(約1500文字) その六 草原。雨。地上。
――
(勝ったわね……)
魔人は燃えた。たとえどんなに耐久力が高くても、身体に直接火をつけられて生きている生き物などいないだろう。
金髪ツインテの少女は目の前にある通信機器に口を近付ける。
「どう、完全に燃えたかしら」
『はい。やつの身体は完全に炎に包まれて倒れました』
「そう。でも一応念のために、トドメを刺しておいて」
『了解しました。部下に命じます』
通信機器。いまではトランシーバーやウォーキートーキーと呼ばれているそれらよりも、さらに古い型式の通信機材が、金髪の少女の目の前にいくつも並べられている。
歴史上には、遠くに住む人間を監視する役割を持った者たちが、かつて存在した。
それこそが、王の目や王の耳と呼ばれていた者たち。
金髪の少女が魔人を監視するためにちりばめさせたのは、まさにこれと同じこと。携帯式の通信機器を持ったマフィアたちに魔人を監視させ、その動向や言葉を逐一報告させていたのだ。
金髪の少女は『デストリエルの巫女』と呼ばれる存在。だから、これらの監視は、さながら『巫女の目』、『巫女の耳』といったところだろうか。
通信機器の向こうでマフィアが部下に命じている声が聞こえてくる。もう少し、あとほんの数秒で、自身の勝利が確定する。
油断をすべきではないと分かってはいるが、さすがにこの状況をひっくり返される可能性はほとんどないだろう。
金髪少女の口元がかすかにほころびかけた……そのとき。通信機器の向こう側から、不可思議と驚愕に満ちた声が響いてきた。
『な、なんだこれは⁉』
少女の顔に緊張が戻る。
(まだ、だっていうの)
しぶとい。しつこい。さすがにもううんざりだ。
「なに? なにが起きたの?」
『草原です!』
「草原?」
『はい! 辺り一面に草原が広がって……あ! なんだ、あれは、いったいあれはなんだ⁉』
「今度はなに?」
『やつの身体の上になにかの球体が……な⁉ 信じられない⁉ まさかそんなことが⁉ う、うわああああ!』
「なにが起きてるの? ちゃんと説明しなさい」
『……ザザザザーーーー…………』
マフィアの声が途絶え、機器の向こうでノイズが満ちた。一つだけでなく、目の前に並べたすべての機器が同様に砂嵐を伝えてくる。
(よくは分からないけど……なにかが起きたことは確かね……)
そしてそれは、確実に魔人に由来している。すなわち。
(やつはまだ生きている……!)
通信機器が機能しなくなった以上、自分が表に出る必要があるだろう。少女はホルスターを身に着けて、壁にかけられていた銃をそれにしまっていく。拳銃だけでは不安なので、ストラップ付きのショットガンも手にして、首からかける。爆薬も忘れずに。
(とにかく、なにが起きたのか確かめないと)
部屋の扉へと向かおうとしたとき……部屋の隅に、それまでなかったはずの黒ずみを発見する。
(……なに?)
瞬時にホルスターから銃を抜いて構えながら、その黒ずみに目を凝らす。
徐々に黒ずみが広がっていく。いや、それは黒ずみは黒ずみだが、より正確にいうならば、水漏れといったほうが正しいだろう。水道管が破裂したのだろうか、どこからか水が漏れて、部屋の隅にシミを作っていっているのだ。
そして水漏れは部屋のいたるところから起き始め、ついには天井から雫が滴り落ちてきた。徐々に量が増えて、次第に雨のようになっていく。
(これは……まずそうね)
銃をホルスターにしまい、室内が大量の水で満たされる前に、少女は階段へと駆けた。ついさっきまで雨など降っていなかったはずなのに、明かりが垂れ下がる通路の天井からは、轟々とした雨音が聞こえてくる。
階段の手前に転がっていたホコリまみれの傘を、走りながら拾って、階段を上り、その先にある扉を押し開けて、巫女の少女は外へと出た。
――それまで自分がいた『地下』から、『地上』へと――
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