(約2000文字) その三 聖剣の力
「⁉」
驚愕するボーイへと、老人が顔を上げる。その表情は、それまでの痴呆気味だったものから一変して、瞳には輝きが戻っていた。
「畑じゃと……⁉ もしやここでも、数十年前にワシが体験した不作が起こっているのか⁉ ならば、ワシがまた救いの手を差し伸べるしかあるまい!」
いままでと明らかに雰囲気が変わった老人から、とっさにボーイは距離を取る。老人が手をかざした。
「助けを呼ぶ最も簡単な方法を知っておるか。墜落現場に救助隊を来させるのではない。救助隊まで墜落現場を引き寄せるのじゃ!」
「はあ……? 何言ってやがる、クソジジイ」
ビビらせやがって。やっぱりただのボケたジジイじゃねえか……ボーイがそう思ったとき、
「来るのじゃ、聖剣……!」
老人がそう言い放った瞬間、丸太小屋の床に転がっていた聖剣が浮かび上がり、扉を飛び出してきた。
「⁉」
背後に迫る聖剣をすんでのところでボーイはかわす。聖剣の柄を握った老人――世界の大統領ジョセフが威厳あふれる声で言った。
「人の領域――『王者の風格』……!」
「……⁉」
人の領域――『王者の風格』とは、自分の姿を見た対象に、その対象のリーダー、あるいはボス、あるいは王、そしてあるいは神だと、強制的かつ絶対的に認めさせる力。
「命令する。おぬしはいまからこの畑を耕し、不作の危機を乗り越え、人々に安寧と平和を届けるのじゃ!」
直視による『王者の風格』の効果は絶大で、常人ならばその命令に逆らえる者は存在しないだろう。
だがしかし、ボーイの身体は動かず、畑を耕そうとはしない。あまつさえ、
「クックック、アッハッハッハッハ……!」
と高らかに笑い声まで上げる始末。不審に思った老人が叫んだ。
「なぜじゃ⁉ なぜワシの命令を聞かぬ⁉ 笑ってないで、早く畑を耕すんじゃあ⁉」
顔に手を当てて笑っていたボーイが、指の隙間からジョセフを見て、言う。
「クククク、どういうことかは分からねえが、どうやらテメーは俺とまったく同じ存在らしいな」
生き物を殺すことを趣味としているボーイにとって、自分こそが最上かつ最高の存在であり、リーダーもボスも王も、神でさえも自分にはおよばない下等種に過ぎない。
「オモシレエ! 自分と同じ存在価値を持ったやつを殺せるなんて、これ以上の楽しみがあるかってんだ。いますぐ殺してやるぜ、クソジジイいいいい!」
果物ナイフを突き出して、ボーイがジョセフへと襲い掛かる。しかしそれが直撃する寸前で、老人は腰が抜けてその場にへたり込んでしまい、ナイフの切っ先は空を斬った。
「うひゃあ、来るな! 来るでない……!」
腰に力が入らず走って逃げることができない老人が、悪あがきに聖剣を振り回す。その切っ先が、ボーイの頬をかすめた。
このとき、聖剣に秘められたもう一つの力が発揮される。
「⁉ なんだ……足が、動かねえ……⁉」
これこそが、世界の大統領ジョセフが、無自覚に行使したもう一つの聖剣の力。
神の領域――『王者の勅命』。
その効果は、剣先で刺した対象に、一度だけ、逆らうことのできない絶対的な命令をおこなえるというもの。
つまり、殺害趣味者ボーイは、今後二度と、金輪際、世界の大統領ジョセフに近付くことは許されなくなった。
身体を引きずるようにしてその場から逃げ出そうとする老人に、ボーイは果物ナイフを握った手を伸ばそうとする。しかしそれは届かない。殺したくても、殺せない。
「チクショウが……ッ!」
苛立たし気にボーイが叫ぶ。目の前に獲物が転がっているというのに、神に匹敵する絶対的な命令によって、近付くことが許されない。つまりは殺せないなんて。
「クソが! クソが! クソがああああ!!!!」
ナイフを振り投げる。しかしそれは老人の背中に命中こそしたものの、命を奪うにはほど遠い。息を荒げ、脱力したように両手をだらんと下げて、ボーイが前傾姿勢になる。
何かを考えているような、少しの間。少しずつ、しかし確かに遠ざかっていく老人ジョセフ。思考を巡らしたような沈黙のあと、ボーイはぼそりと口を開いた。
「……仕方ねえ……こんなクソジジイに使うことになるとはな……」
老人の背中へと手をかざす。
「あのクソジジイの頭に巻き付け――【ござ魔法】……!」
ボーイの手のひらから魔法陣が浮かび上がり、老人の周囲にカーペットのように薄い一枚のござが出現して、老人の顔面を覆いつくした。
「ギャハハハハ! どうだ、ざまーみやがれ! そのまま窒息して死ぬんだな!」
呼吸しようともがいていた老人の身体が、次第にその動きを鈍らせていき、そしてとうとう動かなくなろうとした……、
「ギャハハハハ! 殺してやったぜ、ヒャッハー!」
そのとき。
一陣の風が巻き起こるような錯覚とともに、瞬時にして、老人の顔に巻かれていた敷物が切り刻まれて散っていった。
「⁉」
追い求めた空気を肺いっぱいに吸い込む老人のそばに、一人の男が立っていた。
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