第4話 異なる世界から来た者の力

 出発前、教会が隆弘とシュウに装備を用意してくれた。シュウは一通りの装備を揃えたが、隆弘は最低限度しか手にしない。


「そんな軽装備で大丈夫なのかよ」

「柔道段持ちの俺がそんなごちゃごちゃした物着れるかよ。俺はこれで良いんだ」

「ピンチになっても俺は助けねえからな」


 息子よ。そんな憎まれ口叩いてもお前はちゃんと助けに来てくれるって知っているんだからな。このツンデレが。


「何ニヤニヤしてるんだよ、気持ち悪い」

「何でもねえよ」


 俺達はタバーラの国王に会う為、首都バスキに向けて出発した。




 出発してしばらくするとシュウは居眠りしだした。良く揺れ、とても乗り心地が良いとは言えないのに良く寝ている。

 こいつ昨夜はどれだけ頑張ったんだ。

 隆弘は息子の寝顔を眺めて思った。

 でもこいつがこんなに疲れていると言う事はハンナも……。

 気になった隆弘は馬車馬を操るハンナの横に移動した。


「あれ? お父さんどうしたの?」

「いや、ハンナ一人に馬車を任せて悪いと思ってな。代わろうか?」

「え? お父さん馬車を操った事あるの?」

「いや、無いけど何とかなるだろ」

「駄目だよ、無理しなくて良いから。休憩も取っているし、私は大丈夫」


 ハンナはそう言って手綱を隆弘に渡さなかった。隆弘の目から見てハンナはそれ程疲れているようには見えなかった。

 まあ良いかと隆弘が腰を上げようとしたその時。林道を走っている馬車の上に、道沿いの木々からヘビやトカゲなどの爬虫類が無数に降って来た。


「きゃー!」


 ハンナの悲鳴が上がるのと同時に二頭の馬車馬がにいななきながら立ち上がり暴走しだした。ハンナが懸命になだめるが止まらない。

 このままでは大きな事故になる、と考えていたのも束の間だった。馬の暴走のスピードがだんだん落ちてきてへたり込んだまま動かなくなり、馬車が止まったのだ。

 四人とも外に出て馬を見ると二頭共に所々ヘビに噛まれた痕が残っていた。


「困ったなあ。次の村までかなり距離があるのにこんな所で立ち往生になるなんて」


 ハンナがため息混じりに呟いた。


「どうかしましたかな……」


 立ち往生して困る四人の傍を馬車が通り掛り、御者の老人が声を掛けてくれたのだ。


「トラブルに巻き込まれて馬が二頭共死んでしまったのです」


 エルミーユが説明すると老人は「それは災難だ」と馬車を止め降りてきてくれた。


「どうしたのだ、ヘルム」


 馬車の中から声がした。ヘルムと呼ばれた老人は馬車に近付き隆弘たちの状況を説明している。


「それは不運でしたね」


 馬車の中から高級そうな装飾品を身に付けた男が一人降りてきた。男は四人の顔を見ると驚いた様子で近付いてきた。


「もしや、あなた方は勇者様の御一行ではないですか?」

「その事はどこで……」


 エルミーユが警戒心を持って男と話をしようとしたその時、シュウが間の抜けた声で割って入った。


「そうです。良く知っていますね。俺が勇者です」

「やはりそうでしたか。お会い出来て光栄です。私はこの辺りの地主でゲルハルトと申します。代わりの馬車は用意しますので、どうか私の屋敷にお立ち寄りください」

「ありがとうございます。助かります」


 シュウは無邪気に喜んでいるが、他の三人の心には不安が残っていた。このゲルハルトと言う男は信用出来るのだろうかと。


「まあ、こう言ってくれているんだ。素直に甘えよう」


 どの道、馬車がなければ動けない。ここはゲルハルトが善人だと信じて付いて行こう。最悪の場合でも今の俺なら何とかなるか。

 隆弘はそう腹を括ってエルミーユとハンナも促した。




「さあ、お昼ご飯はまだでしょう。どうぞお腹一杯召し上がってください」


 四人はゲルハルトの屋敷に招かれ、豪華な食堂に案内された。

 皆が席に着くと食べきれない程の食事が運ばれる。

 不自然だ。俺達はトラブルに遭ってここに来ているのに手際が良すぎる。まるで予定されていたようだ。

 隆弘は食事の不自然さに気付き警戒したが、ゲルハルトも同じ皿の料理を取り分け何も問題なく食べている。

 考え過ぎか。隆弘はそう思い、料理に手を付けた。

 いろいろ土地の話などゲルハルトはホストとして退屈させないよう話をしている。

 そろそろ食事も終わるかと思った途端、隆弘は猛烈な眠気に襲われた。横を見るとシュウはすでにテーブルに頭を落とし眠りについている。エルミーユとハンナも同じだ。

 しまった。遠ざかる意識の中、ゲルハルトの笑い顔が目に映った。




 どれくらい眠っていたのだろうか。気が付くと体中を太い鎖で何重にも縛られ、牢屋に横たわっていた。

 横を見るとシュウも同じ様に縛られている。

 エルミーユとハンナの姿は無かった。


「シュウ起きろ! 大丈夫か?」 

「う……」


 シュウは隆弘の言葉で目を覚ました。


「なんだ、これは。 父さん、これはどうなっているんだ」


 のん気なもんだ。本当にシュウは、勉強は出来るが頭が悪い。


「さあ、エルミーユとハンナを助けに行くぞ」


 隆弘はそう言うと、体に力を込めた。バシンと言う音と共に鎖が弾け飛んだ。


「すげえ! 超人かよ」

「お前もやってみろ」


 隆弘に言われシュウも力を込める。一瞬で隆弘以上に鎖が弾け飛んだ。


「さあ、この鉄格子も曲げてみろ」


 シュウが言われたとおり鉄格子を両手に持ち力を込める。するとまるで飴で出来たように鉄格子がぐにゃりと曲がった。


「うわあ! なんだこれ逆に気持ち悪い」

「なんだよ逆って」


 二人は牢屋を出てエルミーユとハンナを探しに通路を走った。


「何なんだこの力は。父さんは知っていたのか?」

「お前、ドラコンホールは読んだか?」

「ああ、あれは読んだよ。終わるタイミング間違えた漫画な」

「あれはあれで大人の事情があるんだよ。一々名作にケチ付けるな」

「で、あの漫画が何?」

「俺達はな、ヤサイ人と同じなんだよ。違う世界から来て、その世界の人間と比較して全ての能力が上なんだ。スーパーマンとかヤサイ人とかと同じなんだよ」

「そうか、それが勇者の力なのか」


 それはどうか分からないと隆弘は考えていた。シュウの力は自分と比べても数段上だからだ。悔しいから言わないけど。


「父さん良く気が付いたな」

「昨日の夜、お前が良い事しているうちに俺は力を試していたんだよ。岩を打ち砕いたりしてな」

「何だよ、良い事って」


 そこに食い付くのかよ。もっと、さすが父さんとか尊敬しろよ。


「とぼけるのか。自分の胸に聞いてみろよ」


 話をしながら走るうちに階段を上り大きな広間に出ていた。ダンスホールのような大きさの広間だ。


「貴様らどうやって地下牢から出て来たんだ」


 二人の後ろから声がした。振り返るとゲルハルトが立っている。


「ここは俺に任せて二人を助けに行け」

「一人で大丈夫かよ」

「嫁を助けるのは旦那の仕事だ。行けよ」

「ありがとう。行くよ」


 シュウはゲルハルトが居る場所とは違う出口から出て行った。


「お前一人で、俺を倒せると思っているのか」

「俺をただのおっさんだと思うと痛い目に遭うぜ」


 かっこ良く決まったぜ。子供の頃憧れた変身ヒーローのようだ。


「お前こそわしをただの人間だと思っているのか」


 そう言うと、ゲルハルトの体がまるで特撮映画のように変化していく。大きく裂けた口、うろこが浮き出る腕、尻尾まで伸びてくる。

 変身が終わった後のゲルハルトはトカゲかワニが服を着て二本足で立っているような姿だ。確かリザードマンと呼ばれていた筈。


「お前を倒した後勇者も始末し、お前らは俺達の養分になるんだ」


 ゲルハルトが、人間らしさが微塵もなくなった顔で笑う。

 隆弘には誤算があった。人間の姿であれば柔道技で倒し、後は寝技でなんとかなると考えていたが、変身後の尻尾の存在が気になる。

 二本足であれば、片方に重心を偏らせて払えば倒れるが、尻尾があれば三脚になり容易に転がせるイメージが湧かない。

 こうなりゃプロレスだ。

 隆弘の頭の中で猪木のテーマソングが鳴り響いた。


「こい! この野郎!」


 隆弘は両手を前に出し近付いて行く。


「なんだそれは。俺と力比べしようと言うのか? 人間ごときが」


 隆弘とゲルハルトは両手をがっちり組み合い、力比べの体勢になった。

 いける。

 隆弘は組んだ瞬間確信した。相手の方が身長が高い分有利な筈だが、両手から伝わってくるプレッシャーは余裕で受けきれた。


「なんだ大した事ねえな。この程度でモンスターやってるのか?」

「なにを!」


 ゲルハルトは意地になり力を込めたが、隆弘の両手はびくともしない。


「ふん!」

「ぐわっ」


 逆に隆弘が力を込めると、ゲルハルトは痛みに耐えかね膝をついてしまった。

 膝をついた事でゲルハルトの頭が隆弘の目の前まで下がる。


 今だ!


 隆弘はゲルハルトの頭を右の小脇に抱え締め上げた。ヘッドロックだ。

 本当はコブラツイストか卍固めで決めたかったが、人間と違い手足の長さのバランスが悪い。ヘッドロックはシンプルな技だがパワーがあれば十分にダメージを与えられる。これで決めてやる。

 隆弘は右腕をさらに締め上げた。


「父さん!」


 シュウが二人を連れて部屋に入って来た。


「皆無事か?」

「ああ、大丈夫! 問題ないよ」

「もう少しで決まるから待っていてくれ」

「ぐうう」


 ゲルハルトが苦しそうに呻き声を上げる。


「お願いします! だんな様を許してください」


 隆弘が声の方を見ると子供のリザードマンを車椅子に乗せた老人のリザードマンが立っていた。ヘルムと呼ばれた老人だろうか。


「ヘルム、逃げろ! お前達まで殺されてしまうぞ!」

「お願いします! だんな様はぼっちゃんの病気を治したかっただけなんです。私達は人間を襲う事なんか無かったのです。ただ、勇者様の肉を喰らえば病気が治ると言われて……」


 ゲルハルトの身を案じたヘルムは指示に従わず、隆弘に命乞いした。


「俺の事は良いから逃げろ! 皆こいつらに殺されてしまうぞ!」


 隆弘は腕のロックを緩めてゲルハルトを放した。


「殺さねえよ! 何、人を殺人鬼みたいに言ってんだ」


 隆弘はダメージを受けて四つんばいになっているゲルハルトに怒鳴った。


「どうして俺を放したんだ……」

「親って言うのは、子供の命の為なら何でもやってしまうんだよ。それは人間もモンスターも同じだ。あんたの気持ちは分かるから、息子と娘達が無事ならこれ以上する理由はねえ」

「ありがとうございます」


 ヘルムがゲルハルトに駆け寄って来て、隆弘に向かい礼を言った。

 シュウが一人になった車椅子の子供に近付いて行く。


「歩けない程体が悪いのかい?」


 シュウを見た子供の目は輝きが鈍く、言葉も話せないようだった。


「エルミーユ、治癒魔法でこの子の病気を治せないかな?」


 エルミーユとハンナには得意な属性魔法があり、エルミーユは治癒や間接魔法、ハンナは炎属性魔法と聞いていた。

 エルミーユは二人に近付き子供の顔を覗き込んだ。


「調べて見ます」


 エルミーユが呪文を呟くと、一瞬子供の体が小さな光に包まれた。

 調べ終わり、エルミーユは沈んだ顔でシュウを見た。


「残念ですが、かなり症状が重そうです。私のレベルでは治療は難しいです」

「じゃあ、俺は? 俺がやれば治るかな。炎の魔法も俺の方が強かったし」

「それはお勧め出来ません。治癒魔法はかなり精神力を使い、慣れていないとリスクも大きいのです」


 エルミーユも何とか子供を救いたい気持ちはあるが、シュウにリスクを負わす訳にはいかなかった。


「俺がやれば、治る可能性はあるの?」

「……可能性はあるでしょうけど……」

「じゃあやろう!」

「でも……」

「頼む協力してくれ。エルミーユが支えてくれたら俺は大丈夫だから」


 シュウはエルミーユの手を両手で握りお願いした。


「息子の病気が治るのですか?」


 いつの間にかゲルハルトや隆弘も集まっていた。


「俺がこの娘と一緒に助けます」


 シュウの顔を見て覚悟を決めたエルミーユは小さくため息を吐いた。


「分かりました、やってみます。集中してください」

「ありがとう、エルミーユ」


 それからエルミーユの唱える呪文をシュウは一字一句間違いなく復唱していく。炎の魔法の時と違い、高度な為か唱える時間が長い。

 最後にシュウが呪文を唱え終えると、眩い光に子供は包まれた。


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