰いたいのです」

「嫌だと言ったら」

「言うのは自由です。ただ、勇者としての信用は落ちるでしょう。まあ、お二人が気にしないと思われるのならリスクはゼロでしょう。ただ……」

「ただ?」

「シスター二人はどうでしょうか? 彼女達は幼い頃から勇者に仕える為だけに全てを捧げてきた。それが魔王に付き従っていたと言われたら……」

「何だと!」

「シュウ!」


 怒って立ち上がったシュウを隆弘が制した。


「俺達はもうエルミーユとハンナの事を考えたら勇者として動くしかないって事か」

「まあそうなりますかな。二人の事を考えるなら」

「シュウどうする。最後はお前が決めろ」


 隆弘はシュウを見て言った。


「やるに決まってるだろ。こんな回りくどい事されなくてもな!」


 シュウは怒りが収まらないようだ。


「教皇さん。俺達はやるよ。でも一つだけ言うぞ。俺達はもう勇者として世界を救うと決めていたんだ。あんた達が魔王と疑っていようがな。こんな回りくどい事しなくても、困っているから助けてくれってお願いされれば全力を尽くす。覚えとけ!」

「よく覚えておきます」


 スラレスの顔が笑顔からさっと神妙な顔付きに変わり頭を下げた。


「それでは明日までに出発の準備を整えます。今日はごゆっくり体を休めてください」


 スラレスとの会談が終わった。




 隆弘とシュウは来賓用の別室に案内された。そこにはエルミーユとハンナも来ていた。

 隆弘は二人にスラレスとの会談の内容を伝えた。


「アルテリオか……」


 ハンナが深刻そうな顔をする。


「そんなにヤバイ奴なのか?」

「アルテリオは先代の勇者様と戦って、唯一生き残った魔物と言われています。でも最近まで人間と関わる事は無かったのですが……」


 エルミーユの顔色も優れない。

 隆弘は三人の顔をぐるりと見た。


「確認するぞ。本当にアルテリオを討伐に行くんだな? やめるのならまだ間に合うぞ」

「俺は行くよ。魔王と呼ばれるのは悔しいからな。自分の力で証明してやる」


 シュウが真っ先に口を開いた。

 隆弘はエルミーユを見る。


「私も行きます。勇者様に付き従うのが私の役目ですから」


 チェスゴーの勇者の出方が分からない限りは、こちらも勇者としての信用を上げる必要がある。

 エルミーユはチェスゴーで勇者を名乗る者の事がどうしても気になっていた。


「私も行くよ」


 ハンナも同意する。

 シュウが勇者としての役目を終えられるように手助けするんだ。


「よし、じゃあ決まりだな」

「父さんは宣言しないのかよ」

「俺はお前らの保護者なんだから行くに決まってるだろ!」

「父さんが一番足ひっぱりそうだけどな!」


 翌日、四人はスラレスが用意した船に乗りアルテリオが住むと言われているサガロ島に向った。

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