(約1800文字) その三 消し去られる暴風


 あの凄まじい風の塊を起こすやつだ、どんなすごい姿をしているかと思っていれば、目の前の空中に浮かぶのは、薄緑色のワンピースに身を包んだ幼い少女だった。

 風の塊の前にいる少女の、予想に反したその弱々しさに、ボーイはほくそ笑む。

「ハッ、テメーが今回の俺の相手ってわけか」

 ボーイは女が好きだ。特に、眼前にいるような年端も行かない少女なら、なおのこと。

 しかしそれは性的な意味などではなく、殺害する楽しみの対象として。

 女の肉は、男のそれよりも柔らかく、果物ナイフで切り刻んだときのその感触は他にたとえようがない。痛み、泣き、絶命する前の女の絶叫は、男のそれよりも甘美で、ボーイにとってはまるで眠くなるほどに心地の良いクラシック音楽のようだった。

 その女が、いま目の前にいる。それも憎き風の使い手として。これ以上ないほどの獲物だった。

 ボーイに気付いた少女が振り返る。

『あなたは……?』

 問いに答える必要はない。ボーイは乗っているじゅうたんを全速力で滑空させ、少女の身体を刺し貫くために、握る果物ナイフの切っ先を突き伸ばした。

「死ねエエエエッ!」

 瞬間、少女は悟る。この男はクズだと。こんな人間に、礼儀もあいさつも自己紹介も必要ないと。

『ふん……』

 侮蔑の表情を浮かべて、少女はボーイへと手をかざす。その途端、先ほどのような暴風が巻き起こり、空中に浮かぶ魔法のじゅうたんごとボーイの身体を飲み込んだ。

「グア……ッ」

 じゅうたんのコントロールを失い、なすすべもなく、ボーイはイグサが生える草原へと落下する。それなりの高さがあったが、ボーイは魔力の宿っている魔人で、普通の人間よりは身体が丈夫ということもあって、打ち身程度で済んだ。

 とはいえ暴風に巻き込まれて、魔法のじゅうたんはどこかに飛んでいってしまった。呼び戻すのも面倒だ、ボーイは再び足元に魔法陣を展開しようとして……。

 そんなボーイを絶対に近付かせないと言わんばかりに、少女が彼へともう一度手をかざす。巻き起こるのは、またしても身体を吹き飛ばすほどのハリケーン。

(飛ばされてたまるかよ……ッ!)

 何もできずに、なすすべもなく、ただ飛ばされるのはあまりに屈辱的過ぎる。ボーイは足元に魔法陣を展開させ、しかし出したのは空飛ぶ魔法のじゅうたんではなく、幾本もの電気カーペットのコードだった。

 そのコードでもって、自身の足首や身体を巻き付かせ、魔法陣を浮かべたままの地面に固定する。

(チッ、まさかこれで俺自身を拘束することになるとはな)

 皮肉なことに、殺害対象をなぶるための拘束魔法が、まさか自分自身を助けることになるとは。自嘲したボーイだが、しかしすぐに頭を切り替える。

(とにかく、この暴風をなんとかしねーと……ッ!)

 一番手っ取り早いのは、これを発生させている上空の少女を殺すことだが……それができれば苦労はしないわけで。少女を殺すために暴風を消す必要があり、暴風を消すためには少女を殺す必要がある。まるで卵が先か、鶏が先かのような、因果のジレンマ。

 チッ、クダラネエこと考えてんじゃねえよ。

(方法ならあるじゃねえか……ッ!)

 吹き散らされていく大量のイグサのせいで見えなくなっている、上空にいるはずの少女へと、ボーイは手をかざす。その手のひらに魔法陣が出現し、次の瞬間……。


――吹き荒れていた暴風が消え去った。


『⁉』

 上空にいる少女が驚愕の表情を浮かべる。

 ボーイに吹きつけられていた風だけなく、ポールの周囲を取り囲んでいた暴風さえも消え去っていた。まるで雪のように、巻き上げられたイグサたちが降り落ちていく中を、少女がボーイを見下ろす。

『わたくしの風を消し去るとは……いったい何をしたのですか』

「俺が答えるとでも思っているのカア」

 ククク、ザマーミロ、気味の悪い笑みを浮かべながら、ボーイは自身に巻き付けていたコードをほどいていく。

 これこそが、牢獄の中で考え続けていた、自分を牢獄へとぶち込みやがったあのクソガキ、およびクソガキと同じ風使いに対抗するための、ボーイが編み出した魔法だった。

 タネを明かせば簡単だが、アイロニーに満ちていることは違いない。

 上空の少女が再び手をかざし、確認するように巻き起こした風を、ボーイはまたしても消滅させていく。

『…………』

 不可解だと言わんばかりの少女に、ボーイは指を突き付け、くいくいと差し招く。

「来いよ。トリックが分かればテメーの勝ち、分からなければ俺の勝ちだ」



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