第7話 俺のエルミーユ

 シュウが回復してから二日が過ぎた。何のトラブルも無く、ターバラの首都バスキへの道程を進んでいるが、順調とは言えない問題があった。


「みんな、もうすぐ町に着くから休憩だよ」


 ハンナが幌の中の三人に告げた。


「おいおい、また休憩かよ。前の休憩から一時間も経ってないんじゃないか?」


 隆弘が不満そうにエルミーユに言った。


「すみません。この地域は町が多くて……」


 休憩とは言っているが町に入って体を休めているのではなく、土地の権力者や大金持ち相手に勇者としてのお披露目会を開催しているのだ。

家に呼ばれて何か記念に残る証を作ったり、時には自分の武器に念を送ってくれと言われたりもした。勇者とお近づきになる事で自分のステータスを上げたいのだろう。


「エルミーユとハンナだって嫌々やらされている事なんだから、二人に文句言ったって仕方がないだろ」


 シュウはエルミーユを庇い隆弘に言い返した。


「それは俺も分かっているさ。だがな、チェスゴーでは魔王が復活したんだぞ。そこに行ったレイラとジョエルというシスターの事も気になるし。こんな所で道草くっている場合じゃないだろ」

「それはそうだけど、道草くっているのがエルミーユの所為じゃないだろ」


 魔王も復活したらしい事はシュウにも話していたが、隆弘程は危機感を感じていないようだった。


「お父様の言う通りです。レイラとジョエルの事を考えると、私も飛んで行きたい気持ちです」


 地域の権力者や大金持ちは普段から教団に多額の寄付をしている。その者からすれば、勇者の復活は三百年に一度の一大イベントで、これを逃せば何の為に普段寄付をしているのか分からなくなる。地位が高いと言っても権限のない、エルミーユやハンナにはその者達の希望を無視することは出来ないのだろう。


「すまん、確かにシュウの言う通りだ。エルミーユやハンナに文句言うのは筋が違うな」

「ありがとうございます」


 エルミーユは申し訳なさそうに礼を言った。


「それじゃあ、短い時間を有効利用するか」


 隆弘は狭い馬車の中で腹筋を始めた。

 異世界に来て能力が上がり慢心していたが、体は中年のままなのだ。鍛え直せばもっと動けるようになる筈。

 ガリウスにあっさり倒された反省から、隆弘は少しでも強くなろうとトレーニングを始めていた。


「じゃあ、俺は魔法を覚えるか。エルミーユまた先生を頼むよ」

「はい、それでは前回の結界魔法の続きから行きますか」


 シュウは空いた時間を利用して、エルミーユとハンナに魔法を教えて貰っている。通常は訓練をしないと呪文を覚えるだけでは魔法は使えないが、勇者であるシュウには問題がなかった。

知識を記憶する事が得意なシュウは、順調に習得が進んでいるようだ。


「さあ、町に着いたよ」


 町は今までの中で一番の規模でどの通りも人が多い。

隆弘達は小高い場所に立つ豪邸に案内された。


「エルミーユ様!」


 四人が屋敷内の廊下を歩いていると後ろから声を掛けられた。声の主は二十代前半位の若い男で、一昔前の少女漫画の主人公のような線の細い金髪のイケメンだった。 


「あなたは確か……アレス様……ですか?」

「そうです! 覚えていて頂けたなんて光栄です。以前は無理でしたが、こうやってお話出来る機会を待ちわびていました」


 アレスは嬉しそうに握手の手を差し出したが、エルミーユは一歩下がりかわした。


「おい、聖シスターって男子禁制だったんじゃないのか?」


 隆弘が小声でハンナに尋ねる。


「本当はそうだけど、大スポンサーの要望には教団もノーとは言えないからね。視察と称してスケベそうなおっさん達がよく見に来ていたよ」

「金に物を言わせて覗き見なんて下品な奴らだな」

「覗き見だけならまだ良いよ。気に入った娘を、金で聖シスターを断念させて自分の屋敷に迎え入れる奴も居たんだよ。あのぼっちゃんもエルミーユに誘いを掛けたんじゃないかな」


 嫌な話だなと隆弘は思った。

 隆弘位の歳になるとそう言った人間の醜さは分かっているが、ハンナやエルミーユなど十代の少女がその醜さに晒されるのが可哀想だった。


「エルミーユはその誘いに乗らなかったって事か。偉い! 偉いぞ」

「私も何回も誘われたんだよ! でもそんな誘惑に負けなかったんだから!」


 ハンナがエルミーユだけが褒められるのが悔しそうに対抗心を出してきた。


「もちろんハンナも偉いぞ。うん」


 ハンナの自己顕示欲が幼い子供のように可愛くて隆弘は笑顔になった。

 エルミーユに敬遠されているのにも関わらずアレスの話はまだ続いていた。


「あなたは俺の・・エルミーユと知り合いなんですか?」


 シュウは独占欲丸出しの態度でエルミーユとアレスの間に割って入った。


「いや、知り合いと言う程ではないのですが、昔お見かけして……」

「そうなんですか。それは妻がお世話になりました。それでは失礼します」


 シュウは有無を言わせぬ態度でアレスに言い切った。


「行くぞ」


 隆弘とハンナまで置いて、シュウはエルミーユの手を握り通路を進んで行った。

 「はい」と返事をして付いて行ったエルミーユの頬は赤く、とても嬉しそうだった。

 あっけに取られている横で、ハンナが「いいなあ」と呟いたのを隆弘は聞き逃さなかった。




 四人は大きな食堂で昼食のおもてなしを受けた。

 二十人近い相手に質問攻めにされるが、何処に行っても同じような内容なので返事はテンプレ化し、シュウも隆弘も気にせず豪華な食事を楽しめるようになっていた。

 食事も終わりそろそろお開きかと思われた時、主が口を開いた。


「勇者様に一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」


 隆弘もシュウも「またか」と思った。勇者が来た証、お土産が必要なのだろう。


「実は私の愚息は、勇者様が復活するこの世代に生まれたのは宿命とばかりに、剣の修行に励んで来ました。今ではターバラでも屈指の剣士と言われております。どうか愚息の思いを受け止めて、立会いをお願い出来ないでしょうか」


 来たよ、めんどくさい系だよこれ。

 隆弘はため息を吐きたくなった。

 木を切り倒してくれだの岩を叩き割ってくれだのはやって見せればお仕舞いだが、こう言うやつは後始末に困る。相手は勝てると思って挑戦してきているから、勝った所でプライド傷付けられて、逆ギレや逆恨みするだけだからな。

 断言出来るけど、俺でも勝てる。なにせ俺達はヤサイ人なんだから。


「お互い怪我をしたら大変ですから、対決は受ける事は出来ませんね」

「いやいや、万が一にも勇者様がお怪我をなさる事はないでしょう。愚息はこの日の為に生きて来ました。ここで死んでも本望でしょう」


 隆弘の断りも意に介さず主はこちらの逃げ道を塞いでくる。


「わかりました。そこまで言うのならお受けしましょう」


 横からシュウが勝手に受けてしまった。


「おい、何勝手な事言ってるんだ」

「しょうがないだろ。あれじゃあ絶対に引かないぜ」


 隆弘とシュウは小声で話し合った。


「面倒になるから、絶対に恥はかかすなよ」

「分かってるって」


 シュウは自信ありげに笑った。

 隆弘はその笑顔で余計に不安になった。




 中庭に場所を移し、ギャラリーの輪の中心にシュウが進んでいく。そのシュウの前に現われたのはアレスだった。

 隆弘は終わった後の面倒が三倍にはなりそうで頭を抱えた。


「先程は失礼しました。勇者様」

「なんだ、あんただったのか。わざわざ恥を掻きに出てくる事はないのに」


 二人は与えられた剣を手に取る。

 シュウは剣を手に取った瞬間に違和感を感じた。

 通常よりかなり重い。ただ重いだけなら腕力があるので何も問題はないが、その重さが剣先に集中している。

 これでは普通の人間なら振り上げると足元がふら付き、剣を振るったとしてもすぐに戻せないだろう。

 シュウは剣の細工自体には興味はなかった。ただ、目の前のアレスが知っているのか興味があった。

 立会人が開始の合図を行い、アレスが飛び込んで来た。

 一回、二回。続けざまにアレスが剣を振るう。

 シュウは剣で受ける事も無く、剣をかわした。避けるシュウをアレスの剣が追撃する。

 見える、アレスの剣がまるでスローモーションのようにはっきり見える。

 避けるのになんの技術も必要なかった。ただゆっくり向ってくる剣に当らないように避けるだけだ。


「逃げるだけでは俺を倒せんぞ」


 アレスが息を切らせて挑発する。

 シュウは剣を投げ捨てた。バランスの悪い剣だと手元が狂い怪我をさせるのが怖かったのだ。


「なんのつもりだ!」


 怒ったアレスが剣を上段に構えて振り下ろす。

 シュウは下りて来る剣を両手で挟みこみニヤリと笑った。

 真剣白刃取りだ。

 ギャラリーはどよめいたがその中で一人、隆弘は「余計な事しやがって」と呟き不機嫌だった。

 シュウに馬鹿にされたと感じ、アレスは剣を引き抜こうともがいた。その途端シュウが力を入れ、剣をへし折ってしまった。

 アレスは勢い余って転がった。


「これを勇者の証として大事にすればいい」


 シュウが折れた剣先をアレスの足元に投げた。

 怒ったアレスはシュウの投げ捨てた剣を拾いシュウに襲い掛かる。だが剣を振り上げた途端、バランスを崩しそのまま仰向けに倒れてしまった。

 余りの無様な姿にギャラリーからくすくす笑い声が聞こえた。

 アレスは知らなかったんだな、とシュウは考え、少し可哀想だと思った。


「少しふざけ過ぎたみたいだ。悪かったよ」


 シュウは倒れているアレスに手を差し伸べた。

 だが、アレスはその手を払うと自分で立ち上がり、ギャラリーを押し退け去って行った。

 場に白けた空気が流れお開きになった。




「え? 今日はここで泊まるのか。まだ時間はあるのに」

「すみません。教団からの指示なので……」


 エルミーユから今日はこの町に宿泊すると聞き、隆弘は驚いた。


「お前の所為だ! あんなに恥をかかせるから」

「知らねえよ、相手が勝手に恥かいただけだろ!」


 エルミーユは隆弘とシュウの言い争いを申し訳なさそうに聞いていた。



 アレスは汚い服装に変装し、歓楽街の片隅にある黒いドアの飲み屋を訪れた。

 店は飲み屋の看板を掲げていたが、客は一人も居らずテーブルに埃が積もっているような状態だった。


「おやおや、貴方のような方がこんな所に来ても良いのですか?」


 カウンターの中から、フードの付いたローブを頭からすっぽりかぶった性別不明の人物がアレスに話しかけた。

 アレスは自分の正体がばれているのが不思議だったが、それでこそ頼み甲斐があると考えた。


「頼む、助けて欲しいんだ」

「勇者に復讐するのですね」

「知っているのか」

「こう言う商売ですからね……」


 アレスはローブの人物に事情を話した。


 夕食も終わり、四人は一人ずつに割り当てられた部屋でくつろいでいた。


「はい」


 エルミーユは部屋のドアがノックされたので返事をした。


「アレス様よりお手紙をお預かりしました」


 エルミーユがアレスからの手紙を読むとこう書かれていた。


「今日の事を水に流し、勇者様と仲直りしたいので二人を招待させてください。それぞれ使いを送るので屋敷まで来てください。お願い致します。アレス」


 エルミーユは安心した。今夜この町に泊まる事になったのも、アレスの差し金だろう。仲直り出来れば明日は問題なく出発出来る。

 エルミーユは迎えに来た馬車に乗った。




 夕食も終わり、隆弘はトレーニングの為に部屋を出た。

 庭を歩いていると、ベンチに一人で座るハンナを見かけた。

 そうか、今日は一人部屋だからエルミーユが……。

 隆弘はハンナがシュウの部屋に行った日の事を思い出していた。

 先に経験したと言っても、エルミーユがシュウの部屋に行くのは落ち込むのかな。エルミーユだけ慰めるのは不公平だからハンナにも話し掛けるか。


「よう、ハンナ。どうしたんだ一人で」

「あ、お父さん。何か暇でね……」


 さあ、どうしよう。そう言えば今日はシュウがエルミーユの為にがんばっていたからな。余計に落ち込んでいるのかも知れん。


「あ……まあ、なんだ。順番だからな。どちらかが良いとかじゃなく、今日はエルミーユの番だからあまり気にするな」

「え?」


 ハンナは驚いたように隆弘の顔を見た。

 ちょっと言い方が悪かったのだろうか。

 隆弘は少し焦ってきた。


「いや、だから、ハンナはもうシュウと結ばれただろ? だから今日はエルミーユの番ってだけだから……」


 ハンナは隆弘の焦る顔を見て噴出した。


「何よもう! それで慰めようとしているの? ストレート過ぎるよ。ホント、デリカシーが無いんだから。少し落ち込んでた私が馬鹿みたいじゃない」

「あ、いや、俺向こうの世界で娘が居なかったから、距離感が分からないって言うか……」


 おろおろする隆弘を見てハンナはにっこり笑った。


「お父さんの気持ちは伝わったよ。ありがとう」

「そ、そうか」


 にっこり笑ったハンナを見て隆弘はほっとした。


「でもね、私はまだシュウと結ばれていないんだ」

「ええ!」


 ハンナはあの夜の事を話してくれた。


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