(約2700文字) その三 青ずくめ
《大統領執務室》
慌ただしい様子でドアがノックされる。返事をすると、勢いよくドアが開かれて秘書が中に入ってきた。
「なんだね、騒々しい」
「大変です! さきほど報告したブラックカードの件ですが、重大な事実が判明いたしました……!」
「重大な事実?」
ピクリと眉を動かす大統領の前に、秘書は書類を差し出す。
「あのブラックカードは上限が無制限だったんです」
「……なんだって……⁉」
「カードを持つ二人のうちの男の方がジャンボジェット機を一括購入したため、不審に思ったCAIが急遽念入りに調べたところ判明したそうです! 男の方は大量のじゅうたんみたいなもので機体を覆うと、その場から去っていったそうですが」
「…………」
「いまはまだこの程度で済んでいますが……もしこのブラックカードを乱用されれば、我が国の経済は崩壊してしまいます! ただちに対処しなければ!」
「……。カードの使用を止めることは?」
「CAIが即刻使用停止にしようとしたそうですが、できなかったそうです。原因は不明ですが、カードの使用権限にアクセスできなかったと」
「…………」
この二人は知る由もないが、ブラックカードは『神』が用意したものだ。対戦ルールに違反した場合は停止されるが、人間の判断で使用を止めることはできない。
テーブルに肘をつき、手を組んで大統領は考え込む。重々しく、口を開いた。
「……CAIに連絡して、そのブラックカードを持ち主から『譲って』もらうように指示を出しなさい」
「それは……」
「あくまで『譲渡』してくれるように交渉するのだ。分かってるね」
「…………。分かりました。CAIに任務を伝えます」
「よろしく頼んだぞ。この任務には我が国の未来が懸かっている」
「はっ」
一礼して、秘書は部屋から出ていった。廊下を駆ける音が遠ざかっていく。
組んだ手に、大統領は額を当ててふさぎこむ。
どうやら平穏に年末を越すことはできなさそうだ。
夜は更けていく。
《いくつものアパートが建ち並ぶ区画》
イモムシのような乗り物と自動車を区画の前に停めて、子供サイボーグと男が話し合う。
「ここに黒曜石の球体があるんですか?」
「そうらしいよ。さっき入ってきた通報によると、アパートの住人が家賃滞納したまま行方をくらませて、仕方なく合鍵で部屋に入ろうとしたら鍵は掛かってなくて、その中に黒い大きな球体が置いてあったらしい。邪魔で片付けてほしいし、家賃も払ってもらいたいから住人を探してくれ、だってさ」
「なるほど」
「で、一応失踪人を探すっていう名目で、僕たちが引き受けたわけだ」
「まさかこんなに早く見つかるなんて思ってませんでした。それじゃあ行きましょう」
「うん、そうだね」
目的のアパートの場所はメモしてある。彼らが歩き出そうとしたとき、不意に声が掛けられた。
「ちょっとちょっと困るよ。こんな目立つところに停められちゃ」
振り返ると、全身に青スーツを着込んだ二人の男が立っていた。声を掛けてきたらしい若い方が続ける。
「これキャタンピ星の自動車でしょ? こんなところに無防備に停車させて、もし写真を撮られでもしたらどうするの」
「……キャタンピ星……?」
初めて聞く星名に、子供サイボーグが不思議そうな顔をする。
「違いますよ。これは空間駆動戦車リベリオン、私の搭乗機体です」
「え?」
若い青ずくめがイモムシを見やる。
「いやいや、ウソ言うなって。これはどう見てもキャタンピ星の自動車だって。ほらこのイモムシみたいな形状がその証拠。普段は遅いけど、急ぐときはダンゴムシみたいに丸くなって高速移動するんでしょ」
「しませんて」
「あのーちょっといいですか」
子供サイボーグと若い青のかみ合わない会話に、FIB男が手を上げる。
「さっきから言ってるそのキャタンピ星? ってなんですか」
「何言ってんの。あんたらキャタンピ星人でしょーが。いまはこの惑星の人間に変装してるみたいだけどバレバレだって。つーか、そっちはロボットだし」
「……」
「……」
「……」
「……。アレ……?」
壮年の方の青ずくめが難しそうな顔で言った。
「おい。どうやら人違いだったみたいだな」
笑いながら、若青が頭に手を当てる。
「いやー悪い悪い。てっきりそうかと思って」
「誤解が解けて何よりです。それで、あなたたちは?」
子供サイボーグの問いに、壮年青が答える。
「我々はメンオンブルー。この星にやってくる宇宙人たちの取り締まりをやっている」
「……それ、僕たちにバラしていいんですか?」
FIB男の言葉に、
「問題ない。この道具を使えば我々に出会ったことも話した内容も完全に忘れるからな」
取り出したのは一つの小さな機械。
「あ、映画で見たことある! 確かニューロ……」
壮年青が青色のグラサンを手早く身に着けて、機械のボタンを押した。
しかし、超常現象に通じている男も負けじと素早くグラサンで目を覆っていた。
「残念でした。こんなこともあろうかと、グラサンは常に持ち歩いているのさ」
「む……。……カモフラージュのためか知らんが、映画など作るから……」
「ちょ、おっさん、だからあれほど俺がグラサン掛ける前にそれ使うなって言っただろ。俺まで忘れたらどうすんだ!」
若青が文句を言うなか、気が付いたようにFIB男が連れに振り向く。
「しまった、大丈夫かい君たち」
「……え? なんのこと」
「僕のこと分かるかい? この人たちのことは?」
「メンオンブルーとかいう、うさん臭いこと言ってた人たちでしょう」
FIB女は覚えていた。子供サイボーグやら神さまの代理戦争やら宇宙人やら、次々に出てくる常識外の事柄にリアクションを取るのが面倒くさくなって、そっぽを向いて明日の朝ご飯は何にしようかしらなどと考えていたようだ。
「よかった覚えてた。ヴェーダ君の方は」
「私なら心配ありません。ちゃんと覚えてますよ」
子供のサイボーグはケロリとした顔をしていた。
「装置を見た瞬間に記憶を操作する類のものだと分かったので。サングラスは持っていませんでしたが、要は装置から発せられる光を見なければいいんでしょ。だから目を閉じて、あと念のために手で目元を覆いました」
「む……」
「ヒュウー」
一層難しそうな顔になる壮年青と、口笛を吹く若青。若青が壮年青に言う。
「残念だったな、おっさん。こうなりゃいっそのこと、こいつらもMOBに加えちまおうぜ」
「簡単に言うな」
青コンビは何やら言い合いを始める。そのとき気が付いたように、子供サイボーグが二人の青に言った。
「一つお願いがあるんですけど。その『記憶を消す機械』、私に売ってくれませんか」
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