(約1700文字) その七 終結――【悪魔】と【魔人】 【終】


 ……。

 …………。

 ……………………。


 気が付いたとき、辺りは無音だった。

 倦怠感の残る身体を起き上がらせると、周囲に霧のようなわずかな砂ホコリが舞い上がる。

 振り返ると、砂礫にまみれてはいるものの、内部電源を備えているガチャ端末は画面を表示していた。

 天上を見上げると、円形に縁取られた青々とした空が広がっていた。

「……どうやら……なんとか守れたみたいだね……」

 つぶやいたとき、不意に声が掛けられた。

「お客さま。せっかくお越しいただいたのに、誠に申し訳ありません。当カジノはこのようなありさまとなってしまっておりまして、あちらのガチャを除き、復旧まで各種ギャンブルはできなくなってしまいました」

 見上げると、立派な服を着た男性が立っていた。

「きみは?」

「私は当カジノの総支配人でございます。前任者が不慮の事故で死亡してしまったので、急遽、新しく就任いたしました」

 不慮の事故……なるほど、この戦いは確かに、カジノ側から見れば不慮の事故。もしくは災害だ。

「そうかい……きみが……」

 声に魔力を込める。

「教えてくれないかな。あのガチャは、イカサマをしているね」

 新しい総支配人が、瞳から光を失わせて答える。

「……はい。所持チップが多い場合、最上位レアは出ないように設定しています」

「やっぱりね。それじゃあ命令するけど、そのイカサマ設定を消して、次に回したときに最上位レアが出るようにしてくれたまえ。それもチップ消費はなしでね。イカサマしてたんだから、これくらいの融通はいいだろう?」

「……かしこまりました」

 ポケットから携帯端末を取り出して、新総支配人がなにやら操作する。

「……ご命令通り、設定し直しました。どうぞガチャをお楽しみください」

「ありがとう。それじゃあ、そろそろこの戦いを終わりにしようかな……」

 つぶやいたとき、

「…………ギャハハハハ…………!」

 耳障りな哄笑が響き渡った。

 振り返ると、ガチャ端末の前に、一人の男が腹ばいになって、一枚のカードをかざしていた。

「……やった……ッ! ……当ててやったぜ……ッ! ザマーミヤガレ……ッ!」

 豪華で盛大なファンファーレがガチャから奏でられ、可愛らしいイラストとボイスが表示される。

「……俺の勝ちだ……ッ! ……クソウサギ……ッ!」

 全身ボロボロになりながら、勝利の笑みを浮かべて、男が指を突き付けてくる。

 しかし慌てない。騒がない。急がない。焦らない。困らない。取り乱さない。

 自分は『悪魔を冠する存在』なのだから。

 他の野蛮な悪魔たちと違って、『叡智を備えた存在』なのだから。

 だから。

 小さくて華奢で可愛らしい白ウサギの姿をした、悪魔メフィストフェレス・フェアヴァイレドッホは、静かに、冷静に、落ち着き払った声で言った。

「よく見てごらん。そのカードの『名義』を」

 男がカードを裏返す。そこに書かれていた名義は、悪魔の白ウサギの名前、そのものだった。

「……⁉」

 悪魔と魔人の姿が淡い光に包まれていく。勝敗決着後の帰還の光だ。

「きみが隕石を落とす前に、保険と言っておいただろう。僕は自由自在に存在を消して、誰にも気付かれないで行動できる。こっそりと、きみのカードと僕のカードを入れ替えておいたのさ。こういうときのためにね」

「……クソ……ウサギがアアアアああああ……ッ!!!!」

 男が手をかざす。魔法陣が浮かんだが、それも一瞬で、霧が広がるように消えてしまった。

「無駄だよ。きみの魔力は、さっき全部使い果たしたんだから」

「クソがクソがクソがクソがアアアアああああッ!」

 拳で地面を殴りつけて、男が声の限りに絶叫する。むなしくこだまするそれを最後に、男の身体は光に包まれて完全に消えていった。

 同時に……。

「僕は『囁きの悪魔メフィストフェレス・フェアヴァイレドッホ』。めっふぃ、って呼ばれてる。この戦い、そして叡智を競った知恵比べは、僕の勝ちだ」

 そして、元いた世界へと帰還していった。




【神の代理戦争】

【VS:囁きの『メフィストフェレス・フェアヴァイレドッホ』】

【ダイス:②➎】

【戦名:『がちゃ』】




【勝者:囁きの『メフィストフェレス・フェアヴァイレドッホ』】




【終】


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