第10話 教皇の陰謀

「良かった元気そうね、心配してたのよ! どう、そちらは。ちゃんと逃げられた?」


 逃げられた?

 エルミーユはジョエルの言葉に驚いた。それは逆に自分が聞きたい言葉なのだ。


「いや、こちらは大丈夫だけど……」

「本当にエリオン様は凄いのよ! 私が思い描いていた勇者様そのものなのよ!」


 ジョエルは自分が問うたエルミーユの答えもろくに聞かず、興奮気味に話し出す。ジョエルがこうなると気が済むまで止まらないのをエルミーユは知っていた。

 ジョエルは何を言っているの? 勇者はこちらに居るからあなたの傍に居るのは魔王でしょ。思い描いていた勇者って……。


「……いつも沈着冷静で、魔法だって最初から使えるんだよ!」

「ちょ、ちょっと聞いて。思い描いていた勇者ってあなたまだ一緒にいるの?」

「当たり前じゃない。勇者様に付き従うのは私達の役目でしょ。あなたこそまだ一緒にいるの?」

「それはそうよ。私達の方こそ……」

「そっか、大変ね。隙を見て逃げ出せれば良いけど。兎に角無事でいて。エリオン様と必ず助けに行くから!」

「違うのよ、ジョエル!」

「あ、ごめん。魔法が切れるよ。絶対に助けに行くからハンナと二人で待っていて。じゃあね!」


 そう早口で言い残すとジョエルの姿は消えていった。


「もう、何なのよ! 結局大事な話は何も出来なかったじゃないの」


 エルミーユは声を出して悔しがった。

 「風のジョエル」それが彼女のあだ名だ。

 勝手気ままな天然系。気分次第でどこに行くか分からない、風系魔法の使い手でもあるジョエルにはぴったりのあだ名だった。

 思い描いていた勇者。

 エルミーユの頭の中にはジョエルの言ったその言葉が強く残っていた。

 ジョエルは自分の元にいる人が勇者だと信じ切っている。だがそれは有り得ない。あちらが勇者ならシュウ様は魔王と言う事になる。

 でも、もし本当に向こうが勇者なら……。

 いや、有り得ない。

 エルミーユは一瞬でもシュウ達を疑った事を後悔した。

 ジョエルは騙されている。そう確信しているが何かすっきりしない、「思い描いていた勇者」その言葉が妙に不安感を掻き立てた。




 四人の行路は順調に経過していた。

 いよいよ明日、国王に謁見する事となり四人は今日の宿泊先である、首都バスキの隣の都市スリンに入った。

 スリンはバスキに隣接する兄弟都市で、国内最高位の宗教的聖地であり、教皇の居住地ともなっている。


「すごい建物だな」


 隆弘が今までとは規模の違う教会を見上げて驚いた。


「この地は初めて勇者様が降り立たれた地と言い伝えられており、国内は元よりチェスゴーやダラムからも巡礼者が訪れます」


 エルミーユがすかさず解説してくれる。


「聖地と言う割りに、俺達は普通に行動してるよな。信仰の元が現われているのに」

「今の所ターバラではまだ、二人の事は公式には発表していないからね」


 今度はハンナが解説してくれた。


「じゃあ、今までも隠してここまで来たら良かったじゃねえか」

「本物が泊まる場所まで知らなかったら、失礼があると困るでしょ。言ってなかったらあんなご馳走は食べられなかったよ」

「まあ、それもそうか……。気を使っているんだな、教団も。今日も旨い物食べられるのかな」

「ここは海に面しているから魚が美味しいよ。名物料理もあるんだ」

「ハンナはここに住んで居た事があるの? 私は生まれてすぐに養成所に引き取られたからあそこしか記憶がないので羨ましいわ」

「あ……いや、少しだけね。幼い頃に少しだけ居たの」


 エルミーユが何気なく聞いた事に、ハンナは少しうろたえたように答えた。




 四人は教皇と極秘で面会する為、大聖堂に通された。警備の為か、入り口と言う入り口に槍を持った兵士が配置されている。


「物々しいな、これは教会の兵士なのか?」

「いや、こんな重装備の兵士なんて教会にはいないよ。国王から派遣されて来たと思うけど……」


 隆弘の質問にハンナが答える。


「教皇様がお見えになりました」


 メインの入り口に立つ兵士が宣言する。

 ドアが開き、複数の兵士と二人の御付の神父を従え、教皇が大聖殿に入って来た。

 教皇は細身ではあるが背が高く、豪華なローブを纏う姿は威厳があった。


「初めまして勇者様。私はこの世界で勇者様を信仰の対象とする宗教で、この国の責任者を務めるスラレスと申します。よく御出で下さいました」


 兵士は両サイドに待機させ、自分一人で進み出てきた教皇スラレスが、シュウの前に跪き挨拶をした。


「言葉は丁寧だが、なんでこんな物騒なお供を従えているんだ?」


 立ち上がったスラレスに、隆弘が牽制の気持ちを込めて問うた。


「おお、貴方様は勇者様のお父上ですね。聞き及んでおります。お気を悪くさせてしまい、大変申し訳ございません。なにぶん教皇と言う立場は色々危険な目にも遭いますから、ご容赦ください」


 スラレスの顔は笑っているが、その笑顔は人間らしい温かみを感じない。隆弘はこんな笑顔を見た事がある。ブラックで有名な飲食サービスチェーンの会長の笑顔だ。


「まあいい。顔見せが終わったんなら引き上げさせて貰うぞ」


 隆弘がそう言って動き出した途端、兵士達が近付いてきて槍を突き付けた。


「何をするんだ!」


 シュウが怒りの篭った声で叫ぶ。


「きゃあ!」


 兵士達に囲まれた、ハンナとエルミーユが同時に悲鳴を上げた。

 その瞬間、シュウは動き出していた。その動きを目で追えたのは隆弘一人だろう。

 あっと言う間に四人の兵士を叩き伏せ、シュウはハンナとエルミーユを背中で庇うように立ちはだかった。


「教皇さん、あんた大変な誤解しているよ。俺やシュウがその気になったら、これ位の兵士は一瞬の内に壊滅する」


 隆弘は向けられた槍に少しも怯むことなくスラレスに言い放った。


「その様ですな。もっともそうでなくては困ります。勇者様なのだから」


 兵士が倒されたのを見てもスラレスは少しも焦った感じはなく落ち着いて淡々と話している。


「実はあるお方から、お二人の事について重大な懸念があるとの訴えがあったのです」


 アレスの事か。隆弘は忘れていた事を思い出した。


「もちろん私はそんな訴えは信じておりません。が、しかし、そのお方はなかなかの権力者でありまして、こちらも無下に扱う訳にはいかないのです」


 スラレスは申し訳なさそうなに見える顔を作って話をしている。隆弘はいつまでこいつの茶番に付き合わされるのかと苛立った。


「もういい、結論を言ってくれ」

「すみません。今晩一夜だけ牢屋で過ごして頂けないでしょうか。形だけです。それで相手を納得させますから」


 スラレスが土下座までしたので表情は見えないが、精一杯の申し訳ない顔を作っているのだろう。


「勝手な事を言うな!」


「シュウ、気持ちは分かるが、まあ待て」


 怒鳴るシュウを隆弘がなだめる。


「シスター二人はどうなる?」

「シスター二人は自由で構いません。お二人の牢屋も看守は付けず、食事は最高の物を用意します」

「分かった。それなら従おう」

「冗談じゃないぜ、父さん!」

「暴れるのはいつでも出来る。事を荒立てずここは教皇さんの顔を立てておこう」


 隆弘は怒っているシュウをなだめた。


「大変感謝致します」

「一つ言っておくが、シスター二人に針の穴一つ分でも傷を付けたら、俺はこいつを止められねえぞ。その時は覚悟するんだな」

「心しておきます」


 交渉がまとまり隆弘とシュウは別々に牢屋に入れられた。




「聖シスターのハンナです」

「はい、どうぞ」


 ハンナは呼び出しを受け、スラレスの執務室に入った。もっとも呼び出されなくても自分で行くつもりではあったのだが。


「失礼します」


 ハンナが部屋に入るとスラレスはデスクで書き物をしていた。


「久しぶりだね、ハンナ。聖シスターは教皇と言えども、おいそれと会える存在では無いからね。いつも心配していたよ」


 スラレスの作る笑顔に、ハンナは苛立った。


「どう言うつもりですか。なぜ勇者様達を牢獄へ入れる必要があるのですか?」

「聞いていなかったのか? それは……」

「そんな表向きの理由を聞いているんじゃない! そんな物あなたの力でいくらでも抑えられる筈です」


 ハンナの掴みかからん程の気迫に、スラレスはやれやれと言った表情で話し始めた。


「少しまずい事になってね。あの二人は勇者じゃなく魔王かもしれないんだよ」

「あの二人は勇者です。父親は先代の勇者だと本人から聞いています。私が保証します」

「自己申告を信じる訳にはいかんよ、お前が騙されているだけかも知れないし。もし魔王だった場合、その二人に私の娘が付き従っているとなると次期大教皇選にも影響が出るだろ。今の内に何とかする必要があるんだよ」


 スラレスの作られた顔は笑っている。


「それがあなたの気持ちですか……」


 ハンナは両手の拳を握り締めた。


「私は……。私はあなたが望む通り、努力して聖シスターに選ばれたんだ……。あなたに褒めて貰えると思っていたから……。でも少し都合が悪くなると邪魔者扱い……」


 ハンナは全身を震わし、瞳からは涙がこぼれて来た。


「邪魔者だなんて思っていないさ。ただ、チェスゴーに現われた男の噂は日々高まっている。あちらが勇者の可能性が高いのだ。お前があの二人と居た記録は消し去り、チェスゴーの勇者に付き従うようにすれば、お前は傷物にならなくても済むんだよ」

「それはあんたの都合を考えているだけだろ! 私はあの二人が魔王だって構わない。傷物なんかじゃない! 私は二人と居て初めて心の底から笑えたんだ!」

「ハンナ……」


 スラレスは心配をしているような顔を作りハンナに近づいて行く。


「私にあんたの血が混じっている事を消し去りたいよ!」


 ハンナはスラレスを押し退け部屋を出て行った。


「困った娘だ……」


 全く表情の無くなった顔でスラレスが呟いた。

 その時、コンコンと部屋のドアがノックされた。


「国王様がお忍びでお越しになりました」

「お通ししろ」


 スラレスが言い終わるかどうかのタイミングで、ターバラの国王ゴライアスが横に大きな体を揺すりながら、部屋に飛び込んで来た。


「どうじゃスラレス。あの二人は勇者か?」

「そう慌てなさんな国王。勇者か魔王かどちらにしても、私に良い考えがある」

「おお、さすがスラレス。動きが早いな」

「あの二人を聖シスター共々、アルテリオ討伐に向わせます」

「あの魔物をか! あれは前回の勇者も倒せなかったと言う強者(つわもの)だぞ。しかもお前の娘も一緒だなんて危険じゃないか」


 国王が心配そうにそう言うと、スラレスは作った笑顔を浮かべて言った。


「成功すればこれ以上ない勇者の証明になる。失敗して四人とも死ねば、この地で魔王が復活したと言う汚名も、今なら消し去ることも可能。どちらにせよ都合が良い」

「相変わらず恐ろしい男じゃ」


 ゴライアスはあきれたようにスラレスの顔を見つめた。




 ハンナはシュウが投獄されている牢屋に向った。約束通り牢屋の前には看守も居らず、ハンナは鉄格子を挟んでシュウに向い合った。


「シュウ!」

「ハンナ! どうしたんだ。ここに来ても大丈夫なのか?」

「それは大丈夫。シュウはここから出ようと思えば出られるよね」


 シュウは少し力を入れて鉄格子を開いてみた。鉄格子はまるで飴のように簡単に開く。


「ああ、簡単だ」

「なら逃げよう。二人で」

「ええ? 二人で」

「私達二人がいなくなれば、お父さんもエルミーユも今以上危ない目には遭わないで済むの」

「そうなのか……」

「二人で初めて一緒に寝た夜に話してくれた事を覚えている?」


 シュウはあの夜の事を思い出してみた。

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