(約2400文字) その二 渦巻く疑問
銃弾の雨に吹き飛ばされて、ウェイター服の男はガラス窓をぶち破って通りへと転がり出る。
「クソが……ッ! イキナリ何しやがる!」
両手両足や胸部、腹部などに鈍色の金属をまとうことによって、銃弾の雨は防ぐことができた。すぐさま体勢を立て直す。硝煙が立ち込める先、いまもまだ銃口を向けているであろう彼らへと、ボーイは手をかざす。
その手のひらに魔法陣が展開されようとしたとき、道の左右に何人もの人間が姿を現した。皆一様に、手に銃火器を握っている。
「⁉」
「「「「デストリエルさまに栄光あれ!!!!」」」」
全身鎧化することによって、弾丸を防ぐことは簡単だ。しかし身体が重くなってしまい、動きが鈍くなってしまう。その間に応援を呼ばれたら、さらに面倒なことになるだろう。
「チッ!」
だから、ウェイター服の男は両手を左右に広げた。周囲に暴風が巻き起こり、ホテルの中にいた連中も含めて、銃火器を手にした者たちをまとめて吹き飛ばす。
暴風を止めて、ボーイは周囲を見回す。早いとこ、こいつらに命令しているやつを見つけ出して殺さねえと……! そいつはいま自分がいる場所とは反対側、都市の中心を通るバリアの向こう側にいるはずだ。
都市に住んでいる連中がバリアのことを当たり前のように認識しているということは、それは透明ではなく、『目に見える形』として張られている可能性が高い。
禁酒法時代を彷彿とさせる都市だからか、視界を遮るような高い建物は数が少なく、だからこそ、すぐに見つけることができた。首を巡らした視線の先、きれいな銀色に輝く壁のようなものが、都市のド真ん中を通っていた。
「アレか……ッ!」
銃火器を持った連中が来る前に、ボーイはそのバリア目指して走り出す。自身の魔力を総動員して破壊するために。……と、そのとき。
魔人の視野の隅に、きらりと光る何かが入り込んだ。直後、風を切るような音とともに、ボーイのこめかみを衝撃が撃つ。
「ガ……ッ⁉」
直撃する寸前に、長方形でそれなりの厚さがある金属を出現させることで、撃ち抜かれることは防いだ。レンガが敷かれた地面に、金属質の音を立てて何かが落ちる。銃弾だった。通常の拳銃に使われるものよりも、いくらか細長い。
それが何かを認識した直後、またも視界の隅に光が映る。今度は一つではなく、いくつもの。
風切り音が聞こえるほどの高速の弾丸。暴風ですべてを吹き飛ばすのは難しいだろう。金属の板も衝撃でへこむため、一発ならまだしも複数発は耐えられそうにない。
「ザッケンジャ……ネエ!!!!」
取り出した果物ナイフを刀へと変化させる。それを振り回して、迫りくるライフル弾を弾き落としていくが……完全に弾くことができなかったり地面やレンガ壁にぶつかって跳弾したものが、ふとももや肩を撃ち抜いていく。
「ガ……ッ!」
よろめいた魔人に、ライフル弾の雨が降り注ぐ。こうなってはもう、鈍くなるから使いたくないなどと言っている場合ではない、ボーイの身体に魔法陣が展開された。身にまとった鎧で、ライフル弾の雨をすべて防ぎ切る。
「お返しだゼ!」
足元に魔法陣を展開させて、地面に転がった大量の銃弾を風で浮かばせると、その風を推進力にして高速で撃ち出した。それらを撃ってきた者たちへと。
「あがっ」「いがっ」「うがっ」「えがっ」「おがっ」…………。
何人もの人間が建物の窓や屋上で倒れ、あるいは固い地面に落ちていく。
これでこの付近のスナイパーたちは片付けたはずだ。
鎧を解こうとしたとき、物陰から何者かが飛び出してくる。口元にスカーフを巻いて顔を隠したその者が、サバイバルに使われるような大きく鋭い軍用ナイフを閃かさせて、ボーイへと斬りかかる。
「クソが……ッ! 次から次へと……ッ! ハイエナかテメーラ……ッ!」
暗殺者のようなその人物の斬撃は鎧によって防ぎ、ボーイは手にした刀で反撃していく。刀と軍用ナイフの応酬、武器の点では魔人の方に分がありそうだった。
……が、いかんせん鎧が重い。ボーイの動きは鈍くなりがちで、振るった斬撃は簡単にかわされるか受け止められてしまう。両者、決定打に欠ける攻防が繰り返されている中……。
『何してるのよ。目や鼻を狙いなさい。あと関節を』
三度目のアナウンスが響き渡った。今度は都市にいる住人全員に対してではなく、明確に、いまボーイが剣戟を繰り広げている『暗殺者』へと。
指示通り、暗殺者の斬撃が目や鼻、関節部へと集中されていく。
「グ……ッ」
鎧によって動きが鈍くなっているボーイには、それらすべてをさばくことはできなかった。
目だけはかろうじて防げているが、身体各部の関節が徐々に斬り刻まれていく。こうなってしまっては、もう鎧はただ邪魔なだけで、重りでしかない。
襲い掛かる斬撃の嵐に身をさらされ、命の危機に直面する魔人。しかしそれ以上に、ボーイの脳裏には不可解な疑問がよぎっていた。
(こいつに命令しているクソヤローは、俺のことを見てやがるのか……?)
――
殺風景な壁が周囲を取り囲み、『窓』の一切ない部屋の中。
持ち込んだ安楽椅子に優雅に腰を沈ませながら、金髪ツインテの少女はつぶやいた。
「やれやれ……今回の戦いは楽で良かったわ。バリアで私の身の安全は保障されているし、こうして私の得意な『命令』だけしていればいいんだもの」
戦場に指定されたこの都市が、マフィアや暗殺者、悪徳警官などの悪者のたまり場だったのも幸運だった。住人の多くが戦いのプロだし、武器も豊富にある。巫女としての力を使えば、労せずして勝利をつかめることは疑いようもなく間違いない。
(まあ、マフィアとかがいなくても、住人全員に命令して殺させるけどね)
高級そうなティーカップに芳醇な香りの紅茶を入れて、マリンブルーの瞳の少女は上流貴族のように、優雅にそれを口にする。
あとはただ待つだけだ。
約束された『勝利』が訪れるのを。
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