(約2400文字) その六 紅に染まる世界


 白の山がバラバラになり、中に埋まっていた全身火傷の男が見えてくる。

 白ウサギの一匹が近付いて、言った。

「こうなってもまだ生きているとは……さすがは魔族なだけはあるね。でも、もう動くことはできないだろう?」

 ウサギが男の顔を覗き込むが、片方の眼球は熱によって水分が蒸発してゆで卵みたいになっていた。もう片方の瞳はギリギリゆで卵にはなっていないが、見えているのかどうか、焦点が合っていない。

「とはいえ、何をするか分からないやつみたいだからね。一応、保険として、きみの会員カードを取り上げておくよ」

 カードを取り上げるために、白ウサギが男の服に手をのばそうとしたとき、魔人がかすかな笑い声を出す。不審に思った白ウサギが、

「何がおかしいんだい?」

 尋ねた悪魔に、魔人が答えた。熱に焼けた喉から、かすかな声を出して。

「……敷石って……知ってるか……」

「……。それがどうかしたのかい」

「……俺の魔法は『ござ魔法』……ござや敷物にちなんだものを作れる……敷石だって作れる……石、岩、砂……それが石ならどんな大きさでも……」

「…………。岩石でガチャを壊すつもりかい。その程度の大きさなら、大量の僕がクッションになって……」

 瀕死の魔人の口元が、見る者をゾッとさせるような、不気味な形にゆがんだ。

 そして、言う。

「……『隕石』だって……石なんだぜ……」

「……! まさか……っ⁉」

 このとき、やっと魔人の言葉の真意を悟った悪魔が、天上を見上げた。

 カジノ施設が崩落し、口を開けている地下空間の頂上部。確かにさっきまでは青々とした晴れた空が見えていた。

 しかしいま、その青空を裂くようにして巨大な隕石が、地下空間へと降り注がんとしていた。

 魔人が使ったのは『グランド』という魔法。

 魔法の特性は、男が話した通りなので割愛する。

 一口に隕石といっても、内部を構成する成分によって、いくつかの種類が存在する。魔人がいま降らせたのは石質隕石だった。

 いくら無数の自分を呼び寄せられるとはいえ、しょせんはただの白ウサギ。

 四つに割れる口にある歯では、岩石は削れないし、たとえ削れるとしてもかなりの時間が掛かる。

 カジノの床を壊したときのように、コロシアムの武器や鉄骨などでの破壊は……隕石が止まった状態ならば、できるかもしれない。しかしこの隕石は動いている、落下している、高熱をまとっている。また破壊には時間も掛かる。

 隕石が白ウサギたちがいる場所に落下するまでに、そしてガチャを圧し潰す前に、完全に壊し切るのは不可能に近いだろう。

(たくさんの僕をクッションにして……いや……無理そうだね……)

 無数に呼べるといっても、しょせんは非力に近い白ウサギ。

 魔人の魔力がどれほど残っているのかも、分からない。

 仮に、いまこの隕石をなんとか防ぐことができたとしても、第二第三の隕石を降らされてしまっては、対処しきるのは困難を極めるだろう。

 悪魔メフィストフェレスが思考しているいまこのときも、天上の巨大隕石は自分たちに近付いてきている。

 ただの白ウサギには、もう、なすすべがなかった……。

「……ギャハハハハ……」

 ただ天上を見上げることしかできない白ウサギに、男がかすれた声で、精一杯の、しかし邪悪に満ちた哄笑を響かせた。

 それを聞きながら、

「……。そういえば、まだきみの名前を聞いていなかったね。教えてくれないかな……」

 迫りくる隕石を見つめたまま、白ウサギが口を開く。

「あんなものを落とされたんじゃ、もう僕にはどうすることもできない。この戦いが終わる前に、聞いておきたいんだ、きみの名を」

「……誰が教えるか……クソウサギ……ギャハハ……」

「……そうか……なら、仕方ないね……」

 悪魔が、地面に倒れる魔人へと振り向いた。

「もう僕には何もできない……。だから……きみにどうにかしてもらうよ」

「……ハア……?」

 何言ってやがる、このクソウサギ……男がそう思ったとき、白ウサギが声に渾身の魔力を込めて、言う。

「きみの『風魔法』を操る権利は、いま僕が握っている。その封印を解くよ。【いま持てるすべての魔力を注ぎ込んだ『風』を、巻き起こせ】……!」

 男の意志に関係なくボロボロの腕が持ち上がり、周囲に風が満ちていく。男が哄笑を上げた。

「……ギャハハ……吹き飛ばそうってか……できるわけ……」

 男の言葉にかぶせるように、白ウサギが言う。

「燃やすのさ」

「……アア……?」

「世界には毎日たくさんの隕石、正確には流星が降り注いでいる。にもかかわらず、それらのほとんどは地上に落ちる前に、燃え尽きてしまう。断熱圧縮という物理法則によってね」

「……何ワケの分かんねえことを……」

 他からの熱の出入りがないとき、物質は体積が小さくなればなるほど、熱量を発する。流星が大気圏に突入するとき、この断熱圧縮が起きるために、燃え尽きてしまう。燃え残ったのが、隕石というわけだ。

「僕がしようとしているのは、それだよ。『風』、つまり空気で、この地下空間の大気の体積を増やすんだ。ついでに、より熱量を上げるために、その風の一部であの流星の落下速度も後押ししてね」

 圧縮する際の速度が速ければ速いほど、より熱くなる。

 穿たれた地下空間。空気、およびそこにある熱の逃げ場は地上よりも制限されるだろう。そして風の後押しも含めて、超高速で落下する巨大流星。条件は整っている。

 すべての魔力を使い切ったのだろう、風がやんだ。超高熱により、流星の表面が紅くなる。

 白ウサギが頭上を見上げた。目の前に紅が迫っている。

「とはいえ、完全に燃え尽きるかどうかは運次第だけどね。まさにギャンブル。今回の戦いにふさわしい最後の賭けじゃないか……」

 そう言いつつ、白ウサギの意識は遠のいていき、ゆっくりと地面に崩れていく。

 男の放つ『風魔法』は、正確には酸素を操る魔法。いまこの地下空間には大量の酸素が充満していた。過呼吸に代表されるように、酸素はときに毒になる。

 完全に意識が途切れる前に白ウサギが見たのは、視界を覆う紅一色の世界だった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る