(約2000文字) その三 振るわれる大剣
「クソがクソがクソがクソが! ザッケンナ! 全然当たらねえじゃねえか! クソがッ!」
憤怒に満ちた罵声を上げながら、男が何度も何度も目の前の液晶画面を殴りつける。画面はそれなりの強度はあるみたいだが、繰り返し殴られたことにより、ピシリと、わずかなヒビが入った。
「落ち着きたまえよ。チップがなくなったのなら稼げばいいじゃないか。とにかく暴力はよくないよ」
なだめるようにウサギが言う。なによりも、ガチャ端末を壊されてはたまらない。男がチップを稼いでいる間に、総支配人にイカサマの有無を確認して、今度こそ確実に7Sレアを引き当てよう……そう考えていたとき。
不意に男の動きが止まった。ウサギの言葉に耳を貸したのかと思いきや……悪意に満ちた声音で言う。
「クソが……! やめだ、もうこんなメンドクセー勝負なんかクソクラエ! この機械ごと、何もかも全部ぶち壊してやるゼ! ギャハハハハ!」
男が小さなナイフを取り出した。果物ナイフだ。それを持った手を横に伸ばす。その様子を見て、たしなめるようにウサギが口を開く。
「気持ちは分かるが、そんなものじゃあ、この機械は壊せないと思うよ。おとなしく、チップを稼いだ方がいいと思うな、僕は」
男は耳を貸さず、むしろウサギの言葉にかぶせるようにして、言った。
「……まとえ、『メタライズ』」
男が手にしていた果物ナイフに魔法陣が展開され、そして次の瞬間……果物ナイフが一振りの刀に変化していた。
「……⁉ これは……?」
ウサギがつぶらな瞳を少し見開かせる。
男が行使したのは『メタライズ』という魔法。
男が持つ固有魔法は、ござや敷物に関連したものを生成できる『ござ魔法』だ。このメタライズも、そのござ魔法の派生形の一つ。電気カーペットのコード、つまりは導線に用いられる金属素材を抽出し、その金属そのものを操作したり、対象にまとわせることができる。
これにより……、
「まだだ、まだ小せー、もっとだ、もっとでかくなりやがれ!」
魔法陣をまとったままの刀に、鈍色の光がまとわりついていく。そして一振りの刀は、男の背丈ほどもある大剣へと変貌を遂げていた。
そう……この『メタライズ』という魔法により、それまで直接的、物理的な攻撃力に欠けていた男は、明確な『武器』を持つことができるようになったのである。
(まずいね……)
困ったのは白ウサギの方だった。
(このままだとクリアそのものができなくなってしまう。なんとかしないと……)
どうしようかと思案を巡らそうとしたとき、男が大剣を振り上げた。目の前の機械を破壊するために。この戦いそのものを、その裏にある神の思惑をぶち壊すために。
どうやら考える時間も与えてはくれないらしい。白ウサギは跳ねて男へと近付いた。
「待て、待ちたまえ、そんなことをしても何の得にもならない、ここは冷静に話し合って打開策を……」
「ウルセエ!」
男が大剣を振り払い、何の抵抗もできずに白ウサギの身体から鮮血がほとばしる。
動かなくなった白ウサギのことなど完全に無視して、男がもう一度大剣を振り上げて、下ろした。ガキインという衝撃音とともに、モノリスガチャの表面に大きな亀裂が走る。が、まだガチャ画面は表示されていた。
「チッ! 一撃じゃ無理か。なら完全に壊れるまで斬り続けてやるぜ……!」
男が大剣を振り上げようとしたとき……その背後から声がした。
「やれやれ……話が通じない相手というのは愚かで困るよ」
その途端、男の目の前、および周囲に、広大なカジノ施設を埋め尽くすほどの白い塊が出現する。可愛らしい耳がある。つぶらな瞳がある。小さな口もついている。
白いウサギだった。
白ウサギ――囁きの悪魔メフィストフェレスの特性、『並行世界からの自分自身の召喚』による、大量の群体招集。
さきほど男に斬られた白ウサギそのものは絶命してしまったが、この特性によって、メフィストフェレスの『存在』そのものを完全に抹殺することは不可能である。
身体は白ウサギのままのため直接的な戦闘力はほとんどないに等しいものの、無数と思えるほどのこの数だ……ガチャを壊そうとする男の邪魔をするくらいなら、できる。
「が……何だコリャああ……ッ⁉」
「とにかく、きみは向こうでおとなしくしていてくれたまえ」
一匹一匹の力は弱いとはいえ、チリも積もれば山となる、男の身体は大量の白ウサギに抱えられて、波のようにうねるそれらによってガチャ端末から離されていく。
「クソがッ! 邪魔すんじゃねえ!」
手に持つ大剣で男が斬り払っていくが、あまりにも数が多すぎる上に、そうしているそばから存在を補充されていくため、事実上、まったく何の成果もあげられていない。
「とりあえず……この間にイカサマを確かめなくては」
白ウサギの海から簀巻きにされた総支配人を浮かび上がらせて、話を聞くためにその簀巻きをほどこうとしたとき……。
遠く離れた男の身体から一陣の風、否、暴風が巻き起こり、周囲を取り巻いていた大量の白ウサギが空中へと巻き上げられた。
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