(約3200文字) その八 勝利のための決意――【巫女】と【怪物】 【終】


 実際に応酬を繰り返して、黒焦げは巫女の能力にアタリをつけていた。

「ギャハハハハ! ニンゲン操れる以外は特にネエんだろ! 落ちて脳ミソぶちまけやがれ!」

 吹き飛ばしの頂点に達して、一瞬の浮遊感、そして続く落下、頬や全身をなでていく空気の流れと増していく速度。

 恐怖はある。この高さから落ちれば、まず命は助からないだろう。しかし取り乱すことはしない。そのような行為は見苦しく、浅ましく、みっともない。思い描く理想の姿からは程遠い。

 ――私はデストリエルさまの巫女なんだから――

 少女は静かに目をつむり、流れのままに身を任せる。耳だけは澄まして。

 そして。轟々と鳴る落下と風の音の中に混じって、ソレは聞こえてきた。

 地上で、まだ頭がグラグラするなかノロノロと立ち上がっていた黒焦げも、ソレに気付く。

「……ナ……ッ⁉ アレは……⁉」

 少女は目を開けて、音が聞こえてきた方に視線を向ける。口元にかすかな、そして不敵な笑みを浮かべて。

「やっときたわね」

 ソレはプロペラ機。型式は古く、複座式で、この都市の中でも貴重な機体。

 万が一の事態に備えて、念には念を入れていた、おそらくこの都市の中で最高最大の戦力兵器。隕石を落とされたときにはどうなることかと思ったが、なんとか動けて、間に合ったらしい。

 プロペラ機が少女へと近付き、後部座席から縄梯子が下ろされる。それをつかむと、すぐさま引き上げられていく。乗員に言う。

「パラシュートは?」

「あります」

 受け取って。

「それじゃあ、あなたたちはあいつを殺して。……分かってるわね」

「イエス・マム! デストリエルさまの勝利のために、この命に代えても!」

 乗員が敬礼する。

 少女が縄梯子から手を離した。それと同時に、プロペラ機が地上にいる黒焦げへと迫っていく。

「ザッ……ケンジャネエエエエ!!!!」

 機銃が乱射された。とっさに鎧を身にまとおうとして……魔法陣の展開が途中で中断される。

 魔力が底を尽きかけているのだ。いままでのマフィアたちとの攻防、および既存魔法の応用によって。一番は、新たな魔法の開発かもしれない。

 結果。鎧は半身だけにとどまり、残る半身に弾丸の雨が突き刺さる。

「ガアアアアああああ!!!!」

 噴水のような血しぶき。無数の傷と痛みによって身体の熱が急激に高まり、そして失血により急激に冷えていく感覚。

 あのプロペラ機を野放しにしておけば、黒焦げの勝利はほとんどゼロだろう。遠ざかり、再びこちらへと旋回する機体に、黒焦げは刀を手にして大きく振りかぶる。

「ジャマすんじゃネエエエエ!!!!」

 刀を投擲する。その後ろに小さな魔法陣を展開して、最後の魔力を振り絞ってわずかな風のブーストを巻き起こす。刀の切っ先がプロペラに突き刺さり、回転が急停止した。……が、機体はその動きと速度を緩めない。

 ――命に代えてもデストリエルさまと、かの巫女に勝利を! ――

 乗員はすでに覚悟を決めていた。

 猛スピードで、プロペラ機が地上の黒焦げへと突っ込んでいった。


 地を揺るがすような衝撃。耳をつんざくような爆発。目を焼くような炎上。

 それらの光景を、パラシュートで降下しながら、金髪の少女は冷静な瞳で眺めていた。

 地上へと着地し、パラシュートを離す。身体はまだ帰還の光に包まれていない。すなわち……。

 ホルスターから拳銃を取り出したとき……炎上のなかから小さな何かが高速で飛び出してきて、少女の身体を撃ち貫いた。

「かは……」

 わずかに吐血する。見下ろすと、胸の辺りに血がにじんでいる。傷の大きさからして、弾丸か。

「……アタッタみてえだナ……」

 乗員が持っていた弾丸を投げ飛ばした。残りカスのような風のブーストを加えて。

 煌々と燃え上がる炎上を背にして、原形をとどめていない魔人――いや、もう怪物と呼んだほうが正しいかもしれない――が、膝をつく少女へと、片足を引きずりながら歩いてくる。

 その姿は黒焦げで、そのうちの半身は機銃乱射によってボロ布のようにズタボロだった。片目はつぶれて、白くカルシウム質のものが覗いている箇所すらある。

 生きて動いていることが信じられない。

 アレはもう、人智のおよばぬ生命力を備えた、ナニカだ。

 近付きながら、落ちていた銃剣を怪物が拾い上げる。さっきまで少女が使っていて、上空に放り投げられた際に手放してしまったものだ。

 怪物が近付いてくる。それが分かっているのに、身体に力が入らない。胸の傷はギリギリ心臓には当たらなかったみたいだが……このままではいずれ命が尽きることは自明の理だった。

 そばに落としてしまった拳銃を拾おうとするが、手が震えて拾えない。こうしている間にも、怪物は一歩、また一歩と、歩みを緩めない。

 絶望と敗北へのカウントダウン。

「……そろそろ終わりにしようヤ」

 少女から少しだけ離れた場所で、怪物が立ち止まる。用心のためと、この距離からでもショットガンの射程圏内に入ったから。

 怪物が銃口を金髪の少女へと向ける。

「……なめんじゃ、ないわよ……!」

 少女は力の入らない手で、拳を握る。奥歯をかみしめようとする。

 だが……この怪物に勝つ手段は、もうない……。


――この怪物に勝つ手段は、もうない……? ――


――本当に……? ――


――私は誰? ――

「……死ぬ前に最後に聞いておこうかしら。あんたの名前は?」

――私は高天原唯たかまがはらゆい。MDCの代表取締役社長――

「ギャハハハハ……! 言うと思ったのか……!」

――私はなに? ――

「……そ。期待はしてなかったけどね」

――私はデストリエルさまの巫女――

「ナンダア? 時間稼ぎのつもりか? カカカカ、ムダムダ!」

――デストリエルさまの権能によって、ニンゲンどもを屈服させることができる――

「時間稼ぎ? その必要はないわ。だってもうすぐ終わるもの」

――たとえ相手が誰であれ――

「アア、ソウだな、俺の勝……」

――魔人だとしても……! ――

「私の勝ちでね」


 デストリエルの巫女が金色に輝く鱗粉に包まれ、その背後に後光が差す。

 ゆっくりと、残された力を振り絞って、巫女が立ち上がる。その顔は覚悟と決意に満ちている。背後の後光が徐々に何かの形を取り始めた。

 それこそが、彼女が崇敬する天使――デストリエルの姿。

「クソが! なにする気か知らねえが、させねえゼ!」

 怪物が引き金にかけた指に力を込めようとした瞬間。

「『やめなさい』」

 巫女が発した言葉で、怪物の動きが停止する。

「ナ……ッ⁉」

 怪物の目が驚愕に彩られる。

 巫女が怪物へと手をかざした。

「『デストリエルさま、私に残された寿命のすべてを捧げます。このモノに、死を』」

 天使の権能の行使に必要なのは、巫女自身の寿命。

 胸の傷によって、どちらにしろ自分はもうすぐ死んでしまう。

 ならば……本来生きられるはずだった残りすべての寿命を差し出して、目の前にいる怪物を、殺す。

 たとえ巫女の命令に反逆できるようなモノだろうとも……数年数十年単位の寿命のすべてを捧げた『天声』に逆らえるモノなど存在しない……!


――要は、たとえコンマ数秒だとしても、自分が死ぬより前に、相手が先に死ねばいいのだから――


 怪物が、手にしていた銃剣の先を自分へと向ける。

「ザ……ッケンジャ……ネエエエエェェェェ!!!!!!!!」

 その剣先を、自分の心臓へと突き刺した。


 怪物が血の海へと落ちる。

 魂の消えた残骸を見下ろす少女が、帰還の光に包まれていく。

「……まさか、この私、高天原唯をここまで追い詰めるなんてね……でも、今回の戦いは……私の……」

 少女が膝をつき、羽毛が落ちるような音を立てて、地面へと崩れていった――


――そして少女と怪物の身体は元いた世界へと還っていった――


【神の代理戦争】

【VS:高天原唯】

【ダイス:④➏】

【戦名:『こうそう』】


『高天原唯とボーイ――両者死亡。

 ただし、数秒早くボーイが死亡したため、戦闘ルールに則り、今回の戦いは――


【勝者:高天原唯】』




【終】





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る