(約2400文字) その六 決着――【正義】と【悪】 【終】
ボーイの口元が不気味に歪む。
「……ギャハハハハ……ッ!」
笑う。目の前にいる少女を、神を、天使を、自分を牢獄へとぶち込んだ少年を、世界と世界に存在する全てをあざ笑うように。
「巻き付け! 『コード』!」
刹那、ボーイの近くにいた数人のライフセイバーたちの身体と首に、電気カーペットのコードが巻き付いていく。
……うわあ⁉ ……なんだなんだ⁉ ……おい、取れないぞこれ⁉ ……痛い痛い痛い⁉ ……
『どういうつもりですか?』
問うた少女に、ボーイはあざ笑うように言った。
「見りゃ分かるだろ、こいつらの命は俺の意志一つだ。まさか風の精霊さまとあろうものが、こいつらを見捨てたりなんかしないよなア」
『…………ッ』
忘れていた、こいつは出会い頭に自分を殺そうとした、クズ人間だった。
少女が燃やす静かな怒りなど意に介さず、ボーイは風の魔法を行使する。それによってライフセイバーの一人が落とした投げ斧を浮かばせて、空中にいる少女の眼前へと運び上げる。
「こいつらを助けたけりゃア、自害しろ。その斧を使ってもいいし、自分の力でも、どっちでもいいぜ。なんなら、俺が直接殺してやろうか。ギャハハハハ……!」
『…………』
少女がうつむき、その顔に陰が落ちる。ぼそり。小さな声で、だが怒りに燃えた口調で、言った。
『とことん……救いようのない……クズですね……』
「アア? なんだってエ?」
聞こえねえなあ、もっとでかい声で言えよ……ボーイがバカにした口調でそう言おうとしたとき……ライフセイバーたちの身体と首に巻き付いていた電気カーペットのコードがズタズタに切り刻まれていった。
「⁉」
風による、瞬間的な斬撃。
驚愕するボーイが何をするよりも早く、速く、迅く。少女が手をかざし、クズの身体を吹き飛ばし、文字通りゴミクズのように切り刻み、地に落ちたクズを巨大な空気の塊で押しつぶした。
「…………ッ⁉」
本当のゴミクズのように、ボーイの身体はズタズタになっていて、起き上がることも、指を動かすこともできそうにない。意識を保っているのが不思議なくらいだった。
そして、周囲に生い茂っていたイグサの草原が静かに消失していって、代わりに元々の、水が零れ落ちるような極小粒の砂が敷き詰められた広大な砂漠が姿を現す。
それはすなわち、フィールド魔法を維持するだけの、ボーイの体力と精神力が尽きかけていることを意味していた。また、無数のじゅうたんの生成、風魔法の連続行使など、展開させた魔法陣の量は凄まじく、魔力も底を尽きそうだった。
行使できる魔法は、せいぜい、あと二回ほどが限界か。
『砂漠に戻りましたわね。それなら、こんな戦いと、あんなクズから、さっさとさよならすることにしましょうか』
少女が頭上に手を上げる。全てを終わらせるための暴風の塊を巻き起こそうとした、そのとき……。
仰向けに倒れ、かすむ視界で天上を見上げるボーイの口元が、わずかに歪んだ。
そうだ、思い出した。この戦いはクソガキの少女を殺すことが目的じゃない。それはあくまで俺の趣味だ。この戦いの最終目標は……。
少女の上空、砂漠に突き刺さるポールのさらに上空、太陽に近いくらいのはるかな上空から、一枚の薄く平べったい布らしきものが、ヒラヒラと舞い落ちてくる。じゅうたんだった。
ほんの数分前、ボーイが少女と出会った直後に暴風によってどこかに飛んでいった、魔法のじゅうたん。
その表面には幾何学模様や古代文字らしきもの、あるいは動物の絵柄が織り込まれている。そう、まるで、魔法陣のように……。
――引き抜け、『コード』――
声を出すことができないので、心のうちで言う。
美しい模様の織り込まれたじゅうたんの表面が淡く光り輝き、そこから無数の電気カーペットのコードが伸びた。それらのコードが地上に刺さるポールへと巻き付き、そして、それを砂漠から引き抜いていく。
『しま……ッ⁉』
少女が声を上げるが、もう遅い。風で運ぶ時間など与えるものか。
ボーイが、自分が倒れる地面に魔法陣を展開させる。そこから発生した凄まじい勢いの上昇気流に乗って、上空を舞う全長数メートルのポール、その下部に塗られている青い部分へと迫り、手を伸ばした。
そして、ボーイの手のひらがポールの青い部分に触れた。
(勝った……ッ! 勝ってやったぜ……クソヤロー……ッ!)
勝利の雄叫びを、ボーイが心のうちで叫んだ、その刹那。
触れたはずのボーイの手が、ポールの中を通り抜けた。
(…………ッ⁉)
なぜだ⁉ ボーイは訳が分からない。手だけでなく、全身そのものがポールを通り過ぎていく。
遠くで、冷静な少女の声がした。
『……蜃気楼の原理をご存じですか。異なる密度の空気によって光が屈折し、そこにないはずのものが見えてしまう現象。わたくしはいま、それを起こしたのです』
空気を操る彼女ならば蜃気楼を作ることも容易だろう。
本物のポールは風によって少女の元へと運ばれ、彼女はその青い部分に手を触れる。
勝敗は決した。少女とボーイ、および砂漠にいた数人のライフセイバーたちの姿が帰還の光に包まれていく。
……が。
光に包まれつつ地上へ落下していくボーイへと背中を向けながら、少女は言った。
『あなたのようなクズの極悪人に対するわたくしの怒りは、まだ収まっていませんから』
ボーイの身体が、立方体の空気の塊に包まれる。
その立方体の空気の塊が急速な勢いで小さくなっていき、途方もないその圧力によって、ボーイの身体が凄まじいスピードで圧し潰され……小さくなり……。
そして完全に消滅した。
『【正義】は絶対に、【悪】などには屈しないのですよ』
冷静に、淡々と、しかし誇らしげに言うその言葉を最後に、少女は自分が元いた場所へと帰還していった。
【神の代理戦争】
【VS:大精分霊・
【ダイス:⑤❻】
【戦名:『びーちふらっぐ』】
【勝者――大精分霊・
【終】
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