(約2500文字) その四 広がる亀裂
「これは……」
暴風の発生源へと悪魔メフィストフェレスが振り返る。その白ウサギもまた、ガチャ端末へと放たれた横向きの竜巻によって上空へと巻き上げられていく。
「チッ!」
竜巻の発生源から、男が舌打ちを漏らす。
しっかりと床に固定されているのか、竜巻の直撃を受けてもガチャ端末が宙に飛ばされることはなかった。しかしひどい軋み音を立て、あともう一回か二回、同じ竜巻を受ければ床から引き剥がされそうに危惧された。
男へと、白ウサギの群れが殺到していく。
「ガチャを壊させるわけにはいかないからね」
「邪魔すんじゃねえ!」
男を中心にハリケーンが巻き起こる。無数に存在するとはいえ、白ウサギはやはり小さな白ウサギに過ぎない、強大な暴風の前には吹き飛ばされることしかできない。壁のとっかかりにつかまり、どうにかこらえながら、
「とにかく、この風をなんとかしないと……」
白ウサギは男の頭上、吹き抜けになった施設天井を見上げた。そこには多少揺れてはいるものの、豪華で巨大なシャンデリアが吊り下げられている。もう一度、男を見やる。
「なるほど……台風の目か……どうやらこれを利用するしかないみたいだね」
そうつぶやいたのち、その白ウサギはハリケーンに飲まれてどこかへと飛んでいった。
が……心配する必要はない。その直後に、男の頭上、暴風がほとんど発生していない空間から、無数に近い白ウサギが落下してきたのだから。
「ナ……ッ⁉」
男が急いで、自らの頭上へと暴風を起こそうとして……一瞬、躊躇した。
それもそのはずだ。自分の頭上に暴風を起こせば、まず間違いなくその余波が自らへと舞い降りて、男自身吹き飛ばされてしまうだろう。
悪魔メフィストフェレスの狙いとは、すなわち……。
大量の白ウサギが男の身体を飲み込もうとした、その刹那。
魔人の男が歪んだ笑みを浮かべた。
「その程度の考えで、俺をつぶせると思ったのカア……!」
男の足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから伸びた幾本ものコードが彼の身体に巻き付いていく。それらが巻き終わった瞬間、男の全身から、台風の目など存在しないレベルの圧倒的なサイクロンが荒れ狂った。
すべての白ウサギが吹き飛ばされ、カジノ施設のいたるところに亀裂が走っていく。コードによって吹き飛ばされずに済んでいる当の魔人の哄笑だけが、暴風に乗って響き渡っていた。
と、そのとき……。
男の足元の床に、一筋の亀裂が入った。
「ン……?」
気付いた男が足元を見やった直後、亀裂が割れ、壊れた床板の隙間から一匹の白ウサギが、ぴょこん、と頭をのぞかせる。
「ナ……ッ⁉」
想定外の出来事に、魔人が目を見開く。その様子を無視するように、穴から出た白ウサギが男の足にしがみつき、吹き飛ばされないように全力かつ全速力でその身体をよじ登り、肩へと到達する。
男にとっては皮肉なことに、暴風に飛ばされないように身体に巻き付けたコードによって身動きが取れず、白ウサギを引き剥がすことも、白ウサギから逃れることもできなくなっていた。
白ウサギが普段している以上の、渾身の魔力を自身の声に宿らせる。
「悪いけど、説明している余裕はないんだ。こっちも必死なんでね。【いますぐこの風を止めて、僕がいる間は使うな】」
その声が男の耳に、その奥の脳に到達した瞬間……魔人の周囲に吹き荒れていた暴風が吹きやんだ。白ウサギが嘆息を漏らす。
「やれやれ……たったこの一言を言い聞かせるためだけに、必死の魔力を込める必要があるとはね」
この魔人を完全に操ることはできない。だから白ウサギは、とにかく『風』をやめさせることに魔力を集中させたのだ。
男の足元にある穴から、何匹もの白ウサギたちが飛び出してくる。
最初のバニーガールの説明で、このカジノ施設には地下が存在することは分かっていた。
台風の目を利用して、男の頭上から大量の白ウサギを呼び出したのは……悪魔メフィストフェレスのミスリードだった。男の視線と思考を、台風の目と、『白ウサギがそれを利用した』ということに向けるための。
もちろん、魔人がなすすべなく、その大量の白ウサギに飲み込まれてくれれば万々歳だが……男の実力と性格からして、それは難しいだろう。
だからこそ、白ウサギの本当の狙いは……。
カジノの地下空間を完全に埋め尽くすほどの自分を召喚して、その地下の天井を――つまりは一階の床の裏側に当たる部分を、四つに割れる口にある歯で削り、掘っていったのだ。
白ウサギ群の頂上にいるものたちの歯がボロボロになってしまったら、次の白ウサギたちのグループと交代する……それを繰り返して。
どうしても歯では削れないくらい天井の固い部分にぶつかってしまったら、地下コロシアムに置かれていた色々な武器や道具などを、および地下ギャンブルの鉄骨渡りに使用される鉄骨を何本も持ってきて、掘削、破壊していった。
多少の時間は掛かってしまったが、結果は見ての通り。
これこそが、悪魔メフィストフェレスの真の計略だった。
「どうやら、ガチャは無事のようだね……かろうじて、だけど」
度重なる強大な暴風によって、モノリスガチャはボロボロになっていた。床から剥がれずにそこにあって、画面を表示しているのが不思議なくらいだ。
「思っていたよりは頑丈みたいだ。さすがは戦いのクリア条件に指定されているだけはある、か……。まあ、それはそれとして」
ガチャを見やっていた白ウサギの一匹が、男へと視線を転じる。
「きみには動けなくなっていてもらうよ。僕がクリアするまでね」
『風』を封じられた男には、大量の白ウサギが群がっていた。小動物たちは四つに割れる口を開けて、魔人の全身、特に手足を中心に歯を突き立てていく。
「クソがああああ!」
メタライズによって果物ナイフを刀に変化させた男は、群がるウサギたちを斬り払っていくが、さすがの魔人も数の暴力、いや『無数』の蹂躙には勝てない。
徐々に傷が広がっていくのを自覚する。……が、そのとき魔人に閃きが走った。
「ハッ! 斬るのがダメなら、こうすりゃいいじゃねーか! 俺の身体を守れ、『メタライズ』!」
男の四肢と全身に魔法陣が展開され……次の瞬間、男の身体は金属質の鈍色をまとっていた。
これで白ウサギの歯は通らなくなった。
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