(約2200文字) その二 塗り替えられる大地
ボーイは風が嫌いだ。
そよ風も、突風も、強風も、暴風も……自分の身に吹き付けるあらゆる種類の風が嫌いだ。いや、その感情は嫌いという言葉では生ぬるい。
その感情を言葉で表現するならば……【憎悪】という名称がふさわしいだろう。
この身に吹き付けてくるあらゆる種類の風は、とある異能を持った少年を思い出させるから。自分を牢獄へとぶち込みやがった、心のそこから憎んでいるクソガキのことを……。
やつはあくまで異能の応用だとほざいていたが、そんなことはどうでもいい。
もしも『風』を殺せるというのなら、ボーイは躊躇なく殺すだろう。
心のうちで過去への憎悪をたぎらせていたとき、不意にそれまで吹き荒れていた暴風がやんだ。
まるで雨のように、巻き上げられていた砂が落ちていく中、ボーイが見たのは、はるか視界の先に立てられている赤旗のポールの前にいる、一つの人影だった。
その人物らしき影は空中に浮かんでいて、よくは分からないが、手のひらを上にかざしているように見えた。
(なんだ……?)
ボーイがそう思った直後、その人影がかざしている手のひらのさらに上空に、まるでらせんを思い起こさせるような、プリズム内で乱反射する光を彷彿とさせるような、凄まじい勢いの暴風の塊が巻き起こる。
その光景を見て、ボーイは直感した。いままで自分の周囲に吹き荒れていた暴風は、あの人影が巻き起こしたものだと。
あの人物は風を操る能力者で、あくまで推測に過ぎないが、おそらくはスタート地点からポールまでの砂漠上空を突っ切る際の余波で、あの暴風が吹き荒れたのだろう。
その人物が、かざしていた手のひらをポールへと振り下ろす。その動作に合わせて、上空で巻き起こっていた暴風の塊が、無数の砂がひしめく大地に墜落していった。
同時に、それら無数の砂が上空へと巻き上げられていき、急速な勢いで砂漠に埋まっていたポールの下部が、その姿を現していく。
(ヤベエ……ッ!)
生き物をなぶることを趣味とするボーイの、動物的、あるいは野性的な直感が告げた。
このままでは、自分は何をすることもできずに、今回の神の代理戦争に敗北すると。
あの人影もボーイが考えたのと同じように、さっさと戦いを終わらせようとしているのだ。暴風のような猛スピードでポールへと近付き、全てを吹き飛ばす竜巻で無数の砂を巻き上げて、埋まっている青い部分に触れるために。
ポールの青い部分までの長さがどれくらいかは分からないが、それがどの程度の長さであったとしても、あの竜巻の勢いでは、ものの数秒ほど、長くても数十秒ほどで青い部分が露出することだろう。
舌打ちをするよりも悪態をつくよりも先に、ボーイは己が立つ砂漠の地面に手を触れた。
「大地を塗り替えろ! 『ラッシュフィールド』!」
途端、それまで無数の砂しか見えなかった広大な砂漠が、単一の植物が生える草原へと変貌する。
遠すぎてボーイには聞こえなかったが、このとき、空中に浮かぶ人物は、
『む……? これは……?』
という短い疑問の声を発していた。
ラッシュとはrush……イグサを意味する。
すなわち『ラッシュフィールド』とは、行使した者の周囲の大地を、ござの材料として用いられるイグサが生える草原へと塗り替える、フィールド魔法の一つ。本来はイグサフィールドと呼称した方が意味が分かりやすいのだろうが、それはダサいと、ボーイが感じたのでやめた。
竜巻は砂の代わりにイグサを撒き散らせていく。しかしそれが生える大地は、以前の水がこぼれるような極小粒の砂ではなく、れっきとした土が敷き詰められた地面だ。
いかな暴風や竜巻といえども土の地面をえぐることは難しいだろうし、たとえできるとしても、砂よりは時間が掛かるに決まっているだろう。
とにかく、ボーイは足元に魔法陣を展開させて、出現した空飛ぶ魔法のじゅうたんに乗って、人影がたたずむ場所まで全力で滑空していく。土の地面にすることで稼ぐことができるであろう、この時間を一秒たりとも無駄にしないために。
(まさか、ただの草原にするだけのこんなクソクダラネエ魔法が、役に立つときが来るとはな……)
ボーイは自嘲する。
彼が行使できる【ござ魔法】のレパートリーの中でも、この『ラッシュフィールド』は、彼が自嘲するほどに、本当に何の役にも立たなかったのだから。
マグマが煮えたぎるような溶岩地帯であれば……そのマグマの中に生き物を突き落として焼き殺すことができる。
あらゆる生命の生みの親とも言える海、もしくは湖や沼を展開できれば……その中に沈めることで溺死させることができる。
だがこのイグサが生えるだけの草原では……なにもできない、なにものも殺せない。以前、このイグサで生き物を拘束したり、絞め殺そうと考えたことがあるが、イグサの強度がはるかに弱すぎて、手や指にちょっと力を込めただけで簡単に裂き破くことができてしまった。
そして事実、試しに一般人に対して使ってみたが、拘束した当初は困惑や驚愕が手伝って縛っておけたものの、数秒経って落ち着かれたら、やはり簡単に突破されてしまった。
またこのイグサで首を絞めようとしたら、むしろその首を絞める力そのもので、イグサが裂けてしまうほどだった。
それらのことを思い返し、自嘲の笑みを浮かべながら、ボーイはものの数秒でポール前の空中に浮かぶ人影の元へとたどり着いた。
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