(約1900文字) その五 誘拐犯たちの元へ
空飛ぶ魔法のじゅうたんに再び乗り、ボーイが超人から離れようとした、そのとき。
落下している最中だから、何もできるわけはないと、完全に油断していた。
元特殊部隊の超人は服の下に仕込んでいた軍用ナイフを握ると、メジャーリーガーすら戦慄するほどの肩でもって、その軍用ナイフをボーイへと投擲した。
完全に油断していたこと、そして投擲されたナイフが音速に迫る凄まじいスピードだったこと、これらによって、ボーイは防ぐことも避けることもできなかった。
できたことといえば、ほんのわずかに身体をそらして、心臓めがけて向かってくるナイフの標的を、かろうじてわき腹にしたことくらい。
軍用ナイフがボーイに刺さる。いや、それは刺さるという表現では生ぬるい。ナイフは彼の身体を貫通し、背後にあった木の幹すらも貫いて、その先の地面にモグラが掘ったような穴を穿ったのだった。
「グハ……ッ!」
大口径のリボルバー拳銃に撃ち抜かれたがごとく、ボーイのわき腹に巨大な風穴が開けられ、そこから噴水のような大量の血が飛び出ていく。これでもまだ、上半身と下半身がつながっているだけ、マシだと言えよう。
もし直撃していれば、ボーイの身体は、心臓から上が完全に吹き飛んでいただろうから。
重傷と衝撃によって、ボーイの身体は魔法のじゅうたんから滑り落ち、数メートル下の地面へとたたきつけられる。
ギリギリのところで意識を保っていた彼は、震える手を傷口へと持っていき、
「結べ……『ウール』……」
じゅうたんの素材として使われる羊毛を糸として編んだものを出現させ、穿たれた傷口を縫合していく。これで出血はなんとか抑えられるとしても、しかし治したわけではない。もはや戦闘をおこなうほどの激しい動きは、不可能だろう。
いわんや、常人をはるかに超えているこんな超人を相手にすることなど、不可能だ。
そのことは元特殊部隊も分かっていた。ボーイに近付いて、瞳に憤怒の炎を宿らせているものの、冷静さと理性を取り戻した声で尋ねる。
「娘はどこにいる? 答えれば、命だけは助けてやる」
「……チッ……」
ボーイはつばを吐くように、地面に血を吐き飛ばした。屈辱ここに極まれりといった声音で言う。
「テメーがOKって言えば、教えてやるぜ」
「さっきからなんなんだ、それは? なぜ俺にそれを言わせようとする」
「気になってるようだから、教えてやるぜ。テメーの娘は誘拐された。やったのは俺じゃねえぜ。それで、そいつらが言うには、テメーにどっかの宗教の国の大統領を暗殺してほしいんだと。で、俺にそのOKをもらってこいとさ……分かったら、さっさとOKって言いやがれ」
ボーイが言ったのは本当のことだが、しかしこの対戦の真実そのものではない。この対戦はあくまで、元特殊部隊で超人のこの男に『OK』と言わせること。それが済めば、あとのことはボーイにとっては、心底どうでもいい。
大統領が暗殺されようが、超人の娘が殺されようが、ボーイには関係ない。ただこの場所から消えて、元いた、天使と神が用意した待機場所に帰還するだけだ。
しかし彼の思惑に反して、超人は首を横に振った。
「残念だが、その要求は飲めない。俺はもう、誰も殺さないと、娘と妻に誓ったんだ」
「……ハッ、俺のことを殺そうとしておいて、何言ってやがる」
「攻撃が当たる寸前に、死なないレベルまで威力を抑えるつもりだった。それに、おまえほどの実力者ならば、この程度では死なない、自力でなんとかできるとも踏んでいた。事実、おまえは重傷こそ負ったが、死んではいない」
「……ハッ……!」
この男が考えていた通りに、ことが運んだというわけかよ、クソッタレ……ッ!
「なら、要求を変えるぜ。これからテメーの娘を取り戻してくるから、そのあとでOKって言いやがれ」
「……それならば、別に構わないが。いったい、どうやって……」
居場所の分からない誘拐犯の元まで行き、娘を取り返すというのか。超人がそう尋ねようとしたとき、ボーイの座り込んでいる地面に、魔法のじゅうたんが出現した。
「たどれ、『ウール』……!」
そして手のひらの上に羊毛でできた糸玉を出現させる。その糸はどこかへと伸びていて、いまもなお、糸玉はクルクルと回り続けている。
「テメーがOKって言わねえときの取り引きのために、あらかじめやつらの自動車に糸をつけておいた。これをたどっていく」
「ならば、俺も……」
「カカカカ、そうさせたら、OKって言わせられねえじゃねえか! アバヨ! 俺が戻ってくるまで、大人しくここで待っていやがれ……ッ!」
そう言い残して、乗る魔法のじゅうたんを空中に浮かび上がらせて、超人が同じようにたどれないように伸び続けている糸を糸玉に巻き取りながら、猛スピードで誘拐犯たちの元へと向かっていった。
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