第3話 お父さん!
「あ、そうだ!」
隆弘は試したい事を思い付き、ベッドから起き上がった。
部屋を出た隆弘はシュウも一緒に連れて行く為に教会の中を探し歩いた。それらしき部屋をノックして歩いたが見つからない。
隆弘はちゃんと聞いておけば良かったと思う反面、なぜ俺とシュウの部屋を離しているのか不思議に感じた。
諦めて一人で行こうかと考え出した頃、何気なく廊下の窓から外を見ると、噴水の傍にエルミーユが佇んでいた。
一人で何をしているのか不思議に感じたが、とにかくシュウの部屋が分かると思い、隆弘は外に出た。
「よう、エルミーユ。こんな所で何しているの?」
「あ、勇者様のお父様」
エルミーユは振り向いた瞬間に浮かべていた暗い表情を、すぐに作り笑顔でかき消した。
「少し寝苦しかったので、ここで涼んでいたのです」
「そうなのか……」
涼んでいたか……。
隆弘は一瞬見たエルミーユの暗い表情が気になったが、特に問わない事にした。
「シュウの部屋を知らないかな? ちょっと用があるんだけど」
「勇者様の部屋ですか……」
何か都合が悪いのか、エルミーユは困ったような表情になった。
「知らないのか? ならもう少し探すけど」
「あ、いや、知っています」
隆弘が諦めないと分かってか、エルミーユは何か決断したような顔になった。
「今、勇者様の部屋にはハンナが居ます」
「ええ!」
何、こんな時間に若い男女が同じ部屋に居るって……。
「もしかして身も心も捧げるって、そう言う事?」
隆弘がそう聞くとエルミーユは顔を赤くして「そうです」とうなずいた。
かー、シュウは今頃あんな可愛い娘としているのかよ。勇者の役得ハンパねぇな。
隆弘は顔を赤くして下を向くエルミーユを見て、二人の気持ちを考えた。
この娘達は本当にそれを望んでいるのだろうか? 今日初めてあった男に純潔を捧げなきゃならないなんて。
「あのさ、女の子が初めてを捧げるって余程の事だと思うけど、嫌なら無理しなくていいぞ。俺からシュウにはちゃんと言うから」
「そんな、嫌じゃありません!」
エルミーユはきっぱりと言い切った。
「そう教育されてきたからじゃ無く?」
「はい、教育された所為ではありません」
エルミーユの瞳には確かな確信を持った光があった。
「確かに私達は生まれてすぐに教会に引き取られ、勇者様に仕えるように教育されてきました。でも、昨日いよいよ勇者様に会えるとなった時、私の心の中は喜びではなく不安ばかりでした」
エルミーユが自分に言い聞かせるように、淡々と話し出した。隆弘は口を挟まず黙って聞いている。
「乱暴な人だったらどうしよう。自分勝手な人だったらどうしよう。どんな人であっても私は勇者様に従いお手伝いして行けるのだろうか、私は勇者様を尊敬する事が出来るのだろうか……。考えれば考える程不安は膨らみました」
「そんな不安な気持ちで今日初めて勇者様にお会いした時、私は驚きました」
「驚いた? それはまたどうして?」
シュウは良くも悪くも規格外の印象を与える外見だとは思わないが……。
「勇者様は私の想像とは違い、ごく普通の男性だったからです」
その言葉を聞き隆弘は噴出しそうになった。
普通ってそりゃそうだ。今日の朝まで普通の高校生だったんだから。
「なんかこう、もっとオーラのある神々しい感じを想像してたの?」
「まあ……そんな感じです……」
「幼い頃からイメージしていたんだ。理想が膨らみそうなるかも知れんな」
「外見だけでなく、勇者様が向こうの世界に帰りたいと仰られた時に感じたのです。勇者様も普通の人間だって。悩みのある人間なのだって」
話が続くうちにエルミーユはだんだん気持ちが入って来たようだ。
「私は勇者様の力になりたいと思いました。優しさや弱さを持つ勇者様の傍で力になりたいと」
かなり宗教的な憧れや尊敬の念があり補正は入っているのだろう。だがそれは仕方がない。生まれてからずっと信じてきたのだから。
人が人を好きになるきっかけなんて些細なものだ。要はここからちゃんとシュウと言う人物を見て付いて来てくれれば嬉しいのだが。
「ありがとう。あいつには勿体ない位の言葉だよ。親としてお礼を言うよ」
「そんな、お礼なんて……」
「シュウはね、自分勝手で我侭で人の気持ちを考えずに行動したりする事があるんだ。それでよく家族と衝突したよ……」
隆弘は幼い頃から今までのシュウを思い浮かべて感傷的になってきた。
「だけどね、本当は凄く優しい奴なんだよ。昔、家族でお祭に出掛けた時に、小さな弟が迷子にならないようにとずっと手をつなぎ続けていてくれたんだ。自分一人で行きたい所もあっただろうにね」
隆弘はエルミーユに向い頭を下げた。
「頼む。これから嫌な事もあるかもしれないが、今の気持ちを忘れずにそのまま支えてやって下さい」
隆弘は自分でも親馬鹿だと思うが、付き合いが長くなり勇者と言う色眼鏡が無くなると愛想を尽かされないか心配なのだ。
エルミーユは少し驚いた後、優しく微笑んだ。
「勇者様を愛していらっしゃるのですね」
エルミーユの言葉に隆弘はハッとした。
憎たらしいと思う事も多いが、シュウは俺の息子なのだ。幸せになって欲しいといつも願っている。
「親だからな。喧嘩したり憎らしかったりしても、何かあれば心配するし応援もする。たぶんこれからも一生変わらないよ」
「親……ですか……」
エルミーユは少し寂しそうに呟くと視線を外して噴水を見つめた。何か思い詰めたように黙り込んでいる。
しばらく沈黙が流れた。
「私の両親は、今でも私の事を憶えて居てくれるのでしょうか……。もう私の事は忘れて思い出す事もないんじゃないか、いつもそう考えてしまいます……」
エルミーユは噴水を見つめたまま、静かに口を開いた。
そうかエルミーユは親の温もりを知らずに育ったんだな。
「それは違うよ、エルミーユ。お父さんもお母さんもきっと今でも君の事を覚えている。どれぐらい成長したのかいつも思い描いて会いたいと願っているよ」
振り返ったエルミーユは微笑んでいたが、どこか寂しそうだった。
「ありがとうございます。……勇者様が羨ましいです。こんな優しいお父様が近くに居てくれて……」
「何言っているんだよ」
隆弘はエルミーユの頭を撫ぜた。
「シュウに身も心も捧げるんだろ。だったらエルミーユは息子の嫁だ。今日からは俺の娘だよ」
エルミーユは驚いたように隆弘の顔を見つめた。嬉しいような悲しいような、複雑な表情を浮かべながら。
やがてエルミーユの大きな瞳からボロボロと涙がこぼれ出した。
エルミーユは「うわあ」と子供のように声を出して泣き出し、隆弘の肩にしがみ付いた。
今まで辛い事も多かったのだろう。
隆弘はエルミーユの頭を優しく撫で続けた。
「あ、あの……お父様……お父様と呼んで……良いですか……」
泣き過ぎて鼻水をすすりながら、エルミーユがそう聞いてきた。
「良いに決まってるだろ。お父さんなんだから」
「お父様! お父様!」
エルミーユはしばらく隆弘にしがみ付いて泣き続けた。
「ありがとうございます。なんだか胸に溜まっていた物が取れてスッキリした感じです」
しばらくして落ち着いたエルミーユは心からの笑顔でそう言った。
「それは良かったな。俺で良ければ愚痴でも悩みでもいつでも聞くから甘えていいぞ」
「ありがとうございます……。お父様」
まだ言い慣れないので照れるのか、顔を赤くしたエルミーユが可愛かった。
「さあ、俺は野暮用があるので行くよ」
「え? どちらに行かれるのですか?」
「まあ、ちょっとな」
そうエルミーユに告げると、隆弘は教会の敷地から出て行った。
次の日の朝。隆弘はベッドの上で気持ち良く目覚めた。
昨日エルミーユと分かれた後に試した事は上々の結果だった。本当はシュウも確認したかったのだが、俺より下と言う事はないだろう。
古代ローマ人に着替えた隆弘は教会の人間に案内され朝食の席に向った。
隆弘が部屋に入ると、祭司はいないようで四人掛けのテーブルに朝食がセッティングされていた。エルミーユとハンナはもうすでに席に着いている。
「おはよう」
「おはようございます……お父様……」
まだ慣れずに顔を赤くするエルミーユを、横でハンナが驚いて見ていた。
「ハンナもおはよう」
「あ、おはようございます」
ハンナが慌てて挨拶をする。
間を置かず、シュウが「おはよう」と挨拶しながら部屋に入って来た。
「おう、おはよう」
「おはようございます」
隆弘とエルミーユが挨拶を返した時、テーブルに近付いたシュウとハンナの視線が合わさる。
「おはよう」
「おはよう、シュウ」
二人は顔を赤くして見つめ合う。
うわー、お前らキックオフの永井くんと由美ちゃんか。
隆弘は絶対に息子夫婦と同居はしないと誓った。こんなのが毎日だとこっちが疲れる。
「ちょっと、ハンナ! 勇者様を呼び捨てにするなんて失礼じゃない」
「だってー、シュウがそう呼べって言ったんだよ」
「だからってそれに甘えちゃ駄目でしょ」
二人の言い争いは終わりそうもない。
隆弘はシュウを肘で小突き「お前がなんとかしろ」と小声で伝えた。
「あの……エルミーユ」
「はい、何ですか?」
エルミーユは少し不貞腐れたように怒っている。
「シュウって呼ぶのは俺がそうしてくれってハンナに頼んだんだ。でも、エルミーユにも言うつもりだったんだよ。だから頼む。エルミーユもシュウって呼んでくれよ」
「え? いや、そう仰られても勇者様を呼び捨てには……」
エルミーユは嬉しさと自分の価値観の狭間で戸惑っている。
「もう、言えば楽になるのに。私はちゃんとお願いして言うよ」
そう言うとハンナは隆弘を見つめた。
「あの……昨日はおっさんって言っちゃってごめんなさい。これからはあなたの事お父さんって呼んで良いですか?」
ハンナが神妙な顔付きで隆弘にお願いした。
「だってシュウのお父さんは私のお父さんだから……」
か、可愛い……。
顔を真っ赤にしてお願いするハンナは堪らなく可愛かった。こんな可愛い娘が二人、息子の嫁なんて幸せ過ぎる。
「も、もちろん良いに決まってるよ。ハンナも俺の娘だ」
「やったー! ありがとうお父さん」
ハンナが嬉しそうに隆弘に近付き手を握って来た。
「シュウ様……」
ハンナと隆弘のやり取りを聞いて、覚悟を決めたのかエルミーユがぼそりと呟いた。
「呼び捨てには出来ませんが、シュウ様と呼ばせてください……」
エルミーユの精一杯の妥協なのだろう。隆弘はフォローしてやろうと思った。
「おお、良い良い。勇者様よりずっと良いよ」
「そうだね! 私も良いと思う」
ハンナもフォローする。
「ありがとう。少し堅苦しいけど、エルミーユらしくて良いな」
シュウの言い方に「もう少し上手い言い方があるだろう」と隆弘は突っ込みを入れたくなったがスルーした。
「さあ、これで俺達はもう家族だ。皆一丸となって世界を救うぞ」
「もう、一々言う事がオヤジくさいな」
「オヤジなんだから仕方がないだろ!」
皆が声をあげて笑った。
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