(約1900文字) その四 急転する国


《街の道路》

 飲食店で夕食を食べた帰り、カラテの武道着に身を包んだ男は手元の携帯端末を見ながら帰途についていた。画面には写真に撮った黒い球体が映っている。

(もう少しここを削っておけば、もっときれいに仕上がったかもしれないな……)

 そんなことを気にしてみる。芸術は自分には向いていないと思っていたが、いざ作ってみると、結構楽しいものだった。携帯端末を道着袋にしまったとき、路地の向こうからうめき声が聞こえてくる。続いて、あざけるような男の声。

「アア? 聞こえねえなあ? ヒトにものを頼むときはもっと大きな声で言ってクレねえと。このカードを譲ってくださいってナア。やらねえけどナ」

「うう……」

 気になって路地に入る。少し進んだ先に、ウェイター服を着た男と、地面にうずくまる黒スーツの男がいた。

 事情は分からないが、少なくともウェイター服が暴力を振るったことは察せられた。黒スーツの頭をつかんで持ち上げようとする男に、カラテ家は言う。

「やめないか」

「アア?」

 ウェイターがこちらを向いた。

「事情は知らないが、暴力では何も解決しない。互いにちゃんと話し合うべきだ」

「ハッ。そんな格好したやつが何言ってやがる」

「カラテは暴力ではない。武道だ」

「知るかヨ。寝てやがれ」

 黒スーツを放り捨てて、男が地を蹴る。風のブーストによって、瞬時にカラテ家の目前へ。

「……⁉」

 魔法の効能など知る由もないカラテ家は、不意を突かれてその腹に蹴りの一撃を喰らってしまう。黒スーツと同様にうずくまったとき、ウェイター服が舌打ちを漏らした。

「チッ、ザコが。デシャばんじゃネエ。っと、こんなところでアブラ売ってる場合じゃねえナ。あばよクソザコども」

 言い残して、ウェイター服の男は周囲に風をまとって、高層ビルの密林の中を飛んでいった。


 とある高層ビルの屋上へと着地して、ウェイター服の男――ボーイは『おかいものリスト』を取り出す。

「サテと、次は何を買やあいいんダ」

 リストを上から順に見て、額に青筋を浮かべる。

「ハア⁉ フザケンジャネーゾ! こんなもん買えるわけネーじゃねーカ!」

 魔人ボーイはすでに三つ買っていた。洋服とラーメンとジャンボジェット機だ。

 残るは二つ。しかしリストに残っていたのは『過去』に『不老不死』に『未来』、そして『不幸』と『幸福』。一番マシなのが『対戦相手の部屋の黒い球体』。

 プッツン。短気な魔人はキレた。

「ヤメだヤメ! メンドクセー! こんなフザケタ茶番に付き合ってやれるか!」

 不気味な笑みを広げていく。

「ついでにどっかにいるはずの俺の対戦相手にも、クリア不可能になってもらうゼエ」

 魔人が片手を上げた。


《アパート街区画》

 壮年青が言う。

「駄目に決まってるだろう。この装置は売り物じゃないんだ」

「そこをお願いします。買ったらすぐに返却しますから」

「何を訳の分からんことを」

 そこで子供サイボーグは説明する。FIB男女に説明したことと同じ内容を。しかし壮年青は信じかねない様子だ。

「神さまだと。そう言われて素直に信じると思うのか」

 そりゃそうよとFIB女は思ったが口には出さない。FIB男の反応が面倒くさいから。

 壮年青のもっともなリアクションに対して、若青は軽いノリで言った。

「いいぜ。すぐに返してくれるんなら」

「おい」

 眉をひそめる壮年に、若が言う。

「いーじゃねーかそれくらい。MOBの秘密がこれで守られるんなら」

「バレたのはおまえのミスだろう」

「そうだっけ? とにかく、ほらよ、っていってもこれすげー高けーんだぜ」

「その心配にはおよびません。このブラックカードがありますから」

 子供サイボーグは黒いカードを取り出した。携帯端末の決済アプリを通じて、購入が完了する。で、すぐに返却した。

「それじゃあMOBの秘密も守ってくれよな」

「分かってます。言っても誰も信じないでしょうし」

「あんたらも」

 若青がFIB男女に釘を刺す。はいはいと男女はうなずいた。

「それじゃあ当初の目的通り、アパートに向かうとしましょうか」

 MOBたちに別れを告げて、子供サイボーグたちが歩き出そうとしたとき……。

 そう遠くない繁華街の方から大規模な爆発と炎上が巻き起こった。


《大統領執務室》

「なんだ⁉ 何が起こった⁉」

「ジャンボジェット機が繁華街へと墜落したようです!」

「ジャンボジェット機が⁉」

「はい! 現在消火活動を……」

「人々は⁉」

「死傷者は不明! レスキュー隊が急行しています!」

「……なんでこんなことに……」

「どうやらブラックカードを持った男はテロリストだったようです!」

 窓の外には煌々とした明かりが満ちている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る