第5話 最後のメール
「お父さん」
「ランドル」
治癒魔法が成功し、子供は病気だった事が嘘のように元気になり父親と抱き合った。
トカゲのモンスターとは言え、親子が喜び抱き合うシーンは感動的だ。不思議と子供のモンスターも可愛く見える。
隆弘は子供が元気な事を確認し、疲労でへたり込んでいるシュウとエルミーユに近付いた。
「ごくろうさん。二人のお蔭で子供は治ったよ」
「良かった……」
シュウは言葉を話すのも辛そうだった。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか」
「気にするな、当然の事をしただけだ」
「自分がした事じゃ無いくせに」
「うるさいよ、ハンナ」
偉そうな隆弘に横で聞いていたハンナが突っ込んだ。
「お二人共お疲れのようですから、今日はゆっくりこの屋敷にお泊りください。精一杯おもてなしさせて頂きます」
ゲルハルトの申し出を聞き、隆弘はハンナを見たが首を横に振っている。
「好意は嬉しいが、先を急いでいるんだ。代わりの馬車を用意してくれたらありがたいんだが」
「そうですか……残念です。馬車はすぐに用意させます」
心から感謝しているのだろう、ゲルハルトは本当に残念そうだった。
すぐに馬車の準備が整い、隆弘はエルミーユをゲルハルトがシュウを運んだ。
可愛い娘をお姫様だっこするのは父の役目なのだ。
「せめて勇者様にこれをお渡しください」
別れ際、ゲルハルトがうろこで出来た篭手を隆弘に差し出した。
「これは?」
「我が家に代々伝わる『|蜥蜴王の篭手(とかげおうのこて)』です。防御力に優れているのはもちろんの事、これを装備する者は全ての爬虫類と会話し、味方にする事が出来ます」
「良いのか? そんな大切な宝を」
「せめてもの気持ちです。勇者様の活躍の手助けになれば幸いです」
「そうか、ありがとうシュウに渡しておくよ」
隆弘は気持ち良く『蜥蜴王の篭手』を受け取った。
「くれぐれも道中お気を付けください。すでに勇者様の復活は魔の者の中で知れ渡っています。今後は頻繁に命を狙われるでしょう」
「そうなのか……」
魔の者に命を狙われる。
隆弘は改めてこの世界が、自分達が居た世界と違う事を思い知った。
「これは噂ですが、勇者様と同時に魔王も復活したと言われています」
「同時に魔王が!」
隆弘の横で話を聞いていたハンナが驚きの声を上げた。
「どうかしたのか?」
「いや……ごめん、魔王と聞いて驚いただけ」
隆弘は心に引っ掛かる物があったがそれ以上は追求しなかった。
「私達のような、人間と共存してきた魔物もいますが、機会があれば人間を滅ぼそうと考えている奴等も大勢います。くれぐれもお気を付けてください」
「ありがとう。忠告は心に留めておくよ」
屋敷の者が全員で見送る中、隆弘達は新しい馬車でバスキに向けて出発した。
シュウとエルミーユは馬車が発車する頃には寝てしまっていた。相当疲労があったのだろう。
かなり時間をロスしたのか、出発してすぐに日は傾いてきた。もう日没まであまり時間がない。
「ハンナ、予定の町まで行けそうか?」
隆弘は馬車を操るハンナの横に座った。
「ちょっと難しいね。もう少し行った村に小さな教会があるからそこに泊めて貰えるように頼むしかないかな」
ハンナとエルミーユはとても優秀だ。ただ魔法が使えると言う事だけでなく咄嗟の機転や、行動力や交渉力の高さを随所に感じる。
昨日泊まった教会の祭司に、二人は敬語で話をしていたが、祭司の態度はむしろ二人の方が格上と感じさせた。
「勇者ってこの世界では国中が注目する存在なんだろ? そのお供がハンナとエルミーユだけって不自然じゃないか」
隆弘は昨日から感じていた疑問を投げ掛けた。
「それだけ私達が有能だって事よ」
ハンナは冗談めかしてそう言ったが、案外本当なのかも知れないと隆弘は感じた。
「今から行く村の教会って急に行っても大丈夫なのか?」
「それは大丈夫。私達を歓迎しない教会なんて無いから。むしろ……」
ハンナは何か言いかけて途中で口篭った。
「むしろ?」
「いや、ごめん何でも無い。それよりお父さんも休んでいて良いよ。リザードマンと戦って疲れたでしょ」
ハンナは誤魔化すように話題を変えたが、隆弘はあえてそれ以上聞かない事にした。いろいろ疑問や引っ掛かる事があるにはあるが、言う必要があるなら自分から言うだろう。言わないのなら信用して聞かずに居ようと思ったのだ。
「あれぐらいで疲れるかよ、朝飯前だ」
「お父さんも強いんだね。驚いたよ」
「おう、ハンナがピンチになったら助けてやるから安心しろ」
「ありがとう。頼もしいね」
こうして他愛の無い会話を続ける内に村に着いた。ハンナの言葉通り、教会の祭司はとても喜んで歓迎してくれた。
教会に着いてもエルミーユはまだ目が覚めず、そのまま部屋まで運び、後はハンナに任せた。今晩は隆弘とシュウの親子水入らずで枕を並べて寝る事となった。
「父さん何を見てるの」
ランプも消えた部屋の中で隆弘が携帯を見ていると、隣のベッドで寝ていると思っていたシュウが話し掛けて来た。
「なんだ、まだ起きていたのか。治癒魔法で消耗してるんだろ。寝なくて良いのか」
「馬車で寝たから眠れなくなったんだよ」
子供のように不満げに話すシュウを見て、隆弘は可笑しかった。
勇者様と呼ばれてもシュウは変わらず俺の子供だ。こうして二人でいると異世界に居る事を忘れそうになる。
「母さんと空の写真を見ていたんだ。お前も見るか? バッテリーの残りからして今日が最後だぞ」
「あ、俺も見たい」
隆弘はシュウに携帯を渡した。シュウは手に取ってすぐ、心に刻み付けるように熱心に写真を眺めている。
「母さん心配しているんだろうな……」
「ああ、連絡も出来ねえからな」
「空も心配しているかな」
空は向こうに残っている次男の名前だ。俺達が向こうに居る間、シュウと空はお世辞にも仲が良い兄弟とは言えなかったが、俺は知っている。空が無断で帰りが遅くなったりするとシュウがいつも心配していた事を。
「もし逆に空がここに居たら、お前は心配していないか?」
隆弘はシュウに答えが分かっている質問をした。
「……いや、心配していると思う」
「なら空も同じだよ」
シュウは寝返りを打ち、隆弘に背を向けた。
しばらくの間、時々鼻をすすりながら無言で携帯を眺めていた。
「なあ、これメール打てないかな?」
少し鼻詰まりの声でシュウが言う。
「無理言うなよ。ここに電波が通る訳ないだろ」
「俺がやってもか?」
「おま……だいたい今日は消耗しているんだろ。そんな訳の分からん事してどうなっても知らんぞ」
「でもチャンスは今日しかないだろ。もう明日になればバッテリー切れで何も出来なくなるぞ」
確かにシュウの言う通りだ。やるなら今日しかないだろう。まあ、出来るかどうか分からん事で喧嘩しても仕方が無い。やるだけやってみるか。
「分かったよ。メール作成しろよ」
シュウはあれこれ考えながらキーを打っている。
「続き、父さんも書き込みなよ」
シュウが携帯を隆弘に手渡した。書き掛けの文章を読むと、母への感謝や、空へは忠告の他に大事にしていたパソコンまで譲ると書いてある。
隆弘はシュウの書いた文章を全て消した。
「何するんだよ! 一生懸命書いたのに」
「お前なあ、これじゃあ遺書じゃねえか。こんなの貰ったら余計に心配になるわ」
隆弘は素早く文章を打ち始めた。
『裕子と空へ。俺とシュウは訳があって遠い所で一緒に居る。二人とも元気だがすぐに帰る事は出来ない。でも心配しないでくれ。俺達は必ず無事に帰る。それまで二人で仲良く待っていてくれ。俺もシュウも二人を心から愛しているよ。隆弘、シュウ』
隆弘はシュウに携帯を渡した。
「いいか、俺達はこの世界を救い、絶対に元の世界に戻るんだ。そう念じながらメールを送れ」
シュウはメールの文章を読み、頷いた。
「じゃあ、送るよ」
シュウは目を閉じ、額の前に携帯をかざしボタンを押した。
すると不思議な事に携帯が全体的に光りだした。その光もどんどん強くなる。やがて携帯を包む大きな光となって一瞬のうちに消えた。
「シュウ!」
隆弘はシュウに近寄り一緒に携帯を覗き込んだ。
携帯の画面はメール送信中になっている。しばらくするとまるで向こうの世界に居るように、画面が送信済みに変わった。
「良くやった、送れたぞ」
「そうか良かった……」
シュウは消耗したのか半分寝かかっている。
「ごくろうさん。もうゆっくり寝ていいぞ」
隆弘が許可する間もなく、シュウは眠りについていた。
本当に送れたのかどうかは分からない。でも隆弘には送れたと確信に近い思いがあった。
これで少しは安心出来る。
隆弘も安らかな気持ちで眠りについた。
「お父様起きてください」
隆弘は体を揺すられて目を覚ました。
エルミーユが心配そうな顔をして隆弘の目の前にいる。
「あれ? どうしたんだ、エルミーユ?」
隆弘はまだ寝惚けて頭が回らない。
「シュウ様がいくら起こしても目を覚まさないんです」
朝になり、起きて来ない隆弘とシュウをエルミーユが起こしたがなかなか起きない。ハンナも手伝ったがようやく隆弘だけ起きてシュウは眠ったままだった。
「何か心当たりはありますか?」
エルミーユに問われ、隆弘はメールの件を話した。
「ええ! そんなリスクの高い事をしてシュウ様にもしもの事があったらと考えなかったのですか?」
「すまん。俺の注意が足らなかったよ」
隆弘はエルミーユに責められ素直に謝った。
「でも二人の気持ちにもなってみなよ。どうにかして連絡を取りたいと思うよ」
「ありがとうハンナ。でもエルミーユの言う通りだ。昨日の魔法と違い今回の事はリスクの大きさが分からない事を不用意にやってしまった。エルミーユが怒るのも無理ないよ」
ハンナが庇ってくれたが、隆弘は自分の不用意さを後悔した。
「私の方こそ感情的になってすみません。でも、もう大丈夫。冷静になりました」
そう言うとエルミーユはてきぱきと行動しだした。教会の人間を使い症状の情報を集めたり、良い薬を探すように指示していたりした。
隆弘とハンナはシュウの傍に付き起こし続けたが効果はなかった。
しばらくするとエルミーユが部屋に戻って来た。
「村人から良い薬の話を聞いたのですが……」
「それは良かった。で、その薬はどこにあるんだ?」
「実は|不見草(ふみぐさ)と言う名前の植物で、死人でも目を覚ます位気付けに効果があると言い伝えられています。ただ、名前の通り人間が目にする場所には生えず、地元の山に伝わる伝説的な物のようです」
エルミーユは不確かな情報しかない事が申し訳なさそうに言った。
「よし、俺が探しに行こう」
「私も行くよ。お父さん一人じゃ心配だからね」
「エルミーユはここに残ってくれ。もし回復して魔法が使えるようになったならシュウに試してやってくれ」
エルミーユはまだ昨日の消耗から完全に回復していなかった。
「分かりました。お父様とハンナも十分にお気を付けて下さい」
こうして隆弘とハンナは不見草を探しに地元の山に入る事となった。
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