(約1800文字) その四 元特殊部隊の男


「大丈夫か、ご老人」

「お、おぬしは……?」

「俺のことなどどうでもいい。それより、じきにここは戦場になる。早く逃げろ」

「ひ、ひいいいい……!」

 四つん這いになりながら、動物が走るように、老人がその場から逃げ去っていく。

 獲物を殺せなかったことに内心舌打ちしながら、ウェイターの服装に身を包んだボーイは、目の前に立つ新たな敵を見据えた。

 鍛え上げられた筋骨隆々の肉体は、さながら映画などに出てくるサイボーグ戦士のようだ。『協力者』の一人は、元特殊部隊だったと言っていた。なるほど確かに、精悍な男の表情は、幾多の死戦を乗り越えてきた風格が漂っている。

 ハッ、と、ボーイは笑い飛ばした。

「プレデターでもやっつけにきたのか? それとも未来からやってきましたってか? なあ、シュワちゃんよお」

「何を言っている?」

「まあ、そんなことはどうでもいいんだ。よくも俺の獲物を逃がしやがって。せっかくインディみたいなジョースター家と同じ名前のやつをぶっ殺せるところだったのによお……!」

「おまえが何者かは知らんが、人の家の前で殺人とはいただけんな」

 そこでボーイは思い出す。この対戦のルールを。そして閃いた。

「クククク。そうカッカしなくても、すぐに消えてやるぜ。テメーが『OK』って言ってくれりゃあな」

「さっきから意味不明なことばかり言いおって……俺をバカにしているのか」

「カカカカ。そうだよな、信じねえよな、普通は。だが言ってもらうぜ、テメーの娘の命が惜しかったらなあ!」

「なに……⁉」

 ボーイの口調に何かを察した男が、疾風のように丸太小屋へと駆ける。

「どこだ! どこにいるんだ、愛娘よ!」

 小屋の中を見回し大声を上げるが、求めている子供は現れない。当然だ。女の子はいま、誘拐犯たちの車に乗せられているのだから。隙だらけの男の背中を、ボーイが見逃すはずがない。

「死ねええええ!」

 対戦の結果などに、ボーイは興味がない。彼が興味を持つのは、ただただ自分が生き物を殺す、そして生き物が自分に殺される、その瞬間だけだ。

 とはいっても、勝利による願いは叶えてほしいので、男がOKを言うまでは生かしておく必要があるが。

 隠し持っていた果物ナイフを突き刺そうとして、瞬時に気が付いた男が、振り返ると同時にその切っ先をつかんだ。ナイフは分厚い皮膚の表皮をわずかに裂いただけで、血を流すことも叶わずに、男の強大な握力によって粉々に粉砕されてしまう。

「⁉」

 ボーイが地面を蹴って距離を取る。

「娘を……どこへやった……ッ!」

 瞳に憤怒の炎をたぎらせて、元特殊部隊がボーイへと迫る。頭へと殴り降ろされた拳をすんでのところで避けると、その拳は地面をたたき、まるで隕石が落下したような無数の亀裂と巨大なヘコミが穿たれた。

「マジかよ……⁉ バケモンが……!」

 二撃目の拳がボーイへと迫る。防御はできない。腕で防ごうとしても、その防御ごと、全身を粉々に粉砕されるだけだ。そして地面を蹴って回避するような時間もない。

「チッ! 俺を飛ばせ! 『魔法のじゅうたん』!」

 ボーイの足元に魔法陣が浮かび上がり、出現した一枚の西洋じゅうたんが、乗る彼の身体を空中へと運び上げる。クレーターを作るほどの男のパンチを避けた……そのはずだった。

「逃がすか……ッ!」

 元特殊部隊が、無数の筋線維が浮かび上がるほどに足に力を込めて、地面を蹴る。そしてあろうことか、ボーイがいる地上十数メートルの空中へと、脚力だけで跳び上がった。

「な……ッ⁉」

 常軌を逸した身体能力。もはや人間業とは思えない超人のパンチが直撃しようとした、その刹那。

「伸びろッ! 『エレクトロカーペットコード』おおおお!」

 ボーイの手から電気カーペットについているコードが出現し、一番近くに生えていた樹木へと巻き付けられる。巻き取られるように、瞬時にコードが縮み、彼は樹木へとたたきつけられる代わりに、全身を粉砕する超人の拳をかわすことに成功する。

 超人は地面へと向かうために、空中を落下している最中だ。地上十数メートルからの落下で、常人ならば普通に死ぬか重傷を負うところだろうが、あの超人のことだ、無傷で難なく着地するに決まっている。

(クソが! あんなバケモン、まともに戦って殺せるかよ! やつが落ちている間に、どっかに隠れねえと! クソクソクソッ! まさかこの俺が、一時的でも逃げることになるとは……ッ!)

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