(約2600文字) その五 崩落するカジノ施設


 鎧をまとった魔人が、刀で白ウサギたちを薙ぎ払いながらガチャへと迫っていく。

 その身にウサギの歯は通らない。無数にいるとはいえ、もう華奢な小動物にはどうすることもできない……。その証左に、いま白ウサギの一匹が男の足に跳びついたが、やはり鎧に覆われた皮膚には歯を突き立てることができないでいる。

「なるほど……鎧とは考えたね。これじゃあ、僕はもう噛みつくことができない……」

 つぶやき、白ウサギは顔を上げる。ガチャ端末まで、あと少し。しかし、ウサギのつぶらな瞳は、まだあきらめていなかった。

「でも……本当にそうかな?」

 白ウサギが男の身体を登っていく。膝へと。

「全身を覆っているといっても、きみはこうして動けている。つまり、『関節』まで完全に覆っているわけではないはずだ」

 小さな口を四つに割れさせて、白ウサギが男の膝、鎧と鎧のわずかな隙間へと噛みついた。

「グアッ……!」

 男が痛む声を上げ、その膝から血が流れ出る。白ウサギはなおも歯を食いこませ続ける。

「やっぱりね。そうと分かれば……」

 首筋、肩、肘、手首、手指の一本一本、腰、もう片方の膝、足首……男の身体中のあらゆる関節部に、無数の白ウサギたちが跳びついていき、一斉に噛みついた。

「クソが……ッ!」

 身体のあちこちから同時に来る痛みに、男の足が一瞬停止する。各部の関節に噛みついている白ウサギたちを取り払おうとするが……その刹那の隙を、悪魔メフィストフェレスは見逃さなかった。

 戦いの最初の方でしたように、大量のウサギ群によって、男の身体をガチャ端末から遠ざけていく。

「クソ……ガアアアアああああ!」

 男が手を伸ばす。その手の先、視界の先、せっかく、やっとのことでたどり着けると思っていた巨大な機械が、急速に、見る見るうちに遠ざかっていく。

 これほど悔しいことがあるか? これほど屈辱的なことがあるか? あともう少しでぶち壊せたのに。あともう少しで、こんなふざけた戦いをぶち壊せたのに。この戦いの裏に隠れて、この争いを見てほくそ笑んでいやがる神の思惑を、ぶち壊せたのに!

「俺が神だ! 俺以外のクソなんかの言いなりになって、たまるかよ!」

 白ウサギたちに押し流される男は、視界の下、足元に、一つの穴を発見する。さきほど白ウサギが穿った穴だ。考えるよりも先に、反射的に、その穴へと、手に持っていた刀の切っ先をねじ込んだ。

「む……?」

 男の身体が急に停止して、白ウサギは疑問の声を発する。悪魔が気付く前に、魔人は手にする刀に魔法陣を展開させた。

「まとえ! 『メタライズ』!」

 刀の刃先が徐々に太く大きくなり、大剣へと変化し、それと同時に、床に穿たれていた穴の亀裂が広がっていく。

「まだだ、まだ足りねえ! もっとでかくなりやがれ!」

 大剣の刃がさらに金属質の鈍色が重ねられていく。そして男の背丈ほどもある大剣がより巨大な凶器へと変貌を遂げたとき……床の亀裂が魔人と悪魔のいる地上全域に広がって……、

 カジノ施設は崩落していった。


「俺を飛ばせ! マジックカーペット!」

 足場がなくなり宙へと投げ出される魔人が叫ぶ。男の身体の下に魔法陣が浮かび上がり、そこから空飛ぶじゅうたんが出現した。それに乗り、降り注いでくる瓦礫の雨を潜り抜けて、同じく落下しているガチャ端末へと急接近していく。男がかざす手に魔法陣が浮かび上がる。

「させないよ」

 ガチャを壊すために男が何かしらの魔法を使う前に、その頭上に大量の白ウサギたちが出現して、魔人を飲み込んでいく。

「ク、ソ……ガああああ!」

 『風』は封じている。ウサギたちを一度に吹き飛ばすことはできない。刀や大剣では、これほど多くの数量を一度にさばくことはできないだろう。魔法のじゅうたんも、これだけの重量は乗せられない。

 大量の白ウサギたちの塊とともに、魔人は地下空間の底へと墜落していった。


「よかった……なんとかガチャは守れたようだ……」

 大量の自分をクッションにして、白ウサギは落下の衝撃からガチャを守ることができた。振り返ると、視線の先には魔人を飲み込んだ白い塊が転がっている。さすがは魔族なだけはある……数十メートルか、それとも数百メートルか、あの高さから落下してまだ息をしていた。

 しかも……。

 白の塊の頂上から、大剣の切っ先が飛び出した。その刃先がぐるりと回転し、白塊を薙ぎ払っていく。落下の衝撃と戦闘のダメージ、魔法行使の疲労によって、ゼエハアと息を荒げながらも、白塊の中から魔人が姿を現した。

 走る気力さえも尽きているのか、ふらつきながら、一歩一歩を確かめるように、踏みしめるように、ガチャ端末へと近付いていく。

「壊して……やる……! 絶対に……!」

 魔人が発した声、手にした大剣を引きずる姿、全身から醸し出すオーラ、据わった瞳は……まさに底の知れない執念を感じさせた。

 よろよろと、しかし確かに歩み寄ってくる魔人に、小さな悪魔はつぶらな瞳で問うた。

「一つ聞こうかな。どうしてきみは、そんなにまでして、このガチャを壊したいんだい」

「…………」

 魔人は答えない。ただ進む足を緩めることなく、モノリスのような機械へと近付こうとするだけだ。

「……答えるつもりはない、か。まあ、いいよ。でも、このガチャを壊させるわけにはいかないんだ。僕も負けたくはないからね」

 動きを完全に封じるために、魔人の頭上から大量の白ウサギたちを呼び出す。大剣を振り回して男がはねのけようとするが、地下の底に散らばっていた白ウサギたちも殺到して、その身体を白塊の中に埋もれさせていく。だけでなく……。

「熱殺蜂球というのを知ってるかな。ミツバチがスズメバチを倒すために使う集団技なんだけどね」

 スズメバチの身体に大量のミツバチが球のように群がり、内部を高熱にしてスズメバチを撃退する。それと同じことを、この白ウサギはいましている。

「……グアアアアァァァァ…………!」

「熱いだろう。僕はウサギだから、熱殺『兎』球といったところかな」

 文字通り、身を焦がす高熱。

 無論、内部にいる白ウサギも同じようにダメージを受けるが、そのものたちが死んだとしても、悪魔メフィストフェレスの『存在』が消えるわけではない。

 並行世界から無数の自分を呼び集めることのできる、悪魔メフィストフェレスだからこその方法だった。

 灼熱に苦しみもだえる魔人の絶叫が、地下空間に響き渡り続けた。



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