(約3800文字) その二 旅は道連れ世は情け
《FIB超常現象捜査室――通称“エッスクファイル”――》
「あなた疲れてるんじゃないの? 少しは休んだら」
「なんだ君か、僕なら大丈夫大丈夫」
女の言葉に、山積みにされた書類の中で男が答える。女は続けて、
「それならいいけど……それにしても、超常現象なんて本当に存在するの? ここに配属されてからしばらく経つけど、全然それに関係した事件に出くわさないわよ」
「超常現象は存在するよ。ただ僕たち普通の人間には分からないだけで」
「本当かしら。みんな言ってるわよ。この部署は変人のあなたを追い払うためのものだって」
「そりゃひどいな。なら、なんで君はここに配属されたんだい」
「…………」
女は黙り込む。気にしない様子で、男が手にした書類を再び読み始めたとき、部屋の外で子供の声が聞こえてきた。
こんなところに子供? 不審に思って、男と女はドアから顔を出す。見ると、エントランスの方で子供と受け付けが何やら話していた。
「だから、ここはものを売る場所じゃないの。分かってね、ぼく」
「そんな固いこと言わずにお願いしますよ。それに私はこんな見た目ですけど、実年齢はもっと上なんですからね」
「もう……困ったわね」
よく分からないが面白そうだ。ドアから見ていた男はエントランスへと向かい、受け付けに話しかける。
「やあ、どうしたんだい」
「あなたですか……あのですね、この子が車両に取り付けるランプを売ってくれって」
「ランプ? なんでまたそんなものを?」
子供に顔を向ける。そこで男は内心驚いた。子供、確かに子供だ……ただし全身がロボットのような見た目だった。
(仮装……いやコスプレか? 最近の子供の流行りは分からないな)
男がそんなことを思っているなんて露知らず、子供のサイボーグは質問に答える。
「神さまからのおつかいですよ。指定されたものを五つ買ってこいっていう」
「神さま⁉」
エントランス中に響くような声で男が叫んだ。あちゃーと受け付けが顔を覆う。男のそばにいた女も目を丸くしていた。
「それは本当かい⁉ 神さまって⁉」
「本当ですって。誰も信じてくれないでしょうけど」
「信じるよ!」
食い気味に男が答える。受け付けと女がうさん臭そうな目で見ていることに男は気付いて、
「……ごほん。そのことはともかく、どうやらこの子はFIBの重要かつ大切な備品を買いたいなどと言う、怖いもの知らずの不届き者のようだ。この僕自ら、みっちり説教してやるよ」
「「ちょっと」」
ハモりながら言う二人には構わずに、男は子供サイボーグの背中を押して、さっき自分がいた部屋へと向かった。
ため息をついて、女が受け付けに言う。
「あの人のことは任せといて。暴走しないように見張っておくから」
「よろしくお願いします」
子供サイボーグと男が部屋に入り、女も後に続く。女がドアを閉めたのを確認して、男が子供サイボーグに開口一番、
「それじゃあ聞かせてくれないかな、その神さまのおつかいっていうのを」
(やっぱり……)
分かっていたこととはいえ、女はやれやれと首を振った。
その後しばらくの間、子供サイボーグは説明する。『神の代理戦争』について。今回の戦いと、そのルールについて。自分の素性、どういう存在なのかについても。
一通り聞き終えて、男が興奮した様子で女に振り返る。
「聞いたかい! やっぱり神さまや異世界、ひいては超常現象は存在したのさ」
「はいはい」
本当なわけないでしょう……その子供に担がれているだけなんだから……。
女はそう思うが、口には出さない。そう言ったところで、男が聞く耳を持たないと思ったからだ。
想像以上にハイテンションになる男に面倒くさくなって、子供サイボーグはさっさと用件を切り出すことにした。
「説明は終わりです。それでさっきの話に戻りますけど、ここにあるランプを売ってくれませんか。言い値で買いますんで」
「それくらいお安いごようさ。なんならタダであげるよ、こんな素敵な話を聞かせてくれたお礼にね」
「タダはダメなんです。『手に入れる』ことじゃなくて、『買う』ことが勝利条件ですから」
「ああ、そうだったね、それなら一番安い値段で……」
「ちょっと」
女が口を挟む。
「天下のFIBが備品を売るなんてもってのほかよ。それも子供に。このことが上にバレたら」
「固いこと言うなって。これも人助けさ、人助け」
しかし子供サイボーグは女の言うことにも一理あると思ったのか、
「すみません、無理言って。買うといっても、すぐにお返ししますんで」
「え、そんなのアリなのかい」
男の問いに、
「多分。ルールはあくまで『買う』ことで、そのあとにどうするかまでは指示されてませんから。返すのも捨てるのも、なんなら壊すのも自由だと思います」
「へえ、そういうものなんだね」
納得の声を出したあと、男は部屋の中をひっかきまわして備品のランプを持ってくる。
「でも、売るっていっても、個人との取引の場合はどうするのかな。店やネットショップでのやり取りは指示されていたみたいだけど」
「あ、そういえば、そうですね」
初めて気が付いた様子の子供サイボーグ。男もランプを手にしたまま、所在なさげだ。
そんな二人に、女が口を挟む。
「アプリを使ったら? 携帯端末に入ってる、カード決済アプリ」
「あ、その手があったか。さすが君。……って、アドバイスしていいのかい、君が」
女はFIBの売買に反対していたのに。
「どうせできないに決まってるからよ。神さまなんていう、よく分からないものが用意したカードなんてニセモノなんだから、使えるわけ……」
アプリにエラーが起これば、この男も目を覚ますだろう。
「どういうふうに使えばいいんですか、これ」
「えーとね……ここにカードに記載されてる名前とパスワードを入力して……ここに金額を……で、振り込み、っと」
「それだけでいいんですか。便利ですね」
「これは僕の端末のアプリだからね。僕の口座番号はすでに登録されてるから、簡単にできるのさ」
「へえ。それじゃあこれで購入完了です。ありがとうございます」
「いやいや、どういたしまして」
「……⁉」
女は目を見開いた。
男が子供にランプを手渡そうとする。
「はい、じゃあこれ」
子供サイボーグは一応受け取ったが、すぐにテーブルの上にそれを置いた。
「さっきも言いましたけど、『購入』が済んだので、もうこれは私には必要ありません。返却しますね」
「ふーん、そういうものなんだ。まあ、君がそう言うのなら別に僕は構わないけど」
二人のやり取りを、女は信じられないといった、間の抜けた様子で眺めていた。
子供サイボーグが頭を下げる。
「それじゃあ私は次のものを買いに行きます。本当にありがとうございました」
男が尋ねた。
「あとは何が残ってるの?」
「あとは二つですね」
「二つ?」
「はい。最初に食パンを買って、次に炭酸飲料、それで三つ目がここのランプです。残りはこのリストの中から、買えそうなのを選ぶつもりです」
「見せてくれるかい」
子供サイボーグは男に『お買い物リスト』を渡す。上から下まで見て、男は驚きの声を出した。
「なんだこりゃ⁉ 『天使』や『魔法』⁉ おまけに『タイムマシン』に『記憶を消す機械』に『滅亡した世界』だって⁉ こんなの売ってるわけないじゃないか⁉ 一番マシなのがこの『対戦相手の部屋の黒曜石の球体』くらいだぞ⁉」
子供サイボーグに目を向ける。
「どうするつもりなんだい⁉」
「そうですね……とりあえず、黒曜石の球体でも買いに行こうかなと。それが一番現実的だと思いますから。……誰から買えばいいのかは分かりませんけど」
「…………」
リストを返してもらって、子供サイボーグは部屋から出ていこうとする。その背中に、男は言った。
「僕も手伝わせてくれないかな」
「え」
「いいだろう? 黒曜石の球体を買うっていっても、その部屋がどこなのか分からないんじゃないかな」
「それはそうですけど……」
「FIBの情報網を駆使すれば、それが分かるかもしれない。少なくとも君一人よりは、僕も連れてってくれた方が早く買えるようになると思うよ」
「…………」
考える素振りをする子供サイボーグ。
女が男の肩をつかんで、小さな声で言う。
「ちょっと、どういうつもり?」
「聞いていただろう、そういうつもり」
「じゃなくて。何を企んでるの」
「企んでるなんて人聞きが悪いな。僕はただ確かめたいだけさ。この子の言う『神の代理戦争』の行く末っていうやつをね」
「……。まだ信じてるの?」
「少なくともカードは本物だった。それに」
少年の頃に戻ったような瞳で、男が言う。
「買い物リストに『天使』や『魔法』や『タイムマシン』が載ってるってことは、この世界にはそれらの『超常現象』が存在するかもしれないってことになるだろ。神さまはそれを買ってこいって指示したわけなんだから」
「……信じられない」
考えがまとまったらしい子供サイボーグが男に言う。
「そうですね、あなたの言う通りかもしれません。それじゃあ短い間ですが、よろしくお願いします」
「それは良かった。こちらこそよろしく!」
子供サイボーグと一緒に出ていこうとする男に、女も声を上げる。
「ちょっと待ちなさい。私も行くんだから」
「これは珍しい。君ともあろう人が、超常現象を信じるなんて」
「逆よ。そんなのないってことを確かめるために行くの。それに私がいなかったら、誰があなたの暴走を止めるの?」
「こりゃ手厳しい」
そんなこんなで新たに二人の仲間を加えて、子供サイボーグのヴェーダは再び夜の街へと出発した。
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