(約2100文字) その六 前哨戦の結末と、父娘の後日談 【終】
その後の顛末は、特筆すべき展開もないので、簡単にダイジェストでお送りする。
誘拐犯の元へとたどり着いたボーイは、ただ悪知恵が働く以外には戦闘能力もない彼らを、【ござ魔法】と果物ナイフによって簡単に倒していった。対戦の決まり上、殺すことはできなかったので、気絶させるだけにとどめたが。
(チッ……もの足りねえ……!)
それだけが、彼の不満点だった。
超人の娘を殺そうと思えば殺せたが、それではOKと言わせることができず、対戦に勝つことができず、天使に願いを要求することもできない。なによりも、娘が殺されたことで怒り狂った元特殊部隊の超人に、なすすべもなく殺されるというのが、屈辱的だった。
とにかく超人の娘を助け出すと、空飛ぶ魔法のじゅうたんに乗って、超人がいた山奥の丸太小屋へと戻っていく。
超人は小屋の入り口で死んでいた兵士たちの墓を作ったあと、その小屋の前で、じりじりとした気持ちで待ち続けていた。
その超人に、ボーイは娘を渡す。
「さあ、OKって言いやがれ」
「ありがとう。娘を助けてもらった礼だ、それくらい言ってやるとも。『OK』」
「……ハッ……」
ボーイの身体が淡い光に包まれていく。帰還時に発生する、聖なる光だ。これで勝利条件は満たした。ボーイの願いも叶えられることだろう。
「アバヨ、バケモンに、そのガキ。テメーらの顔なんて、二度と見る気もねえ」
二人に背を向けて、ボーイは別れのあいさつとばかり、片手を上げる。
徐々に消えていくその姿を見つめたあと、元特殊部隊の男は、手をつなぐ娘に言った。
「俺たちも帰ろう。家に」
「……うん」
最後に、娘が消えゆくボーイの背中に言う。
「助けてくれて、ありがとう!」
「……ハッ……!」
そして超人とその娘は背中を向けて、丸太小屋へと帰っていく。
……超人がOKと言ってから、もう少しで一分になる……。
この瞬間を、殺人趣味者は待っていたのだ。
ウェイターの服に身を包んだボーイは、瞬時に振り返り、懐に隠していた果物ナイフを握り締めた。
「じゃあな、クソガキ! 永遠になあ!!!!」
その切っ先を、娘の頭へと突き伸ばす。
自分に感謝する人間、それも子供を殺す。想像するだけで、楽しみで楽しみで仕方ない。それをいま、実行できるのだ。
そして、殺した瞬間に、自分は天使が用意した場所まで帰還する。怒り狂った超人の手の届かないところへと。殺人の楽しみと、身の安全の両立。
振り返った娘の瞳は、何が起きているのか訳が分からないという、驚愕に彩られていた。それもそうだろう。まさか、自分を助けてくれた人間が、いままさに、自分を殺そうとしているのだから。
果物ナイフの切っ先が少女の額を刺し貫こうとした、その刹那。
瞬間的に動いた元特殊部隊の超人が、ボーイが突き伸ばしたナイフの切っ先へと拳を振り抜く。超速度で放たれたそのパンチは、ナイフの切っ先を粉々に粉砕し、ボーイの手や腕を弾けさせ、そして胸へと直撃して、彼の身体をその後ろにあった樹木の幹へと吹き飛ばした。
つぶされた蚊から血が四散するように、幹や周囲に血液や内臓その他を、ボーイはまき散らす。
「……残念だ……娘を助けてもらった者に裏切られるなんて。力を抑える余裕などなかった……。正当防衛とはいえ、その者を殺してしまうことになるなんて……」
心の底からすまなそうな声で、元特殊部隊の超人は言った。
「……すまない、娘よ、妻よ。誓いを守れなかった俺を、どうか許してくれ……」
地面へと落ちていき、意識が途切れるその刹那、ウェイター服のボーイは、確かにその懺悔を聞いたのだった。
【前哨戦】
【VS:『ワールドプレジデント』ジョセフ=バイコディン】
【ダイス:『2』】
【戦名:『こうしょう』】
【勝敗結果】
【ジョセフ:戦場から逃亡。
ボーイ:クリア条件達成後、規定時間一分が経過する前に死亡したため、ノーカウント。
従って、今回の前哨戦は両者クリア条件未達成のため【引き分け】とする】
『……後日談……』
数年後。元特殊部隊の超人は不治の病により、床に臥せっていた。
いかに最強無敵に近い力を持つ超人でも、病には勝てなかった。
ベッドのそばで看病する、成長した娘に、弱々しい声で言う。
「……俺の生涯に心残りがあるとすれば……おまえの目の前で人を殺してしまったことだ……おまえにトラウマを植え付けてしまったし、きっとおまえは、俺のことを軽蔑しているだろうな……」
綺麗に成長した娘が、首を横に振る。
「そんなことない。あの人が死んでしまったのは、仕方のないことだった。成長したいまなら分かる、あのときは、ああするしかなかった。お父さんは悪くない。いまわたしがこうして生きていられるのは、お父さんのおかげ」
涙を流しながら、娘が父親の手を握る。
「ありがとう、お父さん……わたしを助けてくれて……」
父親が娘の手を、弱々しくも握り返す。同じように瞳に涙を浮かべて。
「救われたのは俺の方さ……長年思い悩んでいた俺の心は、おまえのその言葉で、救われた……ああ、これで安心して、妻の元へと逝ける……」
最後にそう言い残して、元特殊部隊で超人だった父親は、安らかに瞳を閉じていった。
【終】
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