(約2500文字) その七 対峙
雨。
それまで雲一つすらなかったはずの空なのに。
最初のルール説明のときには言われなかったが、この都市は砂漠の中心に存在している。いまは広大な草原に変貌しているが。
なのに、雨。
一年に何度あるか、もしくは数年や数十年に一度ほどしかないかもしれない……豪雨。
そんなことあるのだろうか。巫女と魔人が戦っている、いまこのときに。
スコールだとしても、信じがたい。
「これは……⁉」
巫女が疑問のつぶやきを漏らしたとき、唐突に雨がやんだ。
そして気付く。視界の先に、真っ黒な何かが突っ立っているのを。それがしゃべる。耳障りな声で。
「…………よお。やっと引きずり出してやったぜ、対戦相手サマよお……!」
傘を放り投げて、金髪ツインテの少女は拳銃を構える。照準は黒こげの胸元に。すかさず撃つ。
黒焦げが手にした何かで弾丸を防ぐ。人間……マフィアだった。目を見開いた死に顔の額に、小さな黒い穴。
「シェルターとかっていうやつか、まさか地下室があるなんてナア。そこからこいつらを通して、俺の様子を監視してたってわけダ」
もう一発。二発。三発。続けて撃つが、さっきと同様に人間の盾で防がれる。小さな黒い穴が無駄に増えただけだった。
(動体視力と、反射神経は並外れてるってわけね。腐っても、いえ、黒焦げになっても魔人ってことかしら)
もはや元々の顔や姿がどのようなものだったのかすら分からないモノに、少女は尋ねる。
「一応、聞いておこうかしら。この草原と、さっきの雨は、あんたがやったものかしら」
「俺が答える親切者に見えるのカア」
「……。ま、期待はしてなかったけどね」
魔人が説明しなかったので、補足する。
草原についてはすでにご存じの通り、イグサを生やす『ラッシュフィールド』。
そしてもう一つ、黒焦げが降らした雨こそ、高熱の炎に巻かれて死に瀕した瞬間に編み出した、新しい魔法。もちろん。これも『ござ魔法』の派生の一つだ。
光合成と同じように、植物には『蒸散』と呼ばれる、植物ならでは機能が存在する。
魔人はこの蒸散を利用して、水の塊を作り出し、取り巻く炎を消し去った。マフィアが言っていた球体がこれだ。
その後、地下シェルターに隠れている対戦相手を引きずり出すために、豪雨を降らした。具体的な場所までは分からなかったので、都市全体が冠水するほどの量によって、少女自らが外に出てくるように仕向けて。
またこの冠水の狙いは他にもあり、倉庫などに備蓄されていたダイナマイトなどの爆薬は、ほとんど役に立たなくなった。
なぜ最初にイグサの草原を展開したのか。その理由は、現状ではまだ『水』そのものを直接生成するための魔法陣を描けなかったから。だから、先にイグサを展開して、『蒸散』による『水生成』という順序を踏まなければならなかった。
名付けるとするならば……『ハイドロ』だろうか。
いまこの瞬間、巫女と魔人は対峙した。
やはり『神の代理戦争』において、敵同士の相対による直接対決は、避けることのできない宿命にあるようだ。
金髪ツインテの少女はマリンブルーの瞳と銃口を向けて。
対して黒焦げの魔人は盾をつかんだまま不気味な笑みを広げて。
しばしの静寂。沈黙。無風。動くものは何もない、ワンシーンの絵画として切り取ったような、一騎打ちの決闘。
……。
…………。
……………………。
そして。
廃墟と化した都市が流した涙のように、対峙する二人の間に建つ建物の瓦礫が落下していき、地面に衝撃音を響かせた――
少女がショットガンを構えて引き金を引く。黒焦げは盾でそれを防ごうとするが、強力な弾丸はマフィアの身体を粉々に粉砕し、魔人の身体を捉える。
「ハッ! アブネエ!」
とっさにもう片方の腕に金属の手甲をまとわせて、防ぐ。続けて少女が連射するが、それらを手甲で弾き飛ばしながら、黒焦げが巫女へと高速で迫る。
ショットガンは撃ち続けたまま、瞬時に手にしていた拳銃を放り投げて、代わりに腰から手榴弾を取り外し、口でピンを引き抜いて黒焦げへと投擲する。
「バカが! きくかヨ!」
黒焦げが手をかざし、水の球体が出現して手榴弾を飲み込む。
「バカはあんたよ」
「……⁉」
ダイナマイトなどの爆薬と違い、手榴弾には水中でも爆発するという特徴がある。
爆発。水しぶき。
が。黒焦げは止まらない。
「ハッ! だからドウシタ!」
爆発が起きる一瞬だけ兜を生成して頭部を守り、ダメージを最小限に抑える。そして兜を消して、勢いを緩めない。
「……!」
「まとえ! メタライズ!」
果物ナイフを刀へと変化させ、黒焦げが斬りかかる。
とっさにショットガンを横向きにして、少女はそれを受け止める。コンマ数秒の押し合いをしたあと、まるでダンスをするような流麗な足取りで、巫女は距離を取る。
黒焦げが距離を詰めようとする前に、トリガー近くのボタンを押す。改造機構が作動して、銃口の先に軍用ナイフが取り付けられる。
漆黒の刀と改造銃剣による幾多の応酬。数多の斬撃、刺突、銃撃、防御、爆撃、回避。
純粋な腕力では黒焦げの方が上だった。だが、これまでのダメージおよび疲労の蓄積によって動きに鈍りがあったのもまた確か。
黒焦げが横に薙いだ切っ先を銃剣の腹で受け止めて、少女が原形をとどめていないあごを蹴り上げる。
「ガ……ッ……⁉」
その蹴りは頭の中心を貫き、黒焦げは刀を手放して地面へと崩れ落ちる。脚力は華奢な少女のもののはずなのに、立ち上がれない。頭がグラグラする。視界が揺らぐ。
脳震とう。金髪の少女は的確にそれを引き起こす部位を攻撃したのだ。
「これでトドメね」
やっと終わる。短かったようで長く感じた戦いのときが。
時間にすれば、おそらく戦闘開始から十数分も経っていないかもしれない。
マリンブルーの瞳で見下ろしながら、金髪の少女がショットガンの銃口を黒焦げの頭部へと向けた。
その引き金が引かれようとした、刹那。
「……テメーがナ……ッ!」
黒焦げが邪悪な笑みを浮かべた顔を上げた。地面につけた手元には、一つの魔法陣。
「『グランドエッジ』!」
少女が立つ地面が隆起し、そこから生えた巨大な岩の塊がその身体へと衝突して、
「……っ⁉」
デストリエルの巫女を空高くへと持ち上げた。
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