(約2600文字) その二 咆哮する男


「……さすがに……いくらなんでも変だ……いま回したのは十万連だというのに……」

 ずっとイラストと音声を表示させ続けるのは時間の浪費なので、それらはスキップして、結果だけを表示している。それでも……。

 当たらない。7Sレアの出現確率がどのくらいのものなのかは分からないが、十万回もガチャしたのにただの一度も出ないのはおかしすぎる。

 このとき、囁きの悪魔は思い出す。そうだ、これはガチャ……つまりはギャンブルだ。そしてギャンブルには、『イカサマ』や『やらせ』が存在する場合がある。

 パチンコの回収台。ポーカーのセカンドディール。麻雀の積み込み……などなど。

 ギャンブルではないが、某有名トレーディングカードゲームでも、相手にダメージを与えた直後にトイレに入って、そのまま試合時間ギリギリまでこもっている、などということも横行する始末。

 とまあ、例を挙げれば数えきれないが、とにかく、いま囁きの悪魔がおこなっているのはギャンブルで、それもいくらでも運営側で確率操作が可能な、電子データによるガチャだ。

 白ウサギは近くにいる総支配人に振り返った。魔力のこもった声で尋ねる。

「正直に答えてもらおうかな。このガチャはイカサマをしているね」

 光を失った虚ろな瞳の総支配人が、口を開き、囁きの悪魔の問いに正直に答えようとした、そのとき……その総支配人を含めた、白ウサギの周囲を取り囲んでいたすべての人たちが、頭のてっぺんからつま先まで、ござのような敷物に巻かれて床を転がった。

「これは……?」

 いきなりのことに、白ウサギは少なからず驚く。簀巻きの海の向こうから、一人の男がモノリスガチャへと歩んでくる。簀巻きを蹴とばし、踏みつけ、乗り越えながら。

 白ウサギはその男を見たとき、最初はこのカジノのレストランで働いているウェイターかと思った。なぜなら、その男はウェイター服を着ていたのだから。

「ケッ、こんなガチャとやらの何が面白いんだか、邪魔なやつらだぜ。本当ならまとめて殺したいところだが、チップを減らされたらクリアできねえしな……チッ!」

 いや、違う、この男はウェイターなどという生易しい者ではない。悪魔を冠する白ウサギだからこそ分かる……この男の周囲から発散されているのは、紛れもなく魔力。この男は自分と近しい存在……『魔に属する者』だ。

 と、そんなことを考えていたら、男がガチャの前で立ち止まる。あまりに小さすぎたからか、白ウサギには気が付いていないようだ。危うくぶつかりそうになって、

「あうっ」

 慌てて小さな白ウサギは跳びはねて少し離れる。男はモノリスにカードをかざして、ガチャを始めたようだ。白ウサギが抗議の声を上げる。

「危ないじゃないか、気をつけてくれよ」

 聞いた者を強制的に傀儡にする白ウサギの声だったが、どうやらガチャの音でかき消されて、男には届かなかったらしい。確実に肉声を聞かせるために、白ウサギは男の肩へと跳び乗った。

「やあ、僕は囁きの悪魔――メフィストフェレス・フェアヴァイレドッホだよ。めっふぃ、って呼ばれてる。ガチャってるところ悪いけど、ここは僕の特等席なんだ。どいてくれないかな」

「うるせえ」

「あうっ」

 男に手で払われて、白ウサギは床に落ちて転がった。起き上がり、予想外の出来事に出会った目で、男を見上げる。

「僕の『囁き』が効かない……?」

 まさか、と思って、白ウサギは再び男の肩に乗る。

「きみきみ、ここは僕の……」

「邪魔すんじゃねえ」

「あうっ」

 今度は最後まで言うことすらできずに、男に頭をつかまれて放り投げられた。

 床を転がり、起き上がる動作をもう一度繰り返した白ウサギは、目の前に立つ男を見上げて、今度こそ、信じられないといった声を漏らす。

「まさかこんなところに、僕の『囁き』が通用しない者がいるなんて……」

 対象を傀儡化したり発狂させたり、廃人にすることのできる白ウサギの魔力だが、弱点もまた存在する。効力を発揮するのは肉声だけなので、耳栓をするなど、物理的に音声が聞こえないようにされてしまっては何もできなくなること。

 そしてもう一つが、悪魔の魔力をはねのけるほどの強靭な自我を、対象が持っている場合だ。

 ガチャの音で聞こえにくいとはいえ、ウェイター服の男は耳栓をしていない。ちゃんと白ウサギの声は聞こえているだろうし、あまつさえ会話さえしている。

 ついでに言うと、ウサギがしゃべっているというのに、まったく動じていない。それとも男が住んでいた世界では、動物も人語を話したのだろうか。

 それはともかく。

 つまり……この男の自我は……。

 そこで白ウサギはもう一つの事柄に気が付いた。そうだった、いま自分が参加しているのは、対戦相手の存在する『神の代理戦争』だ。自分と同じ目的を持つこの男こそ……。

「もしかして、彼が僕の対戦相手なのか」

 そうだとすれば、先に7Sレアを引き当てられては困る。敗北してしまうではないか。

 とにかく、男がガチャをしているのを悠長に見物していることはできない。メフィストフェレスは行動に移すことにした。『囁き』が通用しなくとも、白ウサギにはまだ、『無限に存在する並行世界から、無数の自分自身を呼び集める』という特性がある。

 傀儡化が無理なら、それで無数の自分を集めて、物理的にどかしてしまえばいい。

 白ウサギがそうしようとしたとき……男の前にあるガチャ画面が6Sレアのイラストと音声を流して、ガチャをする前のデフォルト画面に切り替わる。

 男のチップが尽きて、これ以上ガチャを回せなくなったらしい。

 白ウサギにとっては幸運なことに、これで当面は、先に7Sレアを引き当てられることはないだろう。

 しかし同時に不幸なことに……。

「クソがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ガチャ端末の画面を殴りつけながら、ウェイター服の男が、聞く者をゾッとさせるような怒鳴りの雄叫びを響き渡らせた。



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